グー版・迷子の古事記

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鳴らない電話(3)

2013年12月25日 | 落書き帖
その後、明日香と連れの男性の二人は毎週金曜日になると店に現れた。
時間を見計らったようにバンドの演奏が始まる前にはいつもテーブル席に座りバンドの演奏が終わると席を立ち店の外へと出て行った。
仕事柄全ての客席の状況を隈なくチェックしていたが、彼女のテーブルをチェックする時には彼女の視線とぶつかる事がよくあった気がする。
それでも2回目に来店した時の様に僕のとなりに来てバンドの演奏を聴いていることは無かった。
僕は彼女の呪縛に囚われる事も無く、日が経つにつれいつもの自分を取り戻していった。

季節は秋になり夜外を歩くのも肌寒くなった頃、彼女は初めて一人で店に現れカウンター席に案内されていた。
カウンターはバーテンの持ち場なので僕たちウェイターはあまり気にする必要は無い。
普段通りの仕事をし、そしてバンドの演奏が始まった。

店内の照明は暗くなり、僕はいつも通り壁に寄りかかるとバンドの演奏をぼんやり眺めていた。
すると隣で壁に寄りかかる人の気配がする。
誰だろう?
ふと横を見ると明日香がバンドの演奏を眺めている。
僕は彼女が初めて来店した時の事を思い出し緊張していた。

もしかして好意を持ってくれているのだろうか?
しかしどう見ても僕よりも見た目がいい奴は周りに溢れている。
大体店に来る女性客はバンドメンバーの方に興味を持っているのだ。
彼女がいつも一緒に居る男性はどうなのだろう?
今日は一緒に居ないがどう言う関係かも分からない。

あれこれ考えても答えは出ず時間ばかりが過ぎてしまいそうだ。
僕は思い切って声を掛けてみる事にした。
鋭い目線の男性が彼女を見張ってないから声を掛けたのかもしれない。

「今度映画でも見に行かない?」

何を話しかけて良いか分からなかった僕はいきなりデートに誘っていた。
何言ってんだ…
自分で言った事に気付くなり僕の精一杯作っていた笑顔は歪み出した。
しかし側でバンドの演奏を見ていた彼女はこちらを見ると、少し驚いたような顔はした物の嬉しそうに微笑んだ。

川に流されそうになった所をすんでで救われたような気持ちがした。
ほっとした僕の胸の音は外まで聞こえたかもしれない。

そして僕たちは待ち合わせの日時を決めると携帯電話の番号を交換した。

つづく

(迷子の古事記 2013.11.27)