グー版・迷子の古事記

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石川や(1)

2013年12月15日 | 落書き帖
寂れたホームに降りると懐かしい潮の香りがした。
駅舎から少し目を泳がせると新緑に山桜が笑っている。
何年ぶりだろうか、久しぶりに帰ってきた漁村(いなか)だ。
無人の駅舎を出るとより一層潮の香りが増してくる。
早速大好きな海へ向かった。
あちこちに干してある赤茶けた網が潮風に揺れている。

少し歩くとすぐに海は見えてきた。
噂には聞いて心配していたのだが、どうやら本当だったらしい。
浜にはテトラポットが一面に置かれ、綺麗だった浜を見ることは出来ない。

「もっとましな事に税金使えよ。」

思わずつぶやいていた。
浜の真砂が尽きる事を恐れたのだろうか、それにしてもこの浜の姿といったら…。
小市民の私がテトラポットの事を考えても仕様が無い。
見るに耐えなくなり、すぐさまその場所を離れた。

気を取り直して、もう一つの気になっていた場所へ行く事にした。
今来た道を戻り線路を渡ると、山の麓に石造りの鳥居が立っている。
その鳥居をくぐり石段を登っていくと、懐かしい狛犬が見えてきた。

もう一つ気になっていた神社は、以前とまるで変わりが無かった。
今まで色んな神社を廻ってみたが、この神社だけはいつも暖かく迎えてくれる。
この神社だけには何故か全く威圧感を感じないのだ。
いつ行ってもぼんやりとした暖かい春の日の様な雰囲気で包んでくれる。
ここから見える海の景色も好きだ。
浜は変わってしまったが、ここから見える絶景には変わりが無いようだ。
心地よさに浸っていると、突然後ろから大きな手で目隠しをされた。

「だーれだ。」

かすれた中性的な声がする。
私はいきなり目隠しをされた驚きから、振り払って後ろを振り返った。

そこには180センチ以上あろう女性が立っている。
誰だろう?まるで見覚えが無い。
私が目を丸くし困ったような顔をしてると、彼女は正拳突きの格好をしだした。

「私よ、秀雄。」

私は振り返った時以上に驚いてしまった。
そこに立っていたのは高校の同級生の真柴秀雄。
彼は当時空手部に所属していた。
背も高くハンサムでしかも強い、当たり前のように高校の女子生徒にモテていたのだ。
その秀雄が女性の格好をして目の前に立っている。
あまりの変わりようだ。
浜の姿以上に時の流れを感じてしまった。

あまりの驚きに口をポカーンと開けたまま黙っていると、彼女?は私の背中をその大きな手で叩いた。

「まあ、こう言う事だ。」

声はもう昔の声に戻っている。
私はそれでもやはり返答に困った。
いつも毒舌で周りが引く事もある私だったが、秀雄がここまで変わった経緯を考えるとどう声を掛けていいものか検討もつかなかった。

「ひさしぶり。」

私は苦笑いしながらとりあえず挨拶だけをした。

「まあ、ビックリするのも仕方ないよね。今はこんな感じで働いているんだ。」

秀雄は高校以来の経緯を簡単に語り始めた。
大学を出た後その世界に入り、今は街まで出て秀子と言う名前で夜働いているらしい。
今日は神社のとなりにあるお墓に参っていた所、私を見つけて声を掛けてきたらしい。
どうやら整形も終わっているらしく大きくなった胸を面白そうに見せてきた。

「でっけーかな、でっけーかなー。」

私は思わず、両手を広げ片足立ちになり見得を切ると、昔のノリで答えていた。
秀雄は昔と変わらない私を見て少し安心したようだ。
しばらく昔話や最近の村の様子などの話で盛り上がった。

「今夜暇ある?実はさぁ、今月売り上げが足りなくて困ってるんだ、私が奢るから店まで来てくれないかな?」

春休みで村に帰ってきただけで別段大した用もない私は、あまり何も考えず行く事にした。

つづく

(迷子の古事記 2013.11.17)