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中橋怜子の 言の葉ノート

自然、人、モノ、そして音楽…
かけがえのない、たおやかな風景を
言の葉に込めて

「365日の紙飛行機」…それが一番大切

2016-01-07 | 音楽
一年の一番最初に歌う歌、「歌い初め」の曲と云うんでしょうか、今年は混声、女声合唱団共にこの曲にしました。
「365日の紙飛行機」そう、NHKの朝の連続ドラマ「あさが来た」の主題歌です。

テレビから流れてくる歌を何気なく聴いているだけでしたが、それでも歌に散りばめられている温かい言葉が心に飛び込んできて、今日もがんばろう!なんて朝から元気になれたりして、ずっと気になっていた曲です。

「では三部合唱の練習に入る前にまず全員で斉唱で歌ってみましょう!」


朝の空を見上げて
今日という一日が
笑顔でいられるように
そっとお願いした


さすが、毎朝テレビから流れて来る曲、みんな調子いいなぁ…と思いきや、ある箇所で突然みんな揃って歌えなくなったのです。中には、まだ曲が続いているのに最後の節を歌っている人がいたり…。

なるほど、ドラマでは《 》の部分がカットされているのです。


人生は紙飛行機
願い乗せて飛んで行くよ
風の中を力の限り
ただ進むだけ
《その距離を競うより
どう飛んだか どこを飛んだのか
それが一番大切なんだ》
さあ 心のままに
365日

ああ、よりによってこんな素晴らしい言葉をカットするなんて!それが一番大切なのに…。

二番の歌詞はドラマでは殆ど耳にすることはありませんが、やはりたくさん温かい言葉が散りばめられています。私は特にここが好きです。


人は思うよりも
一人ぼっちじゃないんだ
すぐそばのやさしさに
気づかずにいるだけ


どう飛んだか、どこを飛んだのか、自分に胸を張って一日が終われるように、今日も一日、丁寧に、そして笑顔で過ごそう。
すぐそばのやさしさに感謝して…。


七草粥で始まった今日。





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三つの汽車のうた

2015-12-18 | 音楽
女声合唱団、混声合唱団ともに、施設訪問公演まっただ中です。

この時期ですから、どこも「クリスマスコンサート」というご依頼ですが、私はあえてクリスマスナンバーの中に消えゆく童謡を入れることにしています。
今回は「三つの汽車のうた」を入れてみました。

昨日は老人施設、今日は幼稚園、時代の隔たり約80年!
「三つの汽車のうた」への反応がどれほど違うのか、ちょっと楽しみでした。

♪今は山中 今は浜 今は鉄橋 渡るぞと
思う間もなくトンネルの 闇を通って広野原…(「汽車」)

♪汽車汽車しゅっぽしゅっぽ
しゅっぽしゅっぽ しゅっぽっぽ
ぼくらを乗せて しゅっぽしゅっぽしゅっぽっぽ…(「汽車ポッポ」)

♪お山の中ゆく 汽車ぽっぽ
ぽっぽ ぽっぽ黒いけむを出し
しゅしゅしゅしゅ白いゆげふいて…(「汽車ぽっぽ」)

老人施設のお年寄りは、もちろん皆さん三つとも良くご存知で、合唱団と一緒に元気良く歌ってくださいました。

幼稚園の子どもたちは、二曲目だけ100人中2~3人ぐらいが小さな声で歌っていたでしょうか、あとは皆無!想像はついていましたが、二曲目ぐらいはもう少し歌えるかなと期待していました。

