deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

106・シーズン・イン・ザ・サン

2019-04-14 19:35:46 | Weblog
 大学生活の四年間に、アルバイトは30種類ほどもしまくった。
 田中運送は、美大生御用達のバイト先だ。ここでは引越しの荷物運びもするが、単発の美術品の移送仕事が多くあり、困ったときの日銭稼ぎには具合いがいい。そしてなにより、勉強になる。大きな美術館で展覧会の入れ換え作業があるときには、大人数が駆り出される。日展の開催時(地方巡回展)ともなると、タタミ何畳分ほどもの大きさの油絵・日本画が数百点も勢ぞろいする。そいつをひたすら倉庫からえっちらおっちらと運び出し、トラックに積み込み、美術館に搬入する。巨匠の作品に傷のひとつでもつけたらえらいことになるので、細心の注意が必要だ。なのに美術館内では、片町のスクランブル交差点のように、動線が入り乱れての大混乱となる。あっちへ持ってけ、そいつはこっちだ、という指示に従い、バイトたちは右往左往しなければならない。日展の作品なんてどれも同じようなものなんだから、どこに置こうがわかりゃしないと思うのだが、作者の格というものがあるらしいのだ。「画壇のヒエラルキー」というやつを思い知らされる。
 珍しいところでは、祭りの屋台でカブトムシ売りのテキ屋バイトもした。週末の三日間で200匹ほどを売り倒すのだが、餌やりと飼育も大変だ。大カゴの中のおがくずを水気でビタビタにしてしまい、数十匹を全滅させる、という大虐殺事件もやらかした。朝、やつらは、劣悪な扱いに対する抗議のためか、カゴの中でそっと首(カブト)を落として死んでいるのだ。そのカラダの中身のことごとくが空っぽで、その空疎な光景が怖くて怖くて、ひたすら悔悟した。小さな力持ちの亡骸の山に、心底から謝るしかない。なむなむ・・・
 夏になると、権現森の浜にある海の家で働いた。海でのリゾートバイトと思えるかもしれないが、残念ながら、モテ感ゼロの駐車場のチケットもぎりだ。権現森海岸は、松林を下って海沿いの有料道路の高架をくぐり抜けたところに開いている。高架下のトンネルが、広大な駐車場への入り口となっているので、そこで海水浴客の車を待ち受けるのだ。盛夏ともなると、ここを先頭に車列ができる。その一台一台の窓を開けさせ、システムを説明し、300円なりを徴収して、駐車場の空きスペースへと誘導しなければならない。三人ひと組だが、この誘導係が大変だ。雪国金沢とはいえ、夏の暑さを甘くみてはならない。じとじとの湿気と、激烈な太陽光、それに内陸から日本海に抜けるフェーン風とで、驚くべき暑熱となるのだ。炎天下の、木陰もパラソルもない海辺の駐車整理は、過酷極まる。が、時給が非常にいいので、このシーズンバイトは引く手数多だ。それに、雇い主である海の家から、ちょこちょこと海鮮の差し入れが入るのもうれしい。鍋ごと配給されるあら汁は最高だし、発泡スチロールの箱に満載された甘エビが振る舞われることもある。近江町市場で売り物にならない小さなサイズのものが、流れ流れて、われわれ貧民の元にやってくるのだ。車列が途切れると、そいつに手を伸ばし、貪り食らう。歯ごたえもなにもない、チューチュー吸うしかないようなシロモノだが、大悦びでせっせと口に運ぶ。思えば、美食の都・金沢に住んではいるが、エビ、カニ、鮮魚・・・それらの名品にはまったくありついていない。その恨みもあって、ここぞとばかりに大食らいをする。ところが、甘エビは食べすぎると酔っ払うのだ(オレだけかな・・・)。あの得も言われぬ風味が、脳に回るんだろうか?甘エビをたらふく食べたバイト学生は、エビ酔いの千鳥足で、ひたすら浜の駐車場を駈けずりまわることになる。かくして、ビキニの美女とはとうとう会えずじまいの夏が過ぎゆく。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園