グー版・迷子の古事記

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翁と熊

2013年12月08日 | 落書き帖
むかしむかし伊佐の山に大きな木の翁がおったそうな
白髪の枝は雲の棚引く限り天空に乱れ
節指の根は蜘蛛の渡り行く限り大地をつかんでおった
翁の前に神は無く
よろずのことは翁により産み結ばれた

ある日のことじゃった
翁の根の先の方で熊の親子が腹をすかせた又木たちに襲われておった
又木たちは弓を絞り熊の親子へと矢を放ってきた
驚いた母熊は子熊を穴の奥の方へ隠し
穴の前で両手を広げ天にも轟かせる声を張り上げ立ち上がった
又木たちは大きな母熊の今にも襲い掛かろうとする姿に恐れおののいたが
寝ぐらで待つ腹をすかせた子供たちの為にも引き下がるわけにはいかなかった

半時ほど経ったであろうか
全身に矢を受けた母熊は悲しげな細い声を上げるとその場に倒れこんでしまった
又木たちは子熊が穴の中にいることを知っておったが
幼い子熊の命までその糧にしようとは思わなかった
それが山の掟じゃった
又木たちは母熊だけで満足し子供たちの待つ寝ぐらへと帰っていった

子熊は穴の中で又木の姿を思い出しては幾日幾夜も怯えておった
もう何日乳を飲んでなかったのであろう
子熊はいくら待っても帰ってこない母熊を探し
思い切って穴の外へ出ることにした

腹をすかせ体はやせ細り足の関節には力が入らなかった
ふらふらと当ても無く森を彷徨っておった
周りには末の時を待つ八咫烏たちが少しずつ集まっておった
力なく歩いておった子熊は翁の根の先につまづくととうとう動かなくなってしまった

全てを見ておった翁は子熊を不憫に思った
熊も又木も翁の作ったものたちである
その熊と又木が生きる為とは言えお互い争わなければならなかったのだ

翁は子熊に群がろうとしておった八咫烏をその大きな枝葉でなぎ払うと
自らの木の実をすり潰し
葉に溜まった天の水と混ぜ乳を作り
その乳を葉に湛え
子熊の口へ一滴また一滴と落としてやった

子熊にはまだ乳を飲み込むだけの力が残っておった
ほっとした翁は子熊が大きくなるまで見守ってやろうと思った

雨が降れば枝葉の屋根を作ってやった
風が吹けば根の壁を作ってやった
そして言代を掌る翁の下で育った子熊は言の葉をも話すようになった

子熊は翁の下ですくすくと育ち翁が知る限りでも大きな熊へとなった
しかし翁には一つだけ気に掛かることがあった
子熊の首に白い弓の形が現れてきたのだ
母熊を倒したあの弓の形である
翁はある時この事をたずねてみた

熊よ 未だ幼き日のことを覚えておるのか

翁の下で賢く育った熊は言わんとする所を知った

木の爺様
熊はもはや又木に恨みなどありませぬ
熊も又木も爺様の子
恩深き爺様の子である又木に恨みなどありませぬ
この弓はただただ母熊を思っての事にございまする

この事を聞き翁はますます熊を愛おしく思った
熊も翁を慕い側に仕え続けた

熊は常しえに翁に仕える事を望んでおった
翁は全てに終わりがある事を知っておった

いつまでも仕え続けようとする熊であったが
ついにその時が来てしまった

木の爺様
熊は黄泉国へ呼ばれてしまったようです
別れるのは忍びないですが
こればかりはどうしようもありません
今までありがとう御座いました

翁も別れを惜しみ悲しんだ

熊よ
今まで良く仕えてくれた
お前の御霊は天に昇り星となるが
お前の姿が地上からもよく見えるよう我が魂の半分を与えよう
お前も天から土を照らし我が姿を探しておくれ

熊は微笑むと静かに息を閉じたんじゃ

空に月が輝くのは地上の翁を探しての事じゃそうな
月が弓のように形を変えるのは母熊を恋しがってのことじゃそうな

おしまいおしまい

(迷子の古事記 2013.11.10)