童謡、次世代に伝わっていませんね…。

さて、

「汽車に乗ったことありますか?」という私の質問に対して、

お年寄りは殆ど全員の方が「はい」

そして、なんと子どもたちも殆ど全員が「はーい!」 と手を上げるのです。
私は思わず「うそー!」と叫んでしまいました。

嘘じゃなかったんです。
トーマスなんですね。
子どもたちはみんな、遊園地でトーマスの機関車に乗ったことがあるようです。

どちらの汽車にも乗ったことがないのは、どうやら私たちの世代のようです。







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『長崎の鐘』に想う

2015-08-06 | 音楽
笑顔になっていただきたい!想いはそれに尽きる、だから老人施設慰問では哀しい記憶が蘇る歌はできるだけ歌わないようにしている。
しかしリクエストには応えなければならない。そのリクエストが多いのが『長崎の鐘』。戦争を知らない世代の私などが軽く歌っては申し訳ない、いつもそう思う。涙の中で心して歌う曲。

『長崎の鐘』は、自ら被爆しながらも我が身のことは顧みず懸命に被爆者の救護にあたった長崎医大の教授、永井隆博士のことを歌ったもの。
永井は死の床に伏してからも、ひたすら平和を希求し多くの著書を書き続けた。

爆心地から700メートルにあった長崎医大では多くの人が被爆した。永井もその一人であった。飛び散ったガラス破片で頭部の動脈を切断、自分の頭には簡単に包帯を巻き、大量出血で失神しながらも永井は被爆者の治療にあたった。

翌日自宅に帰ると家は跡形もない。台所とおぼしき辺りにロザリオと黒い塊り。焼け残った妻の骨盤と腰椎だった。

藤山一郎はアコーディオンを携えて病床の永井の枕元で『長崎の鐘』を歌った。

昭和26年、永井隆死去、享年43歳。

「戦争なんて古臭い話…」
これからもずっと「古臭い話」であって欲しい。決して「真新しい話」になんかになってはいけない。
再び戦争の惨禍が繰り返されないよう私たちは次の世代に語り継がなくてはならない。

本日の慰問の準備をしながら…。




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二度とない人生だから

2015-06-17 | 音楽
重なる時には重なるもので、寝る間もないような2週間だった。

合唱団のコンサートが終わった。終曲の「二度とない人生だから」、いつも指揮している曲なのに、昨日は特別に胸に迫りくるものがあった。

「心を亡くす」とかいて「忙しい」、「忙しい」と思いながらやるぐらいならやらない方がましだ。

また今日から、丁寧に生きていこう!

みなさん、ありがとうございました。
みんな、ありがとう!

…………………………

「二度とない人生だから」
詩 坂村真民
曲 鈴木憲夫

二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛をそそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳をかたむけてゆこう

二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないように
こころしてゆこう
どんなにか
よろこぶことだろう

二度とない人生だから
一ぺんでも多く便りをしよう
返事は必ず書くことにしよう

二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう

二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいの不思議を思い
足をとどめてみつめてゆこう

二度とない人生だから
のぼる日しずむ日
まるい月かけてゆく月
四季それぞれの星々の光にふれて
わがこころを
あらいきよめていこう
…………………………

一番苦しかった時に散歩した道















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殿方の心をつかみ過ぎた童謡「蝶々」

2015-03-06 | 音楽
「蝶々 蝶々 菜の葉にとまれ
菜の葉に飽いたら 桜にとまれ
桜の花の 花から花へ
とまれよ遊べ 遊べよとまれ」

だれもが知っている「蝶々」の歌詞である。もしこの歌詞の中の「蝶々」が男で「花」が女を意味しているとしたらどうだろう。

実はこの歌、そのむかし浮気性の夫を持った妻が、あなたのお父さんはこんな人なのよ、と子どもに歌った歌であるという一説ががある。
「花」というのは「遊び女」酒席の興を取り持つ女性や売春をした女性のことを意味しているらしい。

この説が本当かどうかは定かではないが、ちょっと面白いので、昨日の卓話の最初にほんの「つかみ」のつもりで話させて貰った。
そのあと奈良にちなんで「平城山」など色々お話させていただいたのに、どうやらしょっぱなの「蝶々」の話があまりにも強烈で殿方たちの心を「つかみ」過ぎたようだ。

お開きの後『男は蝶、女は花』の話で持ちきり。反響が凄い。
「男は幾つになっても蝶でいたい、蝶になりたいと思っているんですよ、なあ◯◯さん、なあ◯◯さん」とやたら賛同を求め合う殿方たち(笑)

元々はスペイン民謡であるこの歌、歌詞にまつわるエピソードは依然謎である。

しかし、

「桜の花の 花から花へ…」

確かに現実を歌った歌詞には思えない。なぜならば桜の花に蝶々が止まっているところなど見たことがないような気がする。桜と蝶は何ともミスマッチ!

