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日々のあれこれ

5/12 ワルシャワ旧市街観光

2017-05-28 | ポーランド慰霊の旅

 

 

さて、ポーランド旅行もあと一日となりました。帰国して2週間、そろそろ海外ボケも治り、日常生活が戻りつつありますが、今回感じたのはわが体力の衰え。それと大人数の団体ツアーのリスクいろいろなど。

次行くときは真冬の閑散期、またはハイシーズンの人が敬遠する日かな。いつになるかわかりませんが。

前夜 レストラン。中心部、大通りに面したデパートみたいな建物の一階。

少女趣味なインテリア 

ライト

前菜。白身魚の酢漬け…だったかな

ジャガイモの細切りで肉をくるみ、焦げ目をつけた後、煮込んだような。

私のは適量。大きさは皿によってまちまち。

今夜の宿はワルシャワ中央駅徒歩五分、インターコンチネンタルワルシャワ32階。

ツインの部屋をシングルユース。

普通に申し込んだら結構な値段だけど、団体旅行なのでたぶん安いと思う。日曜日宿泊は特に安いようです。

ベッドも椅子も大きくて高さがある。東洋の老女、ベッドによじ登り、かつよじ降りる。

NHKの国際放送見る。英語。日本は前線が来てお天気悪いようです。日本時間、金曜日の正午?

洗面所も広くてきれい。でも鏡が高くて首から上しか映らない。

向かいの建物はなんだ?

ワルシャワは旧のままに復元されたというけれど、この付近は現代的な建物が林立。もとは何があったのでしょう?街はずれだったのかも。

向こうに見えるのは文科学宮殿。1952年スターリンからの贈り物。会議場、ホール、映画館、劇場など。ヨーロッパ的というよりは社会主義的建物で、市民からの評判はイマイチだとか。

でも遠くからでも目立つし、駅への目印になるのは京都タワーとおんなじ。歴史の各段階ではいろんな事情で、ん?という建物も作られるらしい。


翌朝。インターコンチネンタルワルシャワ。面白い形。部屋のカードキーでエレベターの階数ボタンも押します。


バスでまずはワジェンキ公園へ。夏の離宮だった宮殿はナチスドイツによって内部が壊され、美術品も持ち去られたが、現在は修復。国立博物館分館になっているとのこと。美術品はたぶん、完全には戻ってないことでしょう。

本日は公園内を散策するだけであります。

入ります。

説明版。ボタン押すとショパンの曲が聞こえます。

ショパンの銅像。ポーランドではショパン、コペルニクス、キュリー夫人が三大偉人らしい。

北海道くらいの感じでしょうか。サクラが咲いて春が来ました。


続いて旧市街へ。

夏服の上からカシミアのカーディガン。いったいどんなものを着ればいいのか戸惑うお天気。

聖十字架教会。フランスに亡命したショパンは36歳で結核で亡くなります。

遺言通り、姉がその心臓をワルシャワに持ち帰り、この柱に埋め込まれています。

華麗なる祭壇

第二次大戦で1/3が破壊されたそうですが、美しく再建されました。

爆撃跡を保存しています。

旧市街、クラクフ郊外通り(クラクフへの街道筋という意味らしい。昔のメイン道路)を北へ、皆さんと歩きます。

ワルシャワ大学前で、たくさんのテントがあり、催し物が。

日本学科のブース

学生さんが写真に納まってくださいました。

日本語が話せて笑顔のチャーミングな人でした。着物も素敵。

手前は日本人留学生らしい。マリアがこう置いて、と将棋を教えている。

いいなあ、若いって。ワルシャワの青春。

ワルシャワ大学。正門?

