グー版・迷子の古事記

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肉 (1)

2013年12月09日 | 落書き帖
早めの昼食を摂りと事務所の外の軒下にパイプ椅子を出すとラッキーストライクに火を点けた。

…今日はここで涼もうか

椅子に浅く腰掛け足を投げ出すと上着の袖で汗をぬぐった。
軒下から日向を見ると乾ききった地面が眩しいほど輝いて見える。
そこら中に立ち込めた陽炎は楽しそうに踊っている。
まるで白昼夢でも見ているようだ。

吐き出したタバコの煙の向こうから午前中の仕事を終えた山ちゃんが帰ってくるのが見えた。
山ちゃんの丸々とした体格なら、目の悪い僕でも遠くから彼と見分ける事ができる。
この暑さなら仕方無いのかもしれないが、最近山ちゃんの様子がどうもおかしい。
この一週間ほど元気が無いのだ。
いつもなら人一倍元気なのに口数も少なく、ただボーっとしている事が多い。
少し痩せたようにも見えてくる。
今日も肩を落としうつむき加減で帰ってきた。

「山ちゃん、お帰り。」
「ぅ…ぅん。」

どうも本格的におかしい気がする。
最近食も細いしどこか悪いのだろうか?
山ちゃんの事は宗ちゃんも気にしていたみたいだった。

「浜ちゃん、山ちゃん最近元気ないよね。」
「うん、飯もあまり食ってないみたいだし、どっか悪いのかな?」
「今日仕事終わりに山ちゃんを焼肉に誘おうと思うんだけど、浜ちゃんも行かない?」
「それいいね。焼肉なら山ちゃんも大好物だし元気出るかもね。」
「じゃあ、山ちゃん誘っとくね。」

宗ちゃんはすぐさま山ちゃんの所へ行き焼肉の話を始めた。

「山ちゃん、今日もあっちーねぇー。」
「ぅん。」
「今日仕事終わりに浜ちゃんと焼肉行くんだけど山ちゃんも一緒に行こうよ。」
「ぇ…ぅうん。」
「もしかして何か用事でもある?」
「ぃや…そう言う訳じゃないんだけど…。」
「じゃあ行こ、久しぶり旨いもん食おーよ。」
「ぅん。」

仕事が終わり僕達は連れ立って近くの焼き肉屋まで歩いていった。
一番体の大きな山ちゃんが今日は一番小さく見える。
宗ちゃんと僕の少し後ろからついてくる山ちゃんは、まるでどこかへ連行でもされているみたいだった。

焼き肉屋はクーラーが良く効いてた。
店の外にも漏れていた肉とタレの匂いは、店内に入るとより一層食欲をそそってくる。
一番奥の席に陣取り注文した肉を焼いていると、今日の主役は山ちゃんだと言う事も忘れてしまいそうだ。
焼けた肉と飯を掻き込みながら山ちゃんの方を見てみると、山ちゃんは網の端っこで大事そうに野菜を焼いていた。
宗ちゃんもその事に気付いたみたいで、山ちゃんに声をかけた。

「山ちゃん、肉食ってないけどどっか体の具合悪いの?」
「そう言う訳じゃないんだけど…。」
「ははぁーん、何か悩み事かな?この宗ちゃんに言ってみな。」
「ぅーん。」

山ちゃんはうつむいた顔から目だけ少し上げ僕達の様子を伺うと、表情を読み取られまいとするようにすぐ野菜を育て始めた。
宗ちゃんと僕は「いいもの見つけた」と言うような顔をして目配せし口の端をゆがめた。
もう間違いないだろうが、ここでは多分白状しないだろう。

「宗ちゃん、ここ終わったら次行こうよ。」
「おっいいねー、それ賛成、もちろん山ちゃんも一緒に行くよね?」

山ちゃんはもはや諦めた様な顔をしている。
苦笑いしながらただ頷いた。

つづく

(迷子の古事記 2013.11.11)