やはり「蝶々」には男と女の深~いお話が隠れているのか…。


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なぜか暗い「うれしいひなまつり」

2015-03-03 | 音楽
「あかりをつけましょ ぼんぼりに…」

この歌の題名を「ひなまつり」と勘違いしている人が結構おられるが正しくは「うれしいひなまつり」である。

しかし「うれしい」というわりにはなぜかメロディが暗い。

実はこの歌の詞を書いたサトウハチローは最初の夫人と離婚している。
実母と別れて暮らす子供達に、父親としてせめてもの心尽くしとして、優雅で絢爛とした立派な雛人形を贈った。これを眺めて喜ぶ子供達の様子を見て、サトウハチローはこの詞を書いたという。

「…お嫁にいらした姉さまによく似た官女の白い顔」

2番に出てくる「姉さま」、実はサトウハチローには18歳で亡くなった姉がいた。結婚も決まり、幸せになろうとしていた矢先、結核で帰らぬ人になってしまった。
官女の「白い顔」と病床の姉の青白い顔とが重なるというわけである。
この歌はサトウハチローの姉に対する鎮魂歌でもあったのだ。

離婚のため実母を失ってしまった子供達に贈ったお雛様、若くして亡くなった姉への鎮魂歌…このことを知ると、曲調がなんだか暗い感じなのも納得できるような気がする。

女の子とは縁のない我が家のひな祭りも、暗いとまではいかないが、何ということはない、いつもと変わらぬ日である。







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ルドルフ ー赤鼻のトナカイー

2014-12-23 | 音楽

「ルドルフ ー赤鼻のトナカイー」のお話は1930年代のシカゴで生まれた本当にあったお話、父親が幼い娘を寝かしつける時に語り聞かせた物語である。

…クリスマスも近いある日のこと、娘のバーバラは、自分の母親はどうして他の子のお母さんと違っていつも寝ているのかと父親に質問した。

「ママはどうしてみんなのママとちがうの?」

妻は癌だった。命ももうそう長くはない。父親のボブは言葉が出なかった。
そして次の瞬間とっさにこんな話が頭に浮かんだ。

ボブは大きく息をすると、バーバラの瞳を見ながらゆっくり話し始めた。

「あるクリスマス・イヴにサンタさんは困っていたんだ。濃い霧がかかっていてね、ソリが出せなかったんだよ。このままじゃ世界中の子供たちのところをまわることができない。ソリをひくトナカイたちもどうしたらいいのかわからない。そんな中でサンタさんは一頭のトナカイに話しかけたんだ。そのトナカイはピカピカ光る赤い鼻をしていてね、いつもはみんなにその鼻のことをからかわれていたんだ。名前はルドルフ」

バーバラはボブの話す物語にひきつけられるように聞き入っていた。

「サンタさんはルドルフに言ったんだ。『君のその赤い鼻で道案内をしてくれないかな』ってね。ルドルフは大喜びさ。それまでみんなの笑いものだったルドルフはその年のチームの先頭さ。みんながうらやましがる先頭だよ。そしてルドルフは霧の中をそのピカピカの赤い鼻で迷うことなくサンタさんを案内したんだ。みんな大喜びさ。…」

ロバート・L.メイが娘に語り聞かせたこのお話は後に児童書として発行され1946年には350万部のベストセラーとなった。そしてその3年後にはメロディーが付けられ世界中で歌われるようになった。

