珍友*ダイアリー

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『僕たちなりの大人~Our Own Adult~』第六十話

2006-09-30 15:30:35 | 第七章 海に こだまする
 おれの目線が、何故かだいぶ下にあった。
 ―――あれ。
 手ェ、ちっちぇえ。何だ、コレ。
 ふと顔をあげると、そこに、おれによく似た男が立っていた。
 不精ヒゲに、無造作に少しのびた髪。だけど18のおれより、まだデカくて。また更に老けてて。
 息を呑んだ。
「親父…」
 つぶやいて、思わず口に手をやった。
 何だ、この声?高くて、なんか、くすぐったい声。
 見上げると、親父は、無表情でそこに佇んでいた。
 よく見ると、別れた時と同じ年恰好(すがた)。
 ああ。コレ、夢なんだ。
 何故か、冷静にそう思えた。
 自分の右の掌を見つめる。
 おれ、今、ガキになってんだ。
 もう一度、親父を見上げた。同じ表情で、まだそこにいる。
 鼻で嗤った。
「あんたさぁ、何、今ごろ出てきてんの。あんた、おれのこと棄てたんだよ?」
 似合わねー。自分の声じゃねぇ。…自分の声なんだけど。
 咳払いをして、わざとつぶした声で言ってみた。
「あ゛――。お゛れ゛」
 …ダメ。ムリ。
 …。どうせ夢なら。
「僕」
 この方が、この声には似つかわしい。
「棄てられたのは構わないけどさぁ」
 また、こんなこと。違う。…もういいや。夢だっ、夢っ。
「僕、ほんとは嫌だったよ」
 親父を真っすぐ見て、言った。親父は困惑した表情(かお)をしていた。
 おれ今、きっと、同じ表情(かお)。
 もっと何か言いたかったけど、ムリ。
 反射的にそっぽを向くと、そこにもう1人、親父と同じ背丈くらいの男が立っていた。
 左の鎖骨の上に、小さな十字架の刺青。目を見張った。
「テメエ…!」
 つかみかかった。でも、男の腰ほどまでしか背丈のないおれは、いとも簡単に、片手で頭を掴まれてしまった。
 痛え。すげー力…。
 こめかみがキリキリ痛む。
 震えてのけぞりながら、でも、絶対、離さない。
 見上げた顔は、おれを見下して嘲(わら)っていた。
「テメエも、せいあを棄てたんだ…」
 男の顔を睨んで言った。怒りと男の力で、体が震える。腰の辺りの服をぎゅっと掴んで、足を踏んばった。
「どうせ棄てるんなら、余計な傷つくるんじゃねーよ!!」
 棄てられたら、それだけで、こんなにかなしいのに。
 叫んだ瞬間、おれの体が宙に浮いた。かと思うと、粘土の塊を打ちつけるみたいに、地面に思いっきり叩きつけられた。
「………ッ」
 顎と体を激しく打った。うつぶせになったまま、すぐに男を見上げると、男はすでに後ろを向いて、歩き出していた。
「おい、待てよっ!!」
 金切り声をあげた。痛ッ。なんで体、動かねーんだよ。
 男が、おれの親父に何か言った。顔は未だ、嘲(わら)っている。
 情けねぇ…
 涙が滲んだ。
 だけど、その涙を乱暴に拭った腕は、18歳のおれの太さだった。
 立ち上がった
 二人を追いかけた
 男の肩を掴んで、体を振り向かせて
 一度も会ったことのない、せいあの父親の顔を
 渾身の力で
 殴った
                          ≪つづく≫

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