グー版・迷子の古事記

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鳴らない電話(4)

2013年12月26日 | 落書き帖
約束の日は少し曇っていた。
僕は新宿東口を出るとアルタ前へ向かった。
普段夜の仕事をしている田舎者にとっては昼間の新宿駅前の人波には圧倒されてしまう。
田舎ではファッション雑誌でしか見ないような男と女が右を見ても左を見ても思い思いの方向に歩いている。
人の波のほんの一跳ねに過ぎない自分を誰も気にしていないだろう事は分かっている物の、自分のみっともない格好に恥ずかしくなりながらアルタ前で明日香を待った。

今考えても、よくもあんな格好で行った物だと思う。
上は出掛けに外の寒さに気付き思わず着た灰色一色の毛糸のカーデガン、下はただ着古しただけの元は青いジーパン。
来る途中にショーウィンドウに映った自分の姿を見て、まるで老人ようだ、と思った。

ある意味場違いな格好がかえって目立ったのかもしれない。
明日香は待ち合わせの時間少し前にアルタ前へ来ると、迷いもせずに僕をすぐに見つけ出した。
最初驚いたようだったが、すぐに面白いものでも見つけたかの様な目をし、最後には楽しそうな顔で近づいてきた。
僕は彼女ががっかりしなかった事にほっとし、新宿コマ前の広場へ向け歩き始めた。

それからも何度か新宿コマ周辺にある映画館へ二人で行った。
他に幾らでもデートする場所はあったのだろうが、昼間外に出ることの無い田舎者には映画館以外適当な場所は思い付かなかった。
彼女も行き先は僕へ任せきりで、いつも代わり映えのしない映画館なのに楽しそうだった。

そうやって何度も彼女と会っていたのだが、実は彼女の素性については全くといっていいほど知らなかった。
金曜日に付き添っていた男性が会社の上司らしい事だけは分かったのだが、それ以外は彼女がどう言った仕事をしているのか、何処に住んでいるのか、口下手な僕はまるで聞き出せないでいた。
何やら僕の知らない事情を持っていそうな事は感じていたのだが…。

僕たちは一つだけ決め事をしていた。
電話の呼び出しは10回までと。
それがお互いの事情を深く詮索しない事の様にも思われた。
そして彼女の事情を深く知る事を恐れていた僕は、自分からは一度も電話をかけずただひたすら彼女からの電話を待っていた。

つづく

(迷子の古事記 2013.11.28)