このお話を読んでいると、いつも金子みすゞさんの「わたしと ことりと すずと」の最後の一文「みんなちがってみんな いい」が脳裏に浮かぶ。

「みんなちがってみんな いい」まさにそのことを痛感した一年だった。
今年の慰問クリスマスコンサート、6回にわたる全ての公演の中でこの「ルドルフー赤鼻のトナカイー」のお話をさせて頂いた。

誰も羨ましがることなかれ!
誰もバカにすることなかれ!
みんな、いつか、どこかで輝くために生まれてきたのだから…。


♪赤鼻のトナカイ
まっかなおはなのトナカイさんは
いつもみんなのわらいもの
でもその年のクリスマスの日
サンタのおじさんいいました
くらいよみちはピカピカの
おまえのはながやくにたつのさ
いつもないてたトナカイさんは
こよいこそはとよろこびました




 





 


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ベートーヴェンの噂話

2014-09-28 | 音楽

ベートーヴェンは必ず60粒のコーヒー豆を数えてコーヒーを淹れたそうです。
コーヒーを淹れる度にこのエピソードを思い出すものの、60粒の豆で淹れたコーヒーがどんな味になるのか試したことがありません。

有名な作曲家には嘘か本当か興味深いエピソードがつきものです。
ベートーヴェンも然り。語れと言われたら私はベートーヴェンについて一日中でも語っていられます。

コーヒー豆のような罪のないエピソードなら良いのですが、本当か嘘か分からない単なる悪口にしか聞こえないエピソードもたくさんあります。
まあ、何をどう言われようとどうってことのない、作曲家の頂点に上り詰めた人だからこそ許される噂話なのかもわかりません。

その場にいない人の噂話はしない、それが私の方針です。
悪口はもちろんのこと、たとえ「いい話」でも、話しようによっては悪口になってしまうからです。
その場に居合わせない人の噂話をするのは基本的にNGだと思っていた方が良いと思います。

こんなこと言っていたら、作曲家の話はできませんね^^;

さて、今日は教え子のコンサートに行きます。教え子と言っても、大学卒業後、高校の教師になって最初に教えた生徒なのであまり年は変わらないのですが…。

ベートーヴェンのピアノソナタ「ヴァルトシュタイン」を弾くと言うのでとても楽しみにしています。
ピアノソナタ第21番ハ長調Op.53「ヴァルトシュタイン(Waldstein)」はベートーヴェンの中期のピアノソナタで、第23番「熱情(アパショナータ)」と並び、ベートーヴェンの中期の作品の中でも最も重要なもののひとつとされています。

ヴァルトシュタインという名は、ベートーヴェンがこの曲をフェルディナント・フォン・ヴァルトシュタイン伯爵(Graf Ferdinand von Waldstein)に献呈したことに由来します。ヴァルトシュタインはベートーヴェンの後援者・理解者のひとりでした。

これを読んでくださった方は何かのご縁、ぜひ一度YouTubeでヴァルトシュタイン(ワルトシュタイン)を聴いてみて下さい。
ベートーヴェンが難聴の中で作曲した曲の一つです。


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平城山放浪記 より

2014-09-15 | 音楽

夫の弟子である12歳年下の青年と恋に落ちた女性、周りから何と言われようと何をされようとその想いを貫ぬき通した女性、明治生まれの情熱の女流詩人北見志保子。

志保子は夫の元を飛び出しひとり奈良に出向き、その昔、愛する帝のことを想いながら磐之媛が越えた平城山をひとり彷徨い歩いた。

そして、こう歌った。

「人恋うは 哀しきものと平城山に もとおりきつつ 堪え難かりき」

「古も 夫(つま)を恋いつつ越えしとう 平城山の路に 涙落としぬ」

大正11年に志保子が歌ったこの2首の歌に、昭和10年、平井康三郎が美しい旋律をつけあの名歌「平城山」が生まれた。

磐之媛が、そして北見志保子が、愛する人のことを想い、辛い恋に涙を落としながら彷徨い歩いた平城山を、私は今、ひとり彷徨い歩いている。

1700年昔、そして90年昔、平城山に涙を落とした二人の女性の激しい愛の情念を受けとめながら…









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作曲家は髪が多くないとなれない?

