ちーろぐ

今日の出逢いに感謝を込めて

通潤橋に学ぶ

2006-10-03 00:29:13 | 税金ウオッチャー
小学校6年生国語の教科書に「通潤橋」のお話が載っているのを
ご存知でしょうか?

  
    【 熊本県 通潤橋 】              【通潤橋の構造】

   =いずれも熊本国府高等学校パソコン同好会の作成物を引用=


この通潤橋は人が通る橋ではなく、水を通す水路橋です。

この橋は、安政元年(1854)矢部手永(てなが)惣庄屋(そうじょうや)
布田保之助(ふたやすのすけ)の企画、石工丈八(じょうはち)達の技術、
矢部郷住民の献金と労力奉仕のもとに完成したものでした。

熊本県旧矢部地区は、古くから渇水に悩み、雨乞いをしながら
農作業を行わなければならないほど、水不足に悩まされていました。

その村人の様子を見た惣庄屋の布田保之助が、私財を投入して
水路の建設を計画しました。その姿に感銘を受けた農民達は
自らの労力を差し出し、建築に当たったのでした。

1年8ヶ月という大工事の末、いよいよ水路に水を通す日に
保之助は「白装束」を身にまとい、橋のたもとに立ったのでした。
ここでもし失敗するようなことがあれば、全力で協力してくれた
村人に申し訳が立たない。保之助は、命を賭けて見つめていました。

熱い思いは、水路を勢いよく流れる水しぶきによって
応えられたのでした。


これこそ、「公共事業の精神の源」であると思いました。
『公共事業』のとは・・・
   中央政府や地方自治体が、市場による供給が望みにくい財・
   サービスを提供する事業のこと。
   だからこそ税金を用いて行われる。
と規定されます。

つまり  ●そこに住む人にとって必要不可欠であること
      ●そこに住む人々から、正しく付託を受けていること
      ●そこに住む人の理解を十分に得ていること
      ●必要な資金の内訳が明確に提示されていること
      ●主体者が責任を持って行っていること
が大きなポイントとして、挙げられると思います。

布田保之助が白装束に身を包み、その開通を見守った姿こそ
現在の官僚及び公共事業の主体者に求められる姿なのでは
ないでしょか?

莫大な負の遺産を、後世に残し自分だけが今この時潤うことを
求めるような浅ましい権力者は、この通潤橋に今も流れる
高い志を見習うべきであると思います。






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2 コメント

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Unknown (月光浴)
2006-10-11 23:51:33
 本当に必要なことはそこに何かを作ることだけが目的でなく、それが必要だから作ることが本来の目的です。この大庄屋布田保の話は僕も小学校のときに聞きました。本当にうれしい話でした。でも現在はただ作ることが目的のような気がします。本当によい公共事業をしようと思えば地元の人の必要性が第一です。
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Unknown (ちーろぐ)
2006-10-12 00:20:36
コメントありがとうございました。



私もこの通潤橋に流れる尊い精神に、「誠に生きた」古の日本人の気高さに触れたような思いでした。

大変心に響きました。

無駄な公共事業に天下り・・・

「必要性」に伴う背景の透明性を持った、事業計画と都市計画と求めたいと思います。

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