クリエイティブビジネス論!~焼け跡に光を灯そう~

元コピーライター・境 治が、焼け跡になりつつあるこの国のクリエイティブ業界で、新たな理念を模索するブログなのだ!

おいらとあんたの世界戦略・その9~And the world will be as one~

2010-11-04 08:00:00 | おいらとあんたの世界戦略
日本のクリエイティブは中国をはじめ、世界に出ていかなきゃ、というアジテーションで書きはじめたこの”おいらとあんたの世界戦略"シリーズ。書きはじめた途端に尖閣諸島でのいざこざが起こり、ちょっとめげた。

でも、なんとか"スモールビジネス"というキーワードにたどり着き、さらには大上段にかまえて国家を逃れようなんてことも書いた。

さてそうすると、ホントのホントの結論が見えてくる。ここで言いたいことを、higekuma3が前回のコメント欄でちょいと見透かされたようなことを書いていた。そう、つまり、"国籍を超えたチームをつくる"ことが、”おいらとあんたの世界戦略"のスタート地点になるんだ。

国家とは西欧近代がもたらした”厄介な概念"なのかもしれない。そしてマスメディアとは、その国家に対し文化的な中枢を形作るためのものだったのかもしれない。コンテンツの作り手は、そのマスメディアにのっける何かをつくることで育てられてきた。

マスメディアがいままでほどのパワーを失うとしても、そこで何かをするノウハウをコンテンツの作り手は獲得する事ができた、その価値は変わらないはずだ。だったら、それを"国家の文化中枢を支える”こととは別の方向に使っていいんじゃないか。国家とは、西欧近代が生み出した概念に過ぎない、のだとしたら、国家を超えた、言わば無国籍な活動をすればいいんじゃないだろうか。そうすべきではないだろうか。

つまりぼくが言いたいのは、これからめざすべきは、国際的なクリエイティブ制作の仕組みなんじゃないかということだ。国際的な分業であり、国際的な協業でもある。

これはけっこうリアルな話でもあるのだよ。

クリエイティブ制作の中でも、ことに映像になると、国境を超えるのはかなりハードルが高い。軽々と超えているのはハリウッドぐらいで、他はそう簡単ではない。映像とは、国の文化とも関わるし、規模の大きなお金も動くので経済的な影響も大きい。だから、けっこう各国では、他国の映像製作に関していろいろ厳しかったりする。

でも、国内の人材や企業と"一緒に"つくるって話だったら別にいいけど、という国も多いんだ。あるいは、映像製作について行政が資金を援助する国も多いのだけど、これも外国の企業やスタッフが制作する話には適用しないよ、となる。でも、国内スタッフと一緒に制作するなら話は別だね、となる。

日本のクリエイティブ産業が海外進出だ世界戦略だ、という時に、ハリウッドみたいに総攻撃を仕掛けるぞ、っていう威勢のいいやり方もいいとは思うけど、もっとソフトに、やわらかに、"一緒につくる作戦"を展開した方がいいんじゃないか。だって海外のマーケットとか、ニーズとか、わかんないし。どんなのが好きなの、そちらの国の人たちは?そんな話から入って、議論して企画を作り込んでいかないと、ヒットもへったくれもないんだと思う。

ようするに、"共同製作"だ。これを、ぼくらはどんどん、ぐいぐいやっていくべきじゃないかと、ぼくは思うんだ。

相手は、中国さんもそうだし、でもやっぱり映画といえばアメリカさんともやりたいし、そうは言ってもフランスさんにも興味あるし、つまりいろんな国と、共同製作をやっていくといいと思う。監督は日本人です、でも脚本は一緒につくりましょう、主演はあちらの国の人気女優、でも音楽は日本のこの人で、カメラはこっちから、ロケはそちらの国で・・・なんて感じで。いやもちろん、大変だと思うよ。理解できない事もいっぱい出てくるだろうね。ぶつかっちゃったりするかもしれない。でもほら、一回ケンカするとそのあと、仲良くなるしね。