2014-08-19 | 音楽
毎朝ラジオから流れて来る音楽が私の楽しみの一つ。
今朝も何気なく聴いていたらバッハのヘアスタイルがどうのこうのって…。これは雑学女王(自称)としては黙ってはおられない!と言うわけで今日は作曲家たちのあのヘアスタイルについて。

音楽室というとまず思い浮かぶのは作曲家たちのあの肖像画。そして一番左端に鎮座する音楽のお父さん(音楽の父)バッハのヘアスタイル。羊さんのようなモコモコの白い髪。そのお隣のバッハと同い年のヘンデルさんのヘアスタイルはもっとふさふさロングヘア。モーツァルトさんだって耳元のカールが素敵な斬新なスタイル。

『作曲家って髪が多くないとなれないんや…』と私は長い間真剣に思っていました。
あれはカツラだと分かったのは随分後のこと。だって音楽の先生はそんなことちっとも教えてくれなかったんですもの。で、私、怜子先生は何を教えるより先に音楽室にやって来た生徒達に「あれはカツラなんですよ」と教えたのであります。「カツラの下は刈り上げよ!」と。

そもそも昔の西洋では、ノミやシラミが多かったたことから、衛生のために頭髪を短く剃ってカツラを使用するのが一般化していたのですが、神様の前で偽の髪であるカツラなどつけてはいけないという戒律ができ、しばらくカツラの使用は影を潜めました。
ところが、ルイ13世が自分の若ハゲを隠すために、宮廷の正装にカツラを使用したのがきっかけでまたまたカツラブームが!
ルイ14世にいたっては、背が低い(約160㎝)のをごまかすためにカツラとハイヒールを好んで着用しました。カツラのスタイルは頭を高く盛り上げ、権威を象徴するかのように、巻き毛を背や胸に長く垂らしました(今度そう思って肖像画をようく見てみてください)

こうしてカツラはルイ14世治世下に宮廷の内から外へ、上層階級からやがて下層の人々にも流行していったのであります。
ちなみにカツラの髪が白いのは白い粉(スターチ)をふりかけていました。粉がお洋服について大変だったとか。

肖像画で言うと、
バッハ、ヘンデル 全カツラ
ハイドン、モーツァルト 半カツラ
シューベルトもひょっとしたら半カツラ
ベートーヴェン全自毛!

ヨハン・セバスティアン・バッハ

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チェロとヴァイオリン、どちらがお好き?

2014-08-06 | 音楽

チェロ、その音色は人の声に似ている、そしてあの形状ゆえ最も人の体に似ている楽器と言われる。
ヴァイオリンもヴィオラもコントラバスもみな同じ形状をしているが、大きさからいっても確かにチェロが一番人の体に近い。
かくして、チェロは人の体、とりわけチ 女性の体型、女体を模倣しているとよく言われる。
しかしこれには私は少し疑問を感じている。

シャンソンに「私はヴァイオリン」と言う歌がある。また、プーランクの歌曲集「偽りの花嫁」の中に「ヴァイオリン」と言う歌がある。
いずれの曲もヴァイオリンは女性で、弓、つまり奏者が男性、「あなたの為されるがままに私は鳴る」「男性の愛撫に女性つまり弦が震える」と言うわけで、ご想像通りの情景を歌っている。
チェロが女体に例えられるわりに「私はチェロ…」「お前はチェロ…」と歌っている歌を私は知らない。私が知らないだけかもしれないが…。

