deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

109・大将

2019-05-18 08:32:48 | Weblog
 ジムショでは連日、彫刻展運営委員会によるひざ詰めの会合が開かれている。首脳陣は、委員長であるマッタニ、それを補佐するという名目で副委員長の肩書きを賜ったオレ、書記のピロくん、そして会計の大将・・・といったところだ。
 さて、マメで気が利いて心優しいピロくんは、喧々囂々の議論を穏やかにまとめる役回りの書記に打ってつけだとして、新キャラの「大将」の説明をせねばなるまい。大将は、そのニックネーム通りに、みんなの重しになってくれるクラスの重鎮だ。ボスと呼んでも異論は出ないほどの大人物なのだが、今回はマッタニに花を持たせる形となっている。大将のたたずまいは、同級生ながら、まるで長老のようだ。それほどの面構えと風格を身にまとっている。なにしろ、四浪している。四年間、首都のあの芸大を受験しつづけ、五年めについにあきらめてこの北陸の美大に流れてきた、というツワモノなのだ。四浪を経た大学3年生ともなると、大学院の最恐怖の先輩たちよりも年上になってしまっている。なので、我々同級生内における彼の振る舞いは、自然と引率の先生のようになる。それほど格が違う。この怪人物は、お年も召しておられるが、風貌がまたものすごい。パンチパーマのようにクリンクリンの剛毛頭に、四角四面の顔の下半分が剛直なヒゲにうずまっている。いや、正確にはそれは「ヒゲの剃り跡」なのだが、なにしろ針金のように太く硬い毛質なので、午後にもなると口周りが黒々としてしまう。顔が、もさもさとつるつるとイガイガという多層構造になっているわけだ。顔の下半分は荒目のヤスリのようで、タオル地の布が触れでもすると、マジックテープのように引っかかってピタリとくっついてしまう。いったん着たTシャツをのちに脱ぐことが困難となるため(繊維に対して、ヒゲが逆目となるのだ)、彼はボタン付き前開きの衣類しか着ない。顔の造りがかくも豪快であるなら、肉体は当然のごとくにムキムキにイカツイと思うだろう。ところが服を脱ぐと、ほっそーいガリガリのなまっちろいからだが姿を現す。そこに、立派な腕毛、胸毛、そして背毛までがもうもうと風を受けてなびくのだ。肩の鎖骨上にまで毛が並んで生えているという念の入れようは、まるで異世界の人類を見るようだ。そんな異形の風体でありながらもこのひとは、心根がこよなく優しいんである。善人を絵に描いたように穏やかな性格で、誰に対してもフェアで、誰をも愛し、誰からも慕われ、信頼され、愛されている。熊の毛皮を羽織った神父さま、みたいなものか。こんなスーパーな人材なので、先輩たちも放ってはおかない。当然のようにドラフト一位で石彫部屋に引き抜かれ、最精鋭軍団の明日を背負う者として期待されている。そうして怖い先輩たちとの架け橋となってくれ、また同級生たちのゆき届かないところは身を呈してフォローしてくれるのが、われらがボス、大将なのだ。時に仏様のように、時にお不動様のように立ち回ってくださる大将は、このクラスにとって、余人をもって代えがたい存在と言える。
「木炭デッサンした後の真っ黒な手ぇでな、バイトいくやんか」
 徳島のお国言葉で、大将は語る。美大生は、木炭を用いて人体デッサンなどをするため、いつも指先は墨のように真っ黒なのだ。彼は、回転寿司チェーンで、酢飯を握るバイトをしている。
「で、バイトが終わるとな、指紋の溝までツルッツルのピッカピカなっとんねん」
「わ・・・悪いひとですね、大将・・・」
 大将は放埒に、ぐわっはっは・・・とは笑わない。なははーっ、と軽い笑い声を発する。ずっしり、重しとして機能しながら、いつも周囲を和ませてくれるこの態度も素晴らしい。要するに彼は、クラスにとって宝物のようなお方なのだ。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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