遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

能楽資料16 江戸の小謡集(5)千歳小謡日出箱

2020年10月22日 | 能楽ー資料

 

百番〇上  千歳小謡日出箱』と題された小謡本です。

 

       『千歳小謡日出箱』

寛政八(1796)年、大阪書林、19丁。

通常の小謡本より薄いです。

 

見開きには、「田村」(右)と「玉乃井」(左)の場面が描かれています。

 

さらに、「竹生嶋」、琵琶湖を渡る場面が載っています。かなり力量のある絵師によるものと思われますが、名前は出ていません。

 

小謡は、やはり、「高砂」から始まっています。

 

この小謡集の最大の特徴は、上欄がすべて教養関係の記事であることです。

まず、【文房四友譜】で、中国の文人趣味、文房四宝(筆墨硯紙)について、かなり詳しく書いています。

左の絵は、竹林七賢人図。

 

 

さらに、当時の習俗も。

若い女性たちが、雛飾りをたのしんでいます。

 

父が子に、生花の説明をしているのでしょうか。

 

夏踊りに興じる男女。

 

プチ教養です。【十二月異名】

いろいろな呼び方があるのですね。

六月だけでも、林鐘(りんしやう)、亢陽(こうやう)、庚伏(かうふく)、季夏(きか)、晩夏(ばんか)、鶉夏(ひゆんか)、夏末(かばつ)。

 

日の別の呼び方、【日異名】。

 

 

【諸人片言なをし】:話し言葉の間違いをただしています。

諸人片言(しよにんかたこと)なをし
人にむかいてわがミといへるハ
我身といふ事にや。然ハ
おのれをいふによき事なるべ
し。人にむかいてハわたゝず。
一.師匠(ししやう)をしゆしやうといひ
  殊勝(しゆせう)なる事をししやうと
  いふわろし。
一.おとうとハ 弟(おとゝ)也
一.げんぶくしやハ 験仏(けんぶつ)者也
一.人くんじよハ 群衆(くんじう)也
一.ずちやうハ  仕丁(してう)也
一.こつちよハ  骨長(こつちやう)也
一.物の長じたるを何にてもこの
  せいらいといへるハ精灵(せいれい)也
一.おのしハ 御主(おぬし)也

 

一.かしきハ   喝食(かつしき)也
一.わかしハ   若衆(わかしふ)也
一.びくにんハ  比丘尼(びくに)也
一.かんのしハ  神(かん)ぬし也
一.たかんじやうハ 鷹匠(たかじやう)也
一.わろハ    童子(わらハ)也
一.あきんどハ  商人(あきうど)也
一.くちびろハ  唇(くちひる)也
一.いひハ    指(ゆひ)也
一.めゝがよいハ 眉(ミめ)也
一.しゆつけハ  湿気(しつけ)也
一.うはしハ   鰯(いわし)也
一.おなぎハ   鰻(うなぎ)也
一.じやこハ   雑喉(ざこ)也
一.たのしハ   田〇〇(たにし)也
一.くしおびハ  串鮑(くしあハび)也)
一.あひるハ   鵜(あいろ)也

 

このように、江戸中後期の世間の様子がわかり、謡いをはなれても、面白い本です。

 

他の小謡本とは異なり、全国の図書館、関連施設などを調べても、この本は出てきません。発行数が少なかったのでしょうか。

その意味では、稀覯本の類に入るかもしれません(^.^)

しかし、・・・

奥付けには、「此小謡百三十番・・・・」とあります。題簽も、『百番〇上 千歳小謡日出箱』。百番以上の小謡がこの本には載っているはずです。

ところが、ざっと数えた所、49番しかありません。

過大広告は、もうこの時代に始まっていたのですね(^^;

 


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10 コメント

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おはようございます(^^♪ (のり)
2020-10-22 08:42:18
内容はさておき(すみません💦・・・)、文字と絵の素晴らしさに感心しております。
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言葉の変遷が分かりますね (frozenrose(kawashima134))
2020-10-22 08:54:28
おとうとは間違い、おとととあります。
18世紀末には弟が広まってきたのが分かりますね。面白かったです。
解読していただいて、内容がよくわかります。
これからも時々勉強に来させてください。
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のりさんへ (遅生)
2020-10-22 10:01:39
こういう絵の描き様が流行っていたのでしょうか。見方によっては、マンガチック。劇画調の浮世絵も人気がありましたから。

ひらがなは、以前流行した女子学生の丸文字に似ていますね(^.^)
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frozenrose(kawashima134)さんへ (遅生)
2020-10-22 10:10:34
江戸時代に行ったことのある人はいないので、庶民がどんなしゃべり方をしていたか、誰もわかりません(^^;
その道の専門家によると、平安時代は母音、子音の発音の仕方が今とはだいぶ違っていたそうですから、江戸時代でも日常語は、今の我々からすれば、聞き慣れない方言みたいだったのかもしれませんね(^.^)
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Unknown (tkgmzt2902)
2020-10-22 12:19:58
『上欄がすべて教養関係の記事である・・・』
この一冊が当時の貴重な資料になりますね。
絵師の技以上に、「知らせるこ」との意味が大きいと思います。
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遅生さんへ (Dr.K)
2020-10-22 15:02:42
これは、正に、稀覯本ですね。

【十二月異名】だけでも、凄いですね!
いろんなことが満載で、読んでいるうちに教養が溢れ出てきそうです(^_^)
「過大広告は、もうこの時代に始まっていた」ことも分かりますし、いろいろと珍しいことが満載ですね(^_^)
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tkgmzt2902さんへ (遅生)
2020-10-22 17:05:07
江戸時代は平和な時代でしたから、人々の好奇心や関心が教養にも向かったのでしょうね。

無教養を売り物の政治家が大手をふる今の日本よりも、精神的には豊かだったと思います。
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Dr.Kさんへ (遅生)
2020-10-22 17:09:37
雨の降り方だけでも、日本語の表現、どれだけあるかわからないですよね。

月の呼び方がこれだけあるのも、日本人の精細さの表れだと思います。

真夏の6月にしても、夫々の言葉を使う場合、微妙なシチュエーションの違いがあったのではないでしょうか。
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Unknown (tkgmzt2902)
2020-10-22 22:41:08
中身がいっぱいの希少な本ですね。
昔は「や・ゆ・よ」の小さい文字がないので現代からすると
分かりにくいですね。
文字を見るときは忖度?がうまくいったのですね。
古文書を見ていると、明治になってからよくも文法が整然と整えられた
といつも感じ入ります。
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tkgmzt2902さんへ (遅生う)
2020-10-23 06:22:21
やとよの発音は、当時と現在では逆になっている場合が多いですね。たとえば、銚子はちやうし。
想像ですが、ひょっとしたら、最初は、本当にちやうしだったのかも知れませんね。その発音がだんだんかわってきて、よに近い音になった。

能の囃子でかけ声を掛けます。
鼓では、ヤ、ヤアと音符にある場合、ヨ、ヨオと掛けます。人のよっては、ヤとヨ、アとオの中間の発音でかけ声を掛ける人もいます。
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