向かいは芸術系の大学。

マロニエ(赤花)

旧市街。建物はすべて復元されたものらしい。

https://www.youtube.com/watch?v=ToWVBY4JtcM&feature=youtu.be

堀の上の橋を渡ると王宮が。こちらも復元されたもの。

地元産、陶器店。

素朴なポーランド陶器、日本でも人気だそうです。

旧中央広場。にぎやかです。ここでしばし解散。

https://www.youtube.com/watch?v=xNKgsKOCaeQ&feature=youtu.be

1ユーロ貸してと言った人が、一緒に土産物買いに行こうと私を誘うけど、何のかんのと逃げる。

せっかく一人で来ているので、一人で好きに動きたい。ごめん遊ばせ。

丸いのは絵葉書。郵便局で切手買って日本へ出す。

木がカシ系の無垢材。ヨーロッパの木は成長遅いけど、硬くていい材木になる。

さらに歩いてトイレへ。皆さんを待つ間、向かいの骨董店が気になる。。。。

揃ったところでキューリー夫人生家跡へ。博物館になっているけど、ただいま修復中。

さらに歩いてバスに乗る手前で。社会主義時代の建物のようです。説明してもらったけど…失念。

ポーランドの複雑で悲しい歴史を象徴するような…

続いてバスに乗ってワルシャワから西へ54キロ、ショパンの生誕地、ジェラソブァ・ヴォラへ。

それはまた次回にしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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孫が来て賑やかだった

2017-05-26 | 日記

かれこれ一か月ぶり。先週も実は来たのだけど、私の体調がイマイチで、夫仕事場だけで家には寄らず。

きょうはご飯食べて、おやつ食べて、しっかり遊んで帰った。お嫁ちゃんともゆっくり話した。

昨夜あまり寝ていないので、きょうは疲労が激しく、明日は早朝からまたまた遊びに出かけるので、本日はおとなしく早く寝る。

といってもコンサートに行った夫、いまだ帰宅せず。

ポーランドから帰って、なかなか疲れが取れない。午後は寝ることが多いけど、きょうは頑張って外出したらとても疲れた。シミジミと歳ですね。

あすは県人会のうどんツアー。写真は去年、某所で見たポスター。


 

追記 いつもは24時から25時に寝る私、昨夜は23時に寝始めたら、24時、25時と目が醒め、あとは全然眠れず。

困ったなあ。明日は一日バスツアーで友達としゃべり倒す予定なのに。

ポーランドから帰って体調悪い。というか、体がおかしい。体は心の動きを映す鏡。その上今はヘスの自伝読んでる。今まで数えきれない本読んできたけど、これだけ神経に触る本も初めて。読み始めて投げ出すのは癪なので、我慢して読んでるけど、もうやめようかな~

心がすっきりするようなこてこての恋愛小説読みたい気分。

友達は昔家族でローマに住んでたことがあり、ヨーロッパ各地、車で旅行したとのこと。ゆっくり話聞く機会がなかったけど、明日はというかきょうはゆっくり聞きたい。

うどんツアー、出身高校のすぐ近く、地元出身のさる文豪の銅像のある公園で解散して各自うどん食べに行くらしい。地元離れて50年近く、二年間ほど実家へ帰って学校へ勤めていたけど、浦島状態。どこかいい店あるかなあ。