世界戦略だ!とこのブログで書きはじめたらすぐ、尖閣諸島での事件が起こり、その件はまだまだいまも引きずっていたりいろんな展開を見せたりしている。なんだかアマちゃんなこと言ってるよな、おれ、という気分になってしまった。でも、だからいま、言うべきなんじゃないだろうか。中国の人たちと、一緒に映画とかつくろうぜ。いまこそホンキで考えるべきではないだろうか。

だってぼくたちはメディアコンテンツに関わってきた人間だよ。メッセージを世の中に発するのが仕事だよ、使命だよ。その発すべきメッセージは、世の中をもっと良くするものであるべきだよね。だったらいまこそ、国を超えて手を取り合おうと、ぼくたちは言わなきゃならないんじゃないかな。

そういう、夢みたいなこととか、愛とか勇気とか希望とか、恥ずかしげもなく言っちゃうのがぼくたちのはずなんだ。

あれ?なんか唄が聞こえてこない?30年前に死んじゃった、あのおっさんの、甘ーい、理想みたいな、夢想みたいな、あの唄が聞こえてこない?天国も、地獄もないし、国も宗教も財産も飢えもない、そんな感じを想像しようぜ、っていう、あの「想像しようぜ」って唄。

あのおっさん、正しいなー。うん。あの時言ってた事、あのころリアリティもってわからなかったけど、いまわかる。あの頃は、想像しようぜって言われてちょっと想像してみたけど、ありえないよ、ありえなさすぎだよ、って鼻で笑っちゃってた。でもいま、想像はできる。現実になるのはまだすごーく遠そうだけど、想像はできるよ、いまは。

・・・自分でも思わぬ展開に少し引きそうになっている”おいらとあんたの世界戦略"。ちょっと臆面もない事になっていやしないか。いやだがしかし、何か核心に至っているような気もするんすけど・・・というわけで、もうちょい、書くことありそうだな・・・


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3 コメント

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グローバル化の中での自己主張 (bobkt15)
2010-11-04 15:36:05
ロマンですね、でもロマン大好きです。外国の方と制作する時、意外と価値観の相違とかって少ないと思います。世間一般のウケは別として、制作現場ではしっかりとした脚本ならみんな敬意を払って取り組んでくれますし。大事なのはきっかけを作る共通言語(今現在は英語)でのセルフブランディングだと思います。twitterやfacebookが助けになってボーダレスが加速されると信じています。
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なるほど (reepicheep75)
2010-11-05 03:23:36
なんか「日本のオタク文化」をハリウッドと比べて"金になってない"なんてブログあって、つい親切に反論したりしていたんですが。

「ハリウッドみたいに売れなくていいんだよ!」
って。
だいたい、一時的に大量消費されるだけのものが殆どだから。

どの国もスモールなビジネスになる、マスメディアが瓦解して。

でもどの国にも日本のクリエイティヴ・ビジネスがスモールにでもあるとしたら、それを束ねればいい。

そんなことでしたけど。

---
で、どうやらそれなりあるらしいぞ、と。
最近とみに思う。

今や国と国との価値観の違いよりも、国内部の細分化された価値観の方がとおい距離にある気がするから、そんなに「臆面もない」ってことにはなってない気がしますよ。
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コーティネータでなくってね、モディファイヤー (higekuma3)
2010-11-05 06:04:17
国際的な舞台で必要なのは、
いままでは、コーディネータだったと
思いますが、
今後は、その程度じゃだめで、
市場が現地であれば、その現地にモディファイをしていく(新の意味でのローカライズね、言葉を訳すだけじゃなくって)
そういう能力が必要。

なので、国際的に販売するようなコンテンツ屋であったら、
そのコンテンツが、ある国に問題を起こすようなことがあれば、
敢えて、その国には、販売をしない。という決断をする戦略が必要になってきたりも、するはずです。
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