実際には、男性は自分の腕にすっぽり入ってしまうくらいの大きさの女性がお好きだから女性をヴァイオリンに例えるのかもしれないし、また、女性もすっぽり包まれたいゆえに自分はヴァイオリンだと言うのかもしれない、なんて考えてしまう。

あなたはチェロとヴァイオリン、どちらがお好き?(*^^*)

8月28日の《うた語り》「恋うた」で「ヴァイオリン」歌います。訳詞で…。




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飛んで行った牛

2014-08-05 | 音楽

「♪ 飛んで行った牛~ククッ」

「♪ Donde lieta usci…」

私が真剣に歌っている横でバリトン歌手である先生が笑わせる。

これは、オペラ「ボエーム」の第三幕で、主人公のミミが、自分が重い結核を患っていて先がもう長くないと悟り愛する恋人に別れを告げる時に歌うアリアで、聴衆の涙を誘うオペラのクライマックスである。

♪ ドンデリエ~タ ウシ…

それも仕方ない話で、イタリア語などほぼ理解できない私は、歌詞を丸覚え、意味の分からないお経を唱えているのと変わりないのだ。私だけではないはず。ネイティブなイタリア語をマスターしない限り歌詞と台詞は結びついていない。歌い手がそんなことで聴き手にその歌の魂が伝わるわけがない。

この日「飛んで行った牛」と茶化されて以来、このアリアの歌い出しは、私には「飛んで行った牛」と歌っているとしか思えない。

クラシックでは言語で歌うのが常識とされている歌曲やオペラアリアを、なるべく意味の分かりやすい日本語で歌う、実はこれも私のライフワークの一つである。

愛し合う恋人同士の辛い別れ…この告別のアリア、ピタッとくる日本語の歌詞を作詞できたら28日の「恋うた」のステージで歌いたいと思う。


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カルメンになりたくて

2014-08-03 | 音楽

まずは意外と知らないオペラ「カルメン」のあらすじから。

セビリアの煙草工場で女工をしていたジプシー女カルメンは喧嘩騒ぎを起こし牢に送られることになった。しかし護送を命じられた伍長ドン・ホセは、カルメンに誘惑されて彼女を逃がす。パスティアの酒場で落ち合おうといい残してカルメンは去る。

カルメンの色香に迷ったドン・ホセは、婚約者ミカエラを振り切ってカルメンと会うが、しかし、そのときすでにカルメンの心は闘牛士エスカミーリョに移っていた。

ドン・ホセを婚約者ミカエラが思い直すよう説得しに来るが、ドン・ホセはミカエラを無視する。
そしてドン・ホセは必死でカルメンの心を繋ぎとめようとするが、カルメンの心はもう完全に離れていた。

ある日、闘牛場の前にエスカミーリョとその恋人になっているカルメンが現れる。エスカミーリョが闘牛場に入った後、1人でいるカルメンの前にドン・ホセが現れ復縁を迫る。復縁しなければ殺すと脅すドン・ホセに対して、カルメンはそれならば殺すがいいと言い放ち、逆上したドン・ホセがカルメンを刺し殺す。

とまあ、ごく簡単にまとめるとこんなお話。

歌劇団の研修生時代に「カルメン」をやると聞いて私は喜んだ。私はこの悪女カルメンを一度でいいから歌い演じたかった。しかしその夢は儚く破れた。私はミカエラ役。しかもこの夢は一生破れ続けるのである。

オペラの配役は、見た目やその人の性格ではなく声質で決めらる。カルメンと言えばメゾ・ソプラノ、もしくはアルトの役どころ。ソプラノの私には一生縁がないというわけである。
私がどれだけ性格が悪かろうが、魔性の女と呼ばれようが(笑)、オペラ「カルメン」ではミカエラ役。この声質でいる限り、たいていのオペラの中では汚れを知らない清純な女性の役なのである。
ああ、カルメンになりたい!!