うどん店案内のN氏は香川出身でもなんでもなくて、うどん好きが嵩じて香川県人会に入った方。ややこしいナビなどに頼らず、自転車でうどんや巡りをされる方。

うどん店の話をするときはとても幸せそうな、この幸せを皆さんにもお分けしたいという感じの話し方。

明日はどんな展開になるんでしょうか。それにしてももう寝ないと。AM3:26

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5/11 中世の街、トルンを歩く

2017-05-25 | ポーランド慰霊の旅

5/11 ポズナンから東へ150キロ、世界遺産トルンの街へと向かいます。

トルン近くでは森の中を走ります。

https://www.youtube.com/watch?v=HnU6HbxyuSU&feature=youtu.be

森の境界の柵がアウシュビッツと同じなのでギョッとしますが、この付近では昔からこのデザインなんでしょうか。

ヴィスワ川を渡ります。

この町はバルト海でとれたヒスイをワルシャワやクラクフへ運ぶ街道の街として発展し、中世にはドイツが出城を置いて支配したそうです。

バスを降りて川沿いを歩きます。遊覧船の船着き場です。雲が多くて風も強く、寒いです。

旧市街への入り口が見えてきました。

入ります。石段のある建物で昼ご飯を食べました。

もう午後三時に近いです。だから朝はしっり食べておかないとね。

キュウリのスープ…というのはピクルス入りのスープのこと。酸っぱいです。

付け合わせ野菜、一人分。ビーツの漬物、ザワークラフトに半分生キャベツを混ぜたもの、生ニンジンの細切りほとんど味ナシ。というのが一人分の野菜。量は多いです。

きょうはロールキャベツ。じゃがいもはmust

ライトの飾り。

イノシシ。黒くてでかい。

フェルメールもある。サービス満点。

左は神戸で、右はルーブル?ドレスデン?で見たような気がする。

デザートはミスタードーナツみたいと皆さんに好評でした。

旧市街を歩いて

細い路地を通って…

ドイツ騎士団の城の方へ向かいます。

1454年、トルン市民の蜂起により城は破壊され、そのままになっています。

https://www.youtube.com/watch?v=dE_Lirx29bU&feature=youtu.be

この日も寒かった。添乗員さんに撮ってもらう。細いコードはトラベルイヤホン。

失くしたら5,400円弁償です。

2012年ドイツへ行ってホテルに忘れた時は予備を貸してもらい、弁償なしでしたが、次第に厳しくなっているようです。これからも気を付けたいものです。

この付近は後から足したのかも。

ガイドさんがトルン名物、ジンジャーブレッドを分けてくれました。

この後、皆さんとスーパーへ行って買いました。専門店もあります。

旧市庁舎とコペルニクスの像。

聖母マリア教会。

広場まで戻ります。こちら郵便局。シックな建物です。

ここで解散して有志でスーパーへ。ジンジャーブレッドとピクルスのスープなど買いました。

この噴水前に集合。早めに行って待っていました。

でも集合時刻になっても、三人足りません。焦りまくって、走って探し回る添乗員さんと現地ガイドさん。皆さん静かに待っています。

私も、もし自分だったらと思うと胸がバクバクしてきました。

15分くらい経って、バスのドライバーさんから、三人が先にバスに帰ってきたと連絡が入り、全員えーーーっと驚き、かつ脱力。なんでえ?しかまあよかった。

全員でさっきのレストランでお手洗いをお借りし、これも人数多いので時間かかりますが、お互いさま、我慢です。

横道へ入ってコペルニクスの生家。銅の商いをする裕福な家だったとのこと。

観光客が多いです。

城門の外へ出ます。向こうの傾いた砦はドイツ騎士団時代のものでしょうか。

ドイツの作ったものなど、わざわざ修復したくないのかも。

ポーランドはドイツにひどい目にあってますが、最近はドイツから観光客も来るし、ドイツへ働きに行くし、お互いいい関係ではないかと思います。

やれやれ、観光終わってからの迷子騒動だったので、ホテルに着くのは少し遅れるでしょうが大したことなくてよかったです。

左手にバスが待っていました。


で、出発前、一人の男性が、「人を待たせたんだから謝りなさいよ」と言っていました。

たぶん皆さんも同じ気持ちだったと思います。私は迷惑というよりも、心配しました。

三人のうちの一人が近くの席に座っていて、その人の話だと、フリータイムの時トイレ行きたくなってガイドさんと一緒に五人でトイレに行った。出てみると、二人とガイドさんがいなくて、どうしようもないので、三人で駐車場のバスまで戻った。私も被害者。私は自分のするだけのことをしたので謝らないという言い分でした。

放置した現地ガイドはもちろんよくないけど、慌てずにそこでじっと待っていた方がよかったのでは。旅慣れた風の三人だったので自分たちの判断で、「最後はバスに戻るから」と先にバスに戻ったようです。

男性は「皆さんトイレ行きたいの我慢して待ってたのに。迷惑かけて謝らないんだから」とさらに言っていました。

まあまあと宥める添乗員さん、ガイドさんの手落ちという結論でその場は収まりました。

うーーーむ、置き去りにされた三人は焦ったことでしょう。何とか自力でバスまでたどり着いたのに責められて不本意かもしれませんが、理由はどうであれ、人を待たせたのは事実。

