遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

能楽資料17 江戸の小謡集(6)『泰平小謡萬歳大全』

2020年10月24日 | 能楽ー資料

江戸の小謡集、6冊目『観世流新改正 泰平小謡萬歳大全』です。

 

     『泰平小謡萬歳大全』

文政六(1823)年、山本長兵衛、79丁。

本の大きさは他の小謡集と同じですが、厚さが他の小謡本の2倍以上ある分厚い本です。

 

目録には、190番以上がのっています。三月三日、七夕、菊月、鼓瀧などの現行にはない曲も多く入っています。

通常の四季分類、春之部、夏之部、秋之部、冬之部の外に、祝言部、賀之部、婚礼之部、諸祝言部、追福部、酒宴部がもうけられ、それぞれ十数番がわりあてられています。

このように、謡曲が細かく分類されているのが、この本の特徴です。

たとえば、「高砂」は、春之部、祝言部、婚礼之部、それぞれに、異なる小謡がわりあてられています。なお、春之部、祝言部、婚礼之部のいずれにも、婚礼の席で定番の「高砂や、この浦船に帆をあげて・・・・」の小謡いは載っていません。

 

目録の下側、図の部分を見てみましょう。

能の催しが描かれています。2階にも観客席がある大きな建物です。多分、勧進能の様子でしょう。

 

右下の図は、大きな能の催しの楽屋。プロの能楽師たちが支度をしています。

 

興味深いのは、左下、謡講聞場(うたいこうきゝば)です。

右:謡講諷場(うたいこううたいば)

左:謡講屋楽(うたいこうがくや)

 

謡講聞場では、人々がタバコを吸いながら、障子の向こう側でうたわれている謡いに耳を傾けています。

 

障子の向こう側、謡講諷場では、数人の人たちが謡いをうたっています。

 

謡講楽屋では、出番を待つ人たちが練習をしています。皆、多くの謡本を持参しています。謡本入れの箱には取っ手が付いていて、持ち運びに便利なようにできています。これまで紹介してきたような小謡本では役不足、やはり各曲目全体が載っている正式の謡本が必要なのでしょう。

 

謡講とは、謡いを嗜む人たちが日を決めて集まり、座敷で素謡いをうたって楽しむ会です。江戸時代には、町人の間にまで広がりました。特に京都では盛んで、夕方から、薄暗い蝋燭の燈のもと、障子の向こう側から聞こえてくる謡に耳を傾け、想像力をはたらかせて、謡によって作り出される能の世界を楽しみました。通常の謡いよりも低く小さな声でうたわれたそうです。

現在、京都の観世流能楽師、井上裕久師が、町屋で謡講を試みておられます。

 

他の小謡集と同じく、上欄がもうけられていますが、教養的なものは無く、すべて、能と謡曲に関する事柄です。

右頁上は、能の分類、下は能のつくりもの図です。

小謡は、この小謡集でも。やはり、「高砂」から始まります。

 

能面の色々。

 

小道具のうち、かぶり物。

 

上欄には、能(申楽)の由来が述べられています。

 

【當時四座之事】:上掛かり、観世座、保生座、下掛かり、金春座、金剛座について、紋章、各座の別称、座付狂言師が書かれています。なお、喜多流については、喜多七太夫との名が付けられ、「これハ下がかりにて四座の外なり」と、他の四座と同等には扱われていません。

 

謡本の諸記号の説明。

 

【口中開合之事】あいうえお・・・の発音の仕方を説明しています。この説明は、江戸時代の能、謡曲の解説本のなかによく出てきます。

 

能、謡曲の場面をかなり多くの絵で示しています。

        鉢の木

 

          鞍馬天狗

 

           湯谷(熊野)

 

この小謡本では、狂言は扱われていないのですが、絵だけはかなりの数、挿入されています。

        末広

 

        靭猿

 

この絵は、謡曲の神髄を述べたもの。文は、江戸時代、多くの能、謡曲の本に出てきます。

「おんきょくハ

   たゝ大竹の

    ことくにて

   すくにきょくと

      ふしすくなけれ」

音曲は、大竹のように、節は少なく、まっすぐにうたうものである。

 

次の図は、鼓をうつ人の老境を述べたものです。

「老ぬとハかハる事のミ多き中に

 つゝミを

    はやす

   うたひ

     人も 

      なし」

年をとるといろんな事が変わってしまう。鼓に合わせて謡をうたってくれる人がいないのもその一つだ。謡いがなければ、鼓で囃しようもない。

確かに、この絵の左側の人物は、謡ってはおらず、鼓を聞いているだけのようです。鼓を打つ時には、ヤ、ヤア、ハ、ハアなどの掛け声えを掛けて打つので、自分で謡曲を謡いながら鼓を打つことはできないのです。右側の老人は、何とも様にならないなあ、と思いながら、鼓を打って見せているのでしょう(^^;

この場面に書かれた文章は、『謡花伝書』という珍しい書(秘伝書?)に書かれている部分です。当時、普通の人が知る由もないものです。

 

こんなマニアックなものまで載せている小謡集、奥が深いですね(^.^)


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2 コメント

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遅生さんへ (Dr.K)
2020-10-25 12:10:11
昔は、二階席まで設けられた大きな建物もあってんですか。
相当に能が普及していた証拠ですね(^_^)
今の歌舞伎座みたいですものね。

これには教養的なものは載ってなくて、すべて、能と謡曲に関する事柄だけなんですね。
本格的な小謡集と言えるものなんですね。特に、普通の人が知る由もない、秘伝のようなものまで載っているんですね。
そんな本も売れたんですね。購買者は少ないと思うんですけれど、、、。

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Dr.Kさんへ (遅生)
2020-10-25 12:52:37
大きな能の催しは、せいぜい何年に一度だったと思います。能舞台も常設ではなく、その都度建て、終われば壊す。ただ、能の基本は野外劇ですから、能舞台さえあれば(神社など)演能は可能ですから、小さな催しはたくさんあったと思います。

当時、武士から庶民まで、俳句と謠いがはやっていたので、この手の本はかなり売れたと思います。何せ、今の私でも、古い小謡本をこれだけ集められるのですから。皿より、はるかに安いです(^.^)
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