「カルメン」の練習のための合宿で。
ウン十年前…


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あなたが欲しい

2014-07-31 | 音楽
その昔、京都の格式あるホールでリサイタルをした時の話である。
そのホールは当時は(今は知らない)事前に演奏予定曲を提出し演奏許可をもらう必要があった。

私は何も疑うことなく全演奏曲目を提出した。審査の結果まさかのNoが返ってきた。
引っかかったのは「Je te veux」日本語で「あなたが欲しい」この日本語タイトルがNoの原因であった。
しかたがないので「あなたが欲しい」から「あなたが好き」と題名を書き改め再提出。見事審査合格‼

どう考えてもフランス語の「Je te veux」は訳すと「あなたが欲しい」であり、私としては気に入らなかったが歌わせてもらう為には仕方なかった。

しかしおかしな話である。本番は全て言語であるフランス語で歌ったのだが、それをもし訳詞で歌ったとしたら格式あるホールは大変なことになっていた。

「世間がなんて言おうとかまわない、私を抱いて!二人で愛し合いましょう。私、あなたのそばで生きていけるなら何もいりはしない。私の唇も体も心もみんなあなたのもの、あなたの全ては私のもの。二人はもう絶対離れない、抱き合ったまま同じ炎に焼かれてひとつになるの…私、あなたが欲しい」

とまあこんな感じ。こんな過激な歌詞をフランス語で歌えばその格式あるホールはOKだったのだ。

外国の曲には、この曲のように訳詞ではとても恥ずかしくて歌えない曲がたくさんある。その国の言葉で歌うことがクラシックでは常識のようになっていてみな平然と歌っているが、私たちは日本人である。フランス語、イタリア語、ドイツ語で歌われても、聴いている人の大半はその意味が分からない。歌い手だって、意味が少しは分かると言っても使い慣れない言葉じゃ感情移入しにくい。

言葉の伝道師の私としては、それではどうも納得できない。
8月28日の「恋うた」の公演では「Je te voux 」を日本語訳詞で歌おうと思う。
今から100年余り前、サティがモンマルトルのキャバレー「CHAT NOIR」(黒猫)で作曲したこの曲を。










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眠りの精

2013-03-23 | 音楽
「春眠暁を覚えず」、ウトウトすることの多い今日このごろです。

さて、「子守歌」というと皆さんは何を思い浮かべられますか?あるいはどの子守歌がお好きですか?
私は、ブラームスのこの「眠りの精」が大好きです。

ブラームスと言えば「ブラームスの子守歌」が有名ですが、それとは別の曲です。
「14の子どものための民謡集」の第4番目の曲で、とても愛らしい旋律の子守歌です。

ブラームスは自分の師匠シューマンの妻であり、当時世界的な女流ピアニストであったクララ・シューマンを深く尊敬し、そして…愛してしまいました。
さらりと書いたこの一行は、とてもこんな紙面では語り尽くせるものではありません。俗に言う「不倫」、いや音楽史上ではこういう表現をされることを嫌い、ブラームスとクララのことは、ことごとく美化されて伝えられています。
しかし、二人の間には間違いなく男と女の「愛」が存在したと思いますし、そのことで多くの素晴らしい音楽が生まれたことは間違いありません。私は恥ずべきものではないと思っています。

シューマンの亡き後、クララが長期にわたって演奏旅行に出かけるときは、ブラームスがクララの子供たちの面倒をみました。この「眠りの精」もおそらく子供たちと過ごしている時に生まれたのでしょう。

ブラームスはどんな想いで愛する人の子どもたちの面倒をみていたのでしょうか?どんな気持ちで子守歌を歌って聴かせていたのでしょう?

クララの子どもたちに歌って聴かせたこの「眠りの精」は、単なる子守歌ではなくクララへのラブソングであったに違いありません。
あまりにも愛らしい旋律が切なくてたまりません。

ブラームスは生涯独身を通し、若くして未亡人になったクララ・シューマンを生涯にわたり支え続けました。そして、クララが亡くなった翌年、彼女の後を追うように亡くなりました。

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