自分が悪いと思わないのなら謝らないという選択もあるけれど、あそこは一つ、「どうもご迷惑かけてすみませんでした」と一言謝れはよかったと思う。それが日本的予定調和の世界。ついでに簡単ないきさつも説明すればよかったのに。

初めに謝ればそう追及はされないものです。15分とかそのくらいなので、誤差の範囲内。謝ればよかったですね。

しかし、人に謝るのは難しいもの。自分だったらどうしたかなとちょっと考えました。

最後のアンケートには「迷子になったと気づいた時点でその場を離れず救援を待つ。それを徹底してほしい」と書きました。

自分がそうなったら焦ってうろうろするかもしれないけど。

 

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麗しの古都・ポズナン

2017-05-25 | ポーランド慰霊の旅

さて、前日ロングドライブの後たどり着いたポズナン、宿泊はホテルノボテルポズナンセントラム

窓の下は大きな交差点。路面電車も走っています。

午前五時過ぎ。どうしても早く目が醒めてしまう。

六時半、朝食をいただきましょう。

窓の外は駐車場。再開発されたところらしい。ツアー御用達のホテルはだいたいこんなところが多い。

ヨーロッパ的風情はないけれど、サービス過不足なく、泊まりやすいです。

7時半ころ。陽が高くなってきました。

廊下の端まで行ってみる。公園になっている。

ここは一泊しかしないので、名残り惜しいです。

ポズナンの通勤風景。

旧市街に近付いています。

ポズナン大聖堂の塔が見えてきました。

ポズナンは千年前に都がおかれたポーランド建国の地。

大聖堂はポーランド最古の教会だそうです。今から見学します。

内部は簡素

ステンドグラスとパイプオルガン。

それにしても…毎日教会があるので、次第に記憶が錯綜してきます。

自分で苦労してたどり着いたならそれぞれ憶えられるでしょうが、人に連れてこられると全然定着しません。

お四国参りのツアーに行った人が、記憶の中でお寺の区別がつかないのと同じ。

ひそかにポーランドお四国参りと名付けた私。でも教会は入場料払わないし、寄進もしないし、内部はきれいだし、椅子に掛けて休めるし、ツアーでは大事な立ち回り先。

ポーランドはどの教会も立派で、人々の信仰の深さを感じました。まだまだ地縁血縁が大切にされているのでしょうか。

ポーランドのいいところはこれからも残ってほしいと思った旅でした。

教会内の礼拝所。有力者、貴族などは専用の祈りの場をお堂に付属して作ります。

そこは立ち入り禁止です。

https://www.youtube.com/watch?v=o4FpjsyuyBM

立ち入り禁止ですが、司祭?の方が私たちを祝福してくれました。

バスで少し走ります。

もう少しでつきそうです。

歩いて旧市街へ。向こうはお城らしい。本日行きません。街のさわりだけ。

あの先でトイレお借りして、少しだけ散策の時間があります。

土産物を売っています。キーホルダーやバッジのようなものなど、小物中心。

見るだけで楽しいです。

トイレは、各地1ズルチ~1.5ズルチくらいの有料。小銭なくてもおつり貰えます。

日本では有料は見たことありません。日本ではトイレは無料、しみじみとありがたい国であります。

広場と建物。壁の色、デザインの組み合わせが絶妙。

https://www.youtube.com/watch?v=zdGPlBPX2Gw

ポズナンの広場。うーーーむ、ヨーロッパ的。

カフェもそろそろ店開き。

最近では日本にもオープンカフェ増えましたが、雨の多い国ではこれからは大変です。

バスに乗って、今からトルンへ向かいます。250キロ先、4時間かかります。

ワルシャワへは高速に乗るといいらしい。

ポーランドの平原

ポズナンで小箱を二つ買いました。1つ14ズロチ、500円くらいでしょうか。

土産物なのでやや高い。一つは木彫りが趣味の人にあげる予定。

草野心平 一面の菜の花、一面の菜の花、一面の菜の花…原文平仮名だったかも。

https://www.youtube.com/watch?v=bStrRN30QLo

どこまでも続く菜の花畑。

昨年のスペイン、一枚も動画とってないのでした。残念です。

トルンへ

カルフールはどこにでもあるらしい。フランスのジャスコみたいな店。

この日はバスの席替えで前方一人席。楽でした。36人だといろいろな人がいるわけで、次の食事の時、ちょっと…と思うことがありました。それはまた次の機会に。

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ブロツワフ 賑やかな古都

2017-05-24 | ポーランド慰霊の旅

 

