大陸旅遊倶楽部的日記

三国志・水滸伝・史記の旅と中国茶のほかモロモロ…

明月峡(めいげつきょう)

2017年02月27日 | 三国志・水滸伝・史記の旅

広元に来たからには、ついでに観光したいスポットが数か所ある。

秦代の桟道址(さんどうあと)が見られる明月峡、嘉陵江(かりょうこう)
沿いの山肌に仏像が穿たれている千仏崖(せんぶつがい)、
姜維(きょうい)の衣冠塚がある剣門関、
明・清代の街並みが残っている昭化古城(しょうかこじょう)。
昭化古城周辺には葭萌関(かぼうかん)、戦勝坡(せんしょうは)、
費偉墓(ひいぼ/偉の字は衣偏)、鮑三娘墓(ほうさんじょうぼ)等
三国志所縁のスポットもある。

16年ぶりなので見たいところだらけだが、
九寨溝は結構時間がかかる道のりということなので、今回は
絞りに絞って明月峡と剣門関になった。
明月峡、剣門関共に四川大地震で相当な被害を受けたそうだ。
特に明月峡は2016春にやっと観光を再開したという話。 

明月峡は広元の北に位置する嘉陵江の峡谷で秦時代の桟道址が
残っている。広元駅から約50km程の道のり。
タクシーには広元駅の降車口で7:30ピックアップしてもらう約束に
なっている。
予定より数分遅れて、運転手さん登場。

広元駅から約45分で明月峡に到着するが、営業は8:30からで、
切符の売り出しも8:30からということだった。
15分ほど入口前で時間を潰すことになる。 

明月峡も観光範囲が広くなっているようで、入口周辺は2000年とは
随分と違った風景になっていた。

明月峡の入口を入ると諸葛亮像が出来ていた。
秦代の遺構だったはずだが、まぁ諸葛亮もこの辺の桟道を通って
いるのでポピュラーなところで宣伝役を仰せつかったらしい。

▼諸葛亮像 

▼明月峡に続く回廊
 通常はこの辺りで敷地内を運行するカートに乗れる模様。
 早朝なのでカートも運行開始前らしい。 

先に進むと見たことのある石碑が…。
これからすると、かなり前から明月峡の敷地に整備された模様。 

▼2000年の同じ場所
 このはるか彼方に秦代の明月峡址があった。 

この辺の道は一般道として普通に利用されていた。

▼2000年の山道

現在は、観光地内で通り抜けできないようになっている模様。

▼2016年


西安➡広元~食堂車

2017年02月26日 | 中国の旅

K879次 西安→成都で一路広元へ。
19:45西安発、6:34広元着予定。

▼西安支局の寝台カード。兵馬俑と高鉄と鐘楼のコラージュ。

発車後10分もしないうちに食堂車の準備が出来たという
車内アナウンスが入ったので、友人のご要望に応えて30年ぶりの
食堂車に足を運ぶ。…といっても軟臥なので隣の車両だ(笑)。 

30年ぶりの食堂車は白くてキレイだった。とにかく明るい。
そして、相変わらず列車の職員が食事をしていた。
30年前の食堂車は、薄暗い蛍光灯のイメージ。
白いビニールのテーブルクロスが敷かれたテーブルには、
紹興酒の瓶と造花のバラが置かれていた。
積んでいる食材には限りがあるので、だいたい同じ具材で構成された
メニューになっていた。

▼怪しい泡立ちのカンビール/雪花(ビールの銘柄)
 昭和の洗濯機の蓋を開けるとこんな感じのキメの荒い泡が立っていた。 

▼回鍋肉とキノコの炒め物、スープ付きご飯×2、缶ビールで
 合計83元(約1328円)

スープと白飯のセットは15元(約240円)。
仏壇に上げる様なまん丸く盛られた白飯とどんぶりのスープが
15元なのは、お手頃で一人旅には有り難いセット。
今度、寝台で長時間乗る場合は、食堂車も利用しようか。 

列車はほぼ定刻通り広元駅に到着した。
駅舎は最近の標準的な中国のそれに変わっていた。
ここの駅舎は四川大地震で倒壊したという話。

今回の中国旅行では、この日の朝のみ本格的な雨が降った。
…蜀には歓迎されていないのか(笑)。 

▼2000年の広元駅 


西安→広元

2017年02月24日 | 三国志・水滸伝・史記の旅

西安~広元(こうげん)周辺には史跡、特に前漢~後漢末期所縁のものが点在している。
以下、青字が過去に訪れたことがある所で、赤字部分が今回も訪れるもの。 

………何故広元へ向かうのか

といえば、今回は広元から九寨溝へ陸路タクシーの旅となるから。

我々は時間の限られた社会人。
元々は九寨溝in/outとも空路(西安→九寨溝、九寨溝→成都)で、余裕のある日程を組んでいた。

飛行機のチケットも早割りで半年前から依頼をかけてお願いしていたのだが
航空券の依頼をした北京の旅行会社の対応が最悪で、
最後は音信不通になりかけたので、土壇場でキャンセルせざるを得なかった。

