「…シ。武蔵!」
せいあの声と、両肩を揺さぶられている感覚で、ハッと目が覚めた。
視界に、暗いバスの天井と壁との接点のあたりが飛び込んでくる。
「あ…」
吐き出す息に溶けた、小さな声がもれた。
速すぎる胸の鼓動を押さえつけるように息を継いだまま、ゆっくりと傍らの彼女を見ると、彼女は心配そうな悲しい表情(かお)で、おれの顔を見つめていた。
「どうしたの…。うなされてたよ」
泣き出しそうな声で尋ねられた。
「うそ。笑ってた」
「どっち」
ウケた。同じ表情と声で、淡々と言うもんだから。
相変わらず、器用なやつ。だが、
「汗びっしょり」
そう言うと彼女は、おれのタンクトップの胸元にそっと手をのばした。指先がすぐに、肌に触れる。
あ…そういえば、おれ、ほんと汗だく。
彼女の掌は、火照った体には気持ちいい冷たさだった。
少しだけ、汗がひいた気がした。
呼吸が穏やかになった。
「なんの夢、見てたの」
彼女が、おれの汗を拭うように、優しく肌を撫でながら、悲しい表情のままで尋ねてきた。
「ナイショ」
おれは多分、きっと同じ表情(かお)で、そう答えると、彼女に腕枕していた左腕で、そのまま彼女の肩を抱き寄せた。両腕でぎゅっと抱きしめる。彼女の頭に、顔をすり寄せた。
彼女は、びっくりするほど小さくて、細くて、柔らかくて。
だけど、しなやかで、強かで。
きっと、おれなんか、いなくていいのかもしれないけど、そんなこと、言わせない。
そばに、いさせて。
「…武蔵?」
おれが、あまりにも長い間、そうしているもんだから、彼女が不思議そうな顔をあげた。
「恐い夢、見たの?」
優しい声だった。
…母ちゃんって、こんな感じだったっけ。
腕の中の彼女の顔をちゃんと見ると、彼女は、おれの顔を見て、優しく微笑んでいた。
≪つづく≫
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せいあの声と、両肩を揺さぶられている感覚で、ハッと目が覚めた。
視界に、暗いバスの天井と壁との接点のあたりが飛び込んでくる。
「あ…」
吐き出す息に溶けた、小さな声がもれた。
速すぎる胸の鼓動を押さえつけるように息を継いだまま、ゆっくりと傍らの彼女を見ると、彼女は心配そうな悲しい表情(かお)で、おれの顔を見つめていた。
「どうしたの…。うなされてたよ」
泣き出しそうな声で尋ねられた。
「うそ。笑ってた」
「どっち」
ウケた。同じ表情と声で、淡々と言うもんだから。
相変わらず、器用なやつ。だが、
「汗びっしょり」
そう言うと彼女は、おれのタンクトップの胸元にそっと手をのばした。指先がすぐに、肌に触れる。
あ…そういえば、おれ、ほんと汗だく。
彼女の掌は、火照った体には気持ちいい冷たさだった。
少しだけ、汗がひいた気がした。
呼吸が穏やかになった。
「なんの夢、見てたの」
彼女が、おれの汗を拭うように、優しく肌を撫でながら、悲しい表情のままで尋ねてきた。
「ナイショ」
おれは多分、きっと同じ表情(かお)で、そう答えると、彼女に腕枕していた左腕で、そのまま彼女の肩を抱き寄せた。両腕でぎゅっと抱きしめる。彼女の頭に、顔をすり寄せた。
彼女は、びっくりするほど小さくて、細くて、柔らかくて。
だけど、しなやかで、強かで。
きっと、おれなんか、いなくていいのかもしれないけど、そんなこと、言わせない。
そばに、いさせて。
「…武蔵?」
おれが、あまりにも長い間、そうしているもんだから、彼女が不思議そうな顔をあげた。
「恐い夢、見たの?」
優しい声だった。
…母ちゃんって、こんな感じだったっけ。
腕の中の彼女の顔をちゃんと見ると、彼女は、おれの顔を見て、優しく微笑んでいた。
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