さて10時過ぎにチェンストホバを出て、一路ヴロツワフを目指します。

ポーランドは高速道路が少ないそうで、一般道を四時間近くかけて走ります。


旧市街でバスを降り、今から遅い昼食です。レストランに向かいます。

教会の横を通って…ここは帰りにまた通りました。

小人のモニュメントがあります。

消防士。日本で言うと水木しげるロードみたいなものでしょうか。

旧市街の広場へ出てきました。第二次大戦でドイツに破壊され、こちらは復元されたとのこと。

きれいな色の建物です。


今日の料理

バルシチ。ロシア料理のボルシチからきているのでしょうか。

ビーツそのほかを煮込んだ具沢山のスープ。ビーツは漬物を使うようで酸味があります。

寒いところで野菜を保存する知恵でしょうか。

メインは鶏肉だったような…ザワークラフトに半分生キャベツを混ぜたのと、ニンジンの細切りサラダ、ジャガイモは定番です。

旧市街地を歩きます。町がつくられたのは10世紀、以後、各時代にオーストラリア帝国、ドイツ、プロイセン、ボヘミアに併合され、1945年からはポーランドになりました。

ポーランド人の誇りのような街、忠実に復元した熱意にそれを感じます。

華麗な装飾の市庁舎前で。広場は観光客多し。このあと向かいのスーパーで買い物して、サフラン一箱16.5ズロチを1.65と勘違い。7箱も買ってしまった。。。。急に現地通貨が心細くなる_| ̄|○

スペインではサフランとても安かったけど、この国は産地でないので値段は日本並み。

華麗な装飾の…ここは酒場です。

呑んだくれの主人と迎えに来た奥さんのレリーフ。ユーモラス。

噴水

小さな建物二つは「ヘンゼルとグレーテルの家」という観光施設。

小さな門が付いています。

続いて百年記念館へ。

ポーランドがナポレオン率いるフランス軍に勝利して100年後、20世紀初頭に建てられた鉄筋コンクリートの大きな建物。

建て方もさることながら、様式が当時はとても新しかったことでしょう。古典様式を脱却して、セセッション(分離派)という様式ではないかと思います。

複雑な装飾を廃し、直線などを多用したすっきりとしたデザイン。世界的に流行し、日本にもこの様式の建物が残っているようです。

ただし二つの大戦のころの建物なので、特にセセッションの建物はナチスの行進の背景などとして映像に残っているので、私的にはぎょっとする。

しかしまあ、20世紀の輝かしいモニュメントとして、巨大なホールを鉄筋コンクリートで作る建築学的に意味からも重要な建築と思います。

大きいです。窓がたくさんあって、緯度の高いこの地で、光を取り込む工夫がされているようです。

裏に回ると大きな噴水。この付近は大きな庭園になってますが、もう閑散としています。

すでに16時過ぎ。今から3時間半かけてポズナンまで。

この日は特に移動距離の長い日でした。

このあとまたしても菜の花畑。行けども行けども、畑ばかり。

https://www.youtube.com/watch?v=bStrRN30QLo&feature=youtu.be

ボズナンのホテルには午後7時半に着き、8時からバイキングの食事でした。

ツアーの皆さんとも少しずつ話をするようになります。今回は一人部屋の追加料金が安くて、一人参加の人が多いです。

「みなさんは、もう他に行くとこないからポーランドへ来たんですよね」と添乗員さんに言われたとおり、外国旅行が初めてという方は皆無。皆さん旅慣れています。

私は自分のことおとなしい人間と思っていましたが、動画見て見方を変えました。けっこう好き勝手にしゃべっている。反省。

皆様、おやかましゅうございました。失礼しました。

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