この歌の作詞者の青木存義(ながよし)は幼いころ朝寝坊な子どもで、それを何とか改善しようと、存義の母親は庭のナラの木の横にある池にどじょうを放した。どじょうが気になって早く起きるのでは…という考えであった。この歌詞はそんな作詞者の幼少の頃の体験が元になっている。
ところで「どんぐり ころころ」に幻の3番があるのをご存知だろうか。
どんぐりが池にはまりどじょうが出てきて一緒に遊ぶのが1番。
やっぱりお山が恋しくて泣いてはどじょうを困らせるのが2番。
それで終わりでは子どもにとっては悲しすぎるだろうと別の音楽家がハッピーエンドの歌詞をつけ足したのだ。
「どんぐりころころ泣いてたら
仲良し子リスが飛んできて
落ち葉にくるんでおんぶして
急いでお山に連れてった」
というわけで、誤って池に落っこちたどんぐりは、子リスが迎えにきてくれてめでたくお山に帰ることができたのである。
なかなかこうはいかないのが人間社会である。
落っこちて泣いていても、そう簡単に誰も迎えに来てくれない。自分で這い上がるか諦めて落っこちたままか…。
夕方、久しぶりにジョギングした公園の噴水の池の底に転がり落ちているどんぐりを見て、ふと「どんぐりころころ」の幻の3番の歌詞思い出した。