deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

128・昭和の終わり

2019-07-07 06:29:36 | Weblog
 どうやらオレは、卒業できないらしい。いやいやいや、ちゃんと単位は取れているのだ。素行不良の事実もない。ところが、このまま卒業はさせん、と教授陣は言うのだった。訳がわからない。
 聞けば、「大学院に進む人材が足りないから、残ってくれんか」ということらしい。大学院が定員に満たないとは、情けない大学ではある。毎年、こんなお寒い状況なのだろうか?いやいや、時代はバブルの真っ盛り。誰もが大学院での研究などに目もくれず、われ先にと、いい職めがけて飛び出してしまうのだった。そこで、ぼんやりと彫刻棟裏の芝生で寝そべっていたオレに白羽の矢が立った、というわけだ。いや、ちょっと待ってくれ、足りなきゃ足りないでいいじゃないか・・・と思うのだが、そうもいかないようだ。世間体もあるのか、教授陣はオレの懐柔に躍起になっている。リョージ助教時とキヨシ教授が、代わる代わるにオレの元に足を運んでくれる。なんと、寿司まで食わせてくれる!恐れ多いことだ。しかも、試験も審査も素通しにするから、というなかなかの好待遇まで提示してくる。
「いいね?」
 有無を言わせない態度だ。まるでもう決定ずみのような。しかし、いつもなら威厳として消化してしまえるその振る舞いだが、このときばかりは、居丈高、と感じられる。なんかやな感じなのだ。
「いやあ、そう言われても、むりっす」
 そもそも、こちらにはすでにいくアテがある。故郷に帰って、教職に就くのだ。残る気はさらさらない。だいたい、院にいくべき人物となれば、大将が本命、対抗馬にマッタニ、大穴にピロくん、北川あたりではないか。ところが、この天才がちっとも就職活動に乗り出さないのを見て、教授陣は勝手に「強く言えば従うにちがいない」と踏んでいる。なるほど、羊のようにおとなしいキャラではある。ところがどっこい、あなた方が説得を試みているのは、自分の自由を脅かす者とは徹底的に争うと心に定めている男でもあるのだ。
「就職はもう決まってるんで、すんません」
「そんな私立校よりも、院の卒業時にはもっといいとこを紹介してあげるから」
「院には興味ないんです」
「いいから考え直して」
 うむむ・・・らちがあかない。説得側に、引く気配が見えない。周到にして執拗。しかし、こちらも首を縦には振らないのだった。口はばったいが、大学院に進むとなれば、東京の芸大でなければ意味がない。これまでと同じ環境でやったところで、刺激も進歩もない。社会をせまくするだけだし、新しいものが生み出せるとも思えない。そもそも、やりたいことはやりきった。
「ぶっちゃけ、とっとと出ていきたいんで」
「そんなこと言わないで」
 リョージ助教授は、深い眉間のしわをさらに深く刻み、怒っているような、泣きだしそうな、つまり、なんとも困り果てた表情だ。キヨシ教授から、強烈な指令を受けていることは間違いない。とはいえ、こちらとしても、頼まれて切りかえられるような選択肢でもない。なにしろ、こいつは人生の問題なのだから。意欲をたぎらせることができそうにないあと数年を、惰性で過ごしてもしょうがない。
「おことわりします」
「いや、だめだよ」
 ところがなんと、敵は絶対に引き下がってくれないのだ。まったく不可解なほどに傲然とした態度だ。キヨシからの圧ときたら、とてつもないものらしい。そして、ついにそのセリフが出た。
「卒業させないよ」
「はあ・・・?」
 ・・・というわけなのだった。意味がわからないではないか。ぶっちゃけ、このときのオレの推察は、「キヨシ教授が石磨き人員を確保したいにちがいない」というものだ。憤慨するではないか。そのために、わが親愛なるリョージ助教授は奔走しているというわけだ。なんとバカバカしいことだ。
「8月まで、きみの卒業を延期するよ。就職もパーだね」
 なんという理不尽。まったく、見損なわせてくれるではないか。こうなれば、こっちにも意地がある。頑として首を振りつづけてやる。死んでも従わない心づもりになっている。院など、誰がいくか、バカ。
 ・・・ところが、だ。年度もかなり押し詰まったギリギリのタイムリミットで、突然に、だ。
「杉山くん。院の話は、もういいよ」
 まるで波がサーッと引くように、教授陣が脅迫を・・・いや、勧誘をやめたのだ。見れば、リョージ助教授の足取りは、まるでスキップを踏むように軽やかだ。どうやら、中国人の留学生だかなんだかで、人員確保に成功したらしい。ウルトラCを繰り出して、なんとか枠を埋めたわけだ。それはよかったですね、と言っておこう。オレは卒業でき、何者かはうまい具合いに大学院に転がり込め、教授たちは石磨きの人手を確保し、学校は恥をかかなかった。八方がうまくおさまり、一件落着だ。ただ、わが敬愛の人物たちには、がっかりさせられすぎた。本当に、とっとと旅にでも出たい気分だ。
 追いコン(追い出しコンパ)や卒業式をしらじらしくすませ、虚脱したまま、大学を後にした。また岐阜に引越しだ。そこで新しい生活がはじまる。昭和時代も終わった。「へいせい、です」と、内閣官房長官が次の元号を示している。ここからは、まったく違った自分をつくろう。
 昭和史は、おしまい。平成史の開幕だ。

おしまい

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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