序章 国際派軍人への道
第1章 三国同盟と暴力の時代
第2章 真珠湾作戦を指揮した胸中
第3章 ミッドウェー海戦と太平洋戦争の転回
第4章 山本五十六、最後の戦い
第5章 隠蔽された死の真実
終章 山本五十六と「幻の講和内閣」
たしかに、「意に反して真珠湾攻撃を指揮し」たよね。
山本に関する万巻の先行書とどこで差をつけようとしたか?
今週の本棚・本と人:『山本五十六の戦争』 著者・保阪正康さん | 毎日新聞
半藤一利さんの本やご自分の著書なども折に触れて引用しながら、独自なのは、著者が行った晩年の実松譲氏への長時間インタビューだろう。
これに肉付けして「サンデー毎日」(2018/4/22ー11/25)連載に、という感じ。
著者は、これまでの膨大な数の元軍人や戦争経験者へのインタビューから、その人物が繰り返し経験を語るうちにだんだんと話を盛るようになったり、自身の責任回避のために事実ではないことを主張するケースも少なくないが、その見極めがつくと豪語している。
まあそれはそうなんっでしょう。
半藤一利さん亡き後、現存する最も詳しい人物になった?
山本機が墜落後、乗員や同乗者が即死または間もなく死亡したとみなされるのに対して、山本自身は20時間ほど生きていたはず、という検視報告の分析は、蛆の生育状況による。
法医学的手法だね。
法(医)昆虫学の奥深さ 『死体につく虫が犯人を告げる』 - 真似屋南面堂はね~述而不作
それにしても、秘密を知ったものは生かしておかない(戦死必至の激戦場に投入)というとんでもない組織。
それはそうと、保阪氏の著書はこれまで多く読んできて、内容には敬意を持ってきたのだが、本書は、編集者の問題もあるのかどうか、いかがなものかという諸点がある。言葉尻キャッチャーなのだけどね。
■「駐在武官」は、日本海軍なら日本海軍が相手国に駐在させる士官のトップ一人の役職(実は通称?)であって、その部下は「駐在武官補佐官」などであるはずのところ、山本は米国の駐在武官を2回務めた云々を連呼(海軍で米国を最も良く理解していたのが山本であったとの趣旨で繰り返し強調される)されるし、実松譲も日米開戦時に駐在武官であったと記される。
つまり、軍の命により外国に勤務する軍人をすべて「駐在武官」と呼んでしまっているのよね。
駐在武官=駐在している軍人全員、として論じているわけね。(なので、留学生まで「駐在武官」にしてしまう)
[PDF]我が国の戦前の駐在武官制度 - 防衛研究所
「駐在武官を広義にとらえれば外国赴任中の軍人を意味することとなり、その場合、形態は複数存在するが」とあり、保阪氏はその広義を採用したわけね。
広義で行く、と。それならその旨一言断ってもよかったのではないか。
(調理人の「シェフ」が料理長(トップである一人)を指すはずのところ、調理人はすべてシェフと呼んでしまう、近年の一部の風潮と同じ?)
あえて素人臭い表記を使って乱暴な記述に仕上げる理由もないところ、編集者はチェックしなかったのか。単行本化の際もそのまま突き進んだのか?
山本 五十六 やまもと いそろく 新潟 海兵32期 (11/192)
最初の米国駐在(1919-21)は少佐で赴任して在米中に中佐に昇任している。
留学生(なんちゃって留学?)だわね。学位の取得は全く念頭にない。
ワシントンの海軍武官室(ある時期まで大使館とは別の、街中の貸しビルの一室に構えていたという。防諜意識の低さ)に顔を出したことももちろんあっただろうがね。
こういう論文がある。
大正・昭和初期における海軍士官の米国留学 : 山本五十六、山口多聞、伊藤整一を中心に (慶応義塾大学法学研究会): 2021-08|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
これらの将官(のちに将官に昇った人々)が留学生だった当時を「駐在武官」とは言わないでしょ、普通は。
2回目(1925-27)が大佐として在米国大使館附武官。これがほんとの駐在武官。
実松譲 - Wikipedia
実松は1941年当時は大使館附武官補佐官であり、上司の海軍武官は横山一郎。
■爆弾を落としたりする軍用機をぜんぶ「戦闘機」と呼ぶ、とても素人くさい感覚の記述(p128)。
高橋杉雄さんに笑われちゃいますよ!
■大戦中、米陸軍航空軍のハップ(愛称)・アーノルド(当時56歳)が、陸軍、海軍と並んで「空軍」を代表していたという記述(p215)は(すごくマイルドに評して)説明不足。
ヘンリー・アーノルド - Wikipedia
陸軍航空軍が独立して空軍となったのは1947年9月。
「陸軍航空軍は地上部隊に従属しない作戦指揮権を持つようになり、陸軍地上軍や海軍と同等の発言力を持つに至った。」(Wikipedia)そうなので、ほとんど独立に近い状態だったかもしれないが、独自の軍種となるのは戦後のこと。
「空爆だけでも日本を屈服させられると証明して独立する」が当時の航空軍の目標だったというTV番組があったっけ。
日本大空襲「実行犯」の告白―なぜ46万人は殺されたのか― 鈴木冬悠人~“空軍無反省会” - 真似屋南面堂はね~述而不作
終章 山本五十六と「幻の講和内閣」は、自由な発想で妄想してみたらしく、興味深く読めた。
そんなばかな、と排除してしまわない心構えで読む必要がある。
遡りすぎるかもだけど、鮮やかな(一見鮮やかだが本質を外した?)真珠湾攻撃が、そもそも行われなかった世界(山本が霞が関勤務時に暗殺されたり、重症を負って再起不能となり、連合艦隊司令長官にならなかった世界)なんかも妄想すると、かなり話は変わってくるよね。