原因は分かっている。
義父が数日前から風邪で熱を出している。熱のせいと、数日寝込んでいるせいで歩けなくなってしまっている。ただでさえ歩くことが困難だった足は、とうとう立つこともできなくなってしまった。
抱えて、おんぶしてトイレに連れて行く。ズボンをはかせる。ベッドに寝させる。
深夜、バタンと言う音に慌てて駆けつけると床に倒れている。迷惑をかけまいと一人でトイレに行こうとしたのだ。
「情けない」「申しわけない」と涙を浮かべながら連発する義父。
この風邪が治ったら、熱が下がったらまた歩けるようになるに違いない、また優しい笑顔が戻ってくる、そうなると信じている。そうなって欲しいと祈っている。
若い頃は短距離の選手だったらしい。仕事へは、50年間、徒歩電車で通った。運転免許は持っていたが滅多に車には乗らなかった。70歳で退職した後も、進んで歩こう会などに参加していた。
健脚、姿勢がいいこと、そしていつも凛としていて、自分にはとても厳しく人には優しく穏やかで、紳士で有名な人だった。
今、義父はどんな気持ちでいるのだろう、ベッドに横たわりながら何を考えているのだろう…昨夜は、壁の向こうの義父の物音に耳を傾けながらそんなことを考えていたらなかなか寝付かれなかった。
義父90歳。
老いは誰にも必ずやって来る。
そんな当たり前のことに気づいた。