土壇場になって航空券の取り直しとなると、シーズン直前で馬鹿高い金額だったので
ひとしきり思案した。我々の選択肢は以下の通り。

1.成都か広元で現地のバスツアーに参加

2.成都か広元から長距離路線バス

3.成都か広元でタクシーをひっかける

4.旅行社依頼でタクシーチャーター

5.お高い飛行機

「1」は安くていいが、自由度低いし、ずっと人民の団体と一緒なのでパス。

「2」は現地で切符取りになるので、一日二日潰す覚悟で、最悪駄目なら行き先変更
となるが、同行の二人は「九寨溝・黄龍」に行くのが目的なのでこれはNG。 

「3」のタクシーは空港か駅で白タクと交渉するか、普通のタクシーの運ちゃんに
翌日の長距離をお願いする。
普通のタクシーの運ちゃんがお小遣い稼ぎに翌日の長距離をOKしてくれることも
あるので、このパターンが自由度高くて安価に済むので私は好きだが、確実性に欠ける。

やっぱり選択肢は「4」か「5」になる。

試しに、西安の旅行会社に「広元→九寨溝」の「ガイドなし、タクシーのみ」の
見積もりを出してもらったら、土壇場の航空券×3枚より若干安めだった。

何故、広元から九寨溝なのか、といえば、以前広元に行った時に
駅前で九寨溝ツアーのチラシを配っていたので
「ここからも行けるんだ」という刷り込みがされていたから(笑)。

百度の地図で見ると、成都→九寨溝より、広元→九寨溝の方が近いし
西安→広元は列車で一晩だから行程からしても丁度いい。

また、陸路であれば、途中の観光も可能だし、美しい風景も堪能できる。
味気ない飛行機よりも、個人的には好きだ。 


大唐楽舞〜陽光麗都大劇院

2017年02月10日 | 中国の旅

西安の南門(永寧門)を出た東側には、唐代(?)の楽舞ショーを
上演している劇場が2つある。
陽光麗都大劇院と陝西省歌舞大劇院。
楽舞ショーまたは、楽舞ショー+食事が楽しめるというふれ込み。

両劇場共に似たような構成だが、
陽光麗都大劇院の方には「千手観音ショー」が入っていた。
この千手観音の舞は耳が聞こえないお嬢さん方で構成されているとかで
以前日本にも公演に来ていた。
今回のメンバーには仏像好き女子が居るので、千住観音ショーの
陽光麗都大劇院に決めた。

▼大唐楽舞ショーの入場券。食事つきだと300元(4800円)。

劇場の食事は「餃子宴」。
内訳は冷菜、10種類くらいの変り種蒸し餃子、餃子スープ、
最後に御代わり自由の水餃子の山が提供されます。

並んだ蒸篭を見て思い出したが、16年前にも鐘楼前の「徳発長」で
餃子宴を経験済みだった。
美味しいかと聞かれると少し微妙な感じ。
味は悪くないけど、提供される頃には少し冷めているので…。
今回も記憶に残らない感じ…。 

大唐楽舞は夕方からの二回公演。
一回目の上演は、舞台の前に並んだテーブルで食事をした後、
そのままの席で観覧できる。食事1時間、楽舞1時間の構成。
二回目の上演に関しては、別の部屋で食事をした後の観覧となるそうだ。

▼初めドラァグクイーンかと思って注目してしまったが、
 彼女のダンスはキレッキレで決めポーズも美しく、素晴らしかった。 

▼ほぼバレエな感じ

▼やはり群舞がいい~。高官になった気分(笑)

▼千手観音ショー


城壁

2017年02月08日 | 中国の旅

その昔、西安の城壁は北側が殆ど壊されていたが
いつの間にか復元されて、城壁上部を一周できるようになっている。
現在城壁の入場料は54元(約864円)。

……高い

城壁上を一周できるほど時間に余裕があるならいいが、
ちょこっと上って、周囲を見たいだけの旅行者には高く感じてしまう。 

昔は1元程度だったような気がする。…今度日記を調べてみよう。

▼尚徳門

▼城壁の入場券/中国にしてはアーティスティック

▼入場券裏の城壁地図

▼角楼が結構いい感じで復元されている

▼尚徳門から西安駅前方向を見るとこんな感じ

▼火車站東(兵馬俑方面行きバスターミナル)
 夕方になると人気がなくなる 

▼夕日の城壁


始皇帝陵

2017年02月03日 | 中国の旅

始皇帝陵は兵馬俑坑の東側。位置関係は前回の地図を参照されたい。 

兵馬俑坑から始皇帝陵へは直通のバスが出ており、
バス代は入場料に含まれている。バスを降りると、またゲートが現れた。
ここでまた兵馬俑博物館の入場券を提示する。 

▼兵馬俑博物館入場券の裏にあった始皇帝陵地図

ゲートを入ると、陵に続く石敷きの道が現れる。
以前の始皇帝陵は広大な畑の中にぽつんと聳える小山で出入り
自由だったが、現在は周囲がぐるっと塀で囲まれて入場ゲートが
出来てしまった。さすがは世界遺産。

▼岩には赤字で「秦始皇帝陵」と、世界遺産マークがついてる

ゲートを入って東に向かうと、進行方向左(南)側に始皇帝陵がある。

▼中央の墓石の後ろの丘が始皇帝陵

▼整備される前の始皇帝陵は頂上まで上る階段があった。
 道端、頂上では近所の農民が土産物を売っていた。 

▼頂上から下を覗くとこんな感じ。
 山の斜面にはザクロが植わっていた。 

▼展示室兼売店には始皇帝陵と兵馬俑坑のジオラマがある。

▼兵馬俑のレプリカも展示されてた。写真撮影用???