コロナに負けるな、17回目です。
今回は、流れ仏です。
16x38 ㎝ (台座含)
流れ仏とは、ドザエモン(溺死者)のことですが、骨董界では、激しく風化した木彫の仏像を言います。川や海辺に流れ着いた物かも知れません。
この品が、元々、仏像であったかどうかはわかりません。むしろ、神像に近いものと思えます。
それにしても、体に比べて、顔が異様に大きい(^^;)
円空や木喰系の彫り物ではないし、素人の作にしては上手だし・・・・放浪僧か修験者が残していった?
正体不明の古い木彫ということで、宗教物や武具がご法度の故玩館に、かろうじて置かせてもらっています(^.^)
長い間、風雪に耐えてきたようです。
足元は、まるで段ボールのよう。
厳しい表情です。
しかし、反対側の横顔は・・・
グッと何かに耐えながら、思索にふけっているように見えます。
この世の乱れをただすために、これから瞑想に入ろうとされているのでしょうか。
車箪笥(長持ち)の上に鎮座して、人間界を見据えていらっしゃる。
『白磁のある静物』をバックにして、コロナウィルスに睨みをきかせています。でも、本当に睨みをきかせているのは、人間に対してかも知れませんね。
きっと、もう一つの慈悲深い顔で、私たちのために祈ってくれることでしょう。
コロナに負けないぞシリーズは、今回で終わります(-.-)
仏像でも、手足がなく、顔もすり減っていると、元の形を離れて何かの彫り物に見える物も多いです。
下手な現代彫刻より、味わい深いです。
歴史の力でしょうね。
初めて知りました。とはいえ、そこは不完全なものに美を見出す日本人ですんで
この風化した姿の中に長き風雪に耐えた精神性を感じることができるのかも知れません。
ニッチでかろうじて生きのびた品がこれなのです(^^;)
車箪笥は、火事などの際、移動ができるように、箪笥や長持ちに車をつけた物です。市場で人気があるので、多くは後付けです。江戸時代のオリジナル品は本当に貴重です。蔵を整理するときは、気を付けてみてください。
地方性があるようです。東北地方に多く残っていると思います。私の所のは、すべて車無しでした。全部燃やしました(^^;)
私もそこに目が行きました。
けれど、これは彫刻作品・・・ですね(^_-)-☆
それに、この長持ちは素晴らしいですね!
我が家にも幾つもあるのですが、実際横からこうしてみたことが無いのです。
土蔵へ入ったことが少ない嫁でしたから。
足腰丈夫なうちに…片づけをとおもうのですが、また今までの人たちのように、次代へお任せ~~~かも(笑)
彫刻作品でも通りそうなこの品ぐらいですよ、大目に見てもらえるのは(^.^)
コロナ禍は、じっと耐えるしかないですね。時間がありますから、ほうってある我楽多を少しずつ整理します(^-^)
確かに、ここまで長い間の風雪に耐えてきていれば、宗教色が薄れてきていますね。
彫刻作品のように見えますね。
『白磁のある静物』をバックにして車箪笥の上に鎮座されているんですね。
良い場所に置かれていますね(^-^;
人間に、「耐えよ、耐えよ。じっと耐えよ」「今は、じっと耐える時ぞ!」「さすれば、コロナも退散するであろう」と訴えているのかもしれません、、、。