グー版・迷子の古事記

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気になったことだけ勝手に想像して勝手に納得しています

あくま

2013年12月05日 | 落書き帖
一人の男が赤い扉を開け、人々が行き交う通りに出てきた。
街の東にある店で娘へのプレゼントを買った男は、町の西のはずれにある我が家へとゆっくり歩き出した。
この時もしかすると、すれ違う人の中には男の右腕に黒い影があるのを気付いた者がいたかもしれない。
影に潜む両の目は、周りの温かい光を吸い鈍い光を反射している。

彼は町の中央にある立派な円形の広場まで来るとふと足を止め周りを見回し、

「あぁぁぁ」

っと感極まったような深いため息を漏らした。

月の祝福を受けた天の川には、舞い降りる白銀色の星のかけらがユラリユラリ道草をし、
人々の祝福に満ちた街の石畳には、常しえの星のかけらが霜と積もり、漏れ来る黄金色の光を受けキラリキラリ囁いている。
見渡す限りが「聖この夜」を口ずさんでいる様だった。

敬虔なクリスチャンである彼は、この貴重な夜を少しでも長く家族と過ごそうと歩みを速めた。
少しして広場の北にある教会の時を告げる鐘が鳴り響いた。

カーン・カーン・カーン・カーン・カーン・カーン

「もう六時か…」

自然と彼の足は今までにも増して速まっていった。
彼の右腕にあった黒い影は教会の鐘の音に驚いたのであろうか、教会から隠れるように今は彼の左腕にじっとしている。

そのうち男の家の玄関を灯す明かりが見えてきた。
我が家が恋しくなった男は、もう我慢できなくなり走り出した。
黒い影はいつの間にか彼の胸元にまで迫っている。

何事もなく家にたどり着いた彼は、息を切らせながら玄関の扉を開け中に入りこんだ。

「ただいまー」

父親の帰宅を知り部屋から顔を覗かせた娘は、あまりの驚きに目を丸くし大声で叫んでいた。

「あ、くまー」

男は買ってきた黒い熊のぬいぐるみをやさしく娘に手渡したのでした。


(迷子の古事記 2013.11.7)