中橋怜子の 言の葉ノート

自然、人、モノ、そして音楽…
かけがえのない、たおやかな風景を
言の葉に込めて

日本の国柄

2019-04-13 | 《たおやかな風景》奈良新聞連載エッセイ

 土手の桜並木の足元に、花の絨毯が広がった。耳成山、畝傍山、そして天香具山、大和三山に囲まれた都の跡に、菜の花が一斉に開花した。古の都を埋め尽くす花々に集まる人々。その光景に、一瞬、古代大都市の賑わいを見たような気がした。

 今から1350年余り昔、日本で最初の本格的な首都がここに誕生した。長閑な田園風景からは俄かに信じがたいが、あの山々に尋ねると答えてくれるだろう。「確かに、ここには平城京や平安京をしのぐ古代最大の都市があった」と。

  2年あまり前のこと、天香久山の麓で牛乳を搾る小さな牧場を訪問した。
 その前日まで、私は北海道にいた。酪農の現場を見学しに、はるばる北の大地を訪れた私は、そこで思いがけない言葉を耳にしたのだ。「日本に酪農が伝わったのは飛鳥時代の奈良なのですよ」、なんと日本の酪農の発祥の地は奈良だというのだ。

 北海道からほとんど直行でやってきたその牧場で、古い文献をもとに再現された蘇()なるものをいただいた。それはチーズというよりは、生キャラメルに近いような感じで、高級スイーツとして現代にも十分通じるような味わいである。
 当時、酪農と言っても、牛乳や、ましてや大量の牛乳を煮詰めて作られる貴重な蘇などは、貴族や高級官人たちの滋養強壮の薬であったり、また彼らの贅沢な食膳を飾るだけのものであったという。
 酪農の需要と同様、都には、恐らく相当高い文化や技術が集結していたのだろう。しかし、そんな都も地中深くに埋もれてしまい、今となっては、『万葉集』に収められた古の人々の歌などに、その幻影を遺すばかりである。

 新元号「令和」が発表された。出典は『万葉集』第五巻の梅花の歌三十二首の序文、「初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、欄は珮後の香りを薫す。」から引用されたという。
 「悠久の歴史と四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄をしっかりと次の世代に引き継いでいく」、一言一言、かみ締めるように述べられた総理の言葉、とりわけ「日本の国柄」という言葉に、私の心は震えた。どうか一時しのぎの言葉ではなく、真にそうであって欲しいと、心で手を合わせた。

 これまで247ある元号は、すべて中国の古典から引用されてきており、こうして日本の古典に由来する元号が選ばれるのは今回が初めてのことだという。
 「令」という思いがけない字に驚いた国民は少なくないことだろう。私もその一人である。しかしこの字、改めて見れば、何と「たおやか」であることだろう。むやみに媚びへつらうことも、惑わされることもない、凛としたこの字の姿がとても清々しい。
 私がこの3年見つめてきた《たおやかな風景》が、実は「日本の国柄」であったことにも気づくことができ、何やら胸のつかえがとれたような、爽やかな気分である。

 「日本の国柄」を次世代に引き継ごう、そんな決意に満ちた「令和」の時代の幕開けに、こうして生かしてもらっていることへの感謝、そして重責の念がこみ上げる。
 いわゆる古き良き時代と、目まぐるしく変化する新しい時代、二つの時代の狭間を生きる我々世代の役割、それは、新しい時代にしっかりと引き継ぐことなのではないだろうか、「日本の国柄」を。

(新聞掲載日 2019年4月12日)

 

 


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春一番

2019-04-10 | 《たおやかな風景》奈良新聞連載エッセイ

 早朝、風に鳴る雨戸の音に、揺さぶられるように目が覚めた。
 今日は春の嵐の吹き荒れる一日となったが、やはり近畿地方に春一番が吹いたという声は聞かなかった。九州、関東、そして北陸地方でもとうに吹いたというのに、どうやら春一番というものは、南から北へと順に上がってくる桜前線などとは全く別もののようだ。

 調べてみると、春一番にはちゃんと定義というものが存在していた。関東地方の春一番の定義は気象庁が、そのほかの地方は各地の気象台が独自に定義付けをしている。
 地方によってその定義が異なること、そして北海道、東北、長野、沖縄などには春一番と呼ばれる風がないことなどについても理路整然と説明されているのだが、そもそも風なんて、海を、山を、野原を、自由に吹き抜けているのに、凡人には今一つ解せない話だ。

 大阪管区気象台によると、近畿地方では「立春から春分の間、低気圧が日本海にある、最大風速が8m/s以上、南寄りの風、最高気温が平年または前日より高い」、これらの条件を満たして初めて春一番なのだという。感覚で判断できる域をはるかに越えている。うかつに「春一番ですね」などと口にはできないのだ。気象台の発表を待つより仕方ないのだが、待っていても、春一番が吹かない年もあるというから、それもまた解せない話だ。まあ、事を難しくしているのは人間で、風は定義なんてどこ吹く風だ。

 春一番というと、我々は春の訪れを告げる暖かで穏やかな風をイメージするが、この風の名称、悲惨な海難事故をもたらした風がきっかけで生まれたのだそうだ。
 
1859213日、長崎県壱岐郡郷ノ浦町(現・壱岐市)の漁師たちを乗せた漁船が、おりからの強風に煽られて転覆し53人が亡くなった。漁師たちは、冬から春に季節が移り替わるころに吹くこの強風を恐れ、「春一番」と呼ぶようになったのだという。

春一番という言葉が正式に気象用語になったのは昭和30年代に入ってからだそうだが、その名を一躍有名にしたのは、何と言ってもこの歌ではないだろうか。

〽雪が解けて川になって流れて行きます

 春一番と聞くと、ほとんど反射的に、三人娘が歌う『春一番』の陽気なメロディが頭の中を吹き抜けるお陰で、そのイメージは一層明るいものになったが、春一番に限らず、春先に吹く強い風には用心しなければならない。暴風雨、雷雨、遭難、そして大きな火災をもたらすのもこの乾いた強風なのだ。3月の火災発生率は常に上位にあるという。
 
「春風の狂うのは虎に似たり」これは中国の諺。「3月はライオンのようにやってきて子羊のように去っていく」というのはイギリス。春の風を警戒するのは、どうやら日本だけではないようだ。
 
そりゃそうだ。春の風は、眠っている自然界を目覚めさせるエネルギーを運んでくるのだ。「目覚めよ!」と我々を揺さぶる大きな力をはらんでいるのだ。

 この2月、3月は、若い演奏家たちのコンサートに足を運ぶ機会が多い。若き芸術家たちの情熱に心が揺さぶられる日々である。人生を畳みかけようとしている私の心の中を、春一番が吹き荒れる春である。

〽もうすぐ春ですね、ちょっと気取ってみませんか

 そうだ!ちょっと気取ってみよう!
風に揺れるワンピースを着て…

(新聞掲載日 2019年3月22日)


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