大陸旅遊倶楽部的日記

三国志・水滸伝・史記の旅と中国茶のほかモロモロ…

T49次 北京~襄陽 その四 朝食

2015年10月31日 | 中国の旅

その昔、中国で恐れられていた(…というか、仲間内で恐れていた)もの
といえば、「開かずの踏み切り」 と「開かずのトイレ」。

「開かずの踏み切り」は、上海市街から虹橋空港に向かう途中にあった踏み切り。

当時は高速道路もなかったので、上海市街から空港へ行くのに
必ず通る踏み切りがあった。
この踏み切り、一度閉まると20分は開かず、かなりの時間を費やすことで
有名だった。飛行機の時間が迫っている時など気が気でない。

どこもそうなのかもしれないが、
中国の貨物列車は特に長く、目撃した最長の列車は53輌。
53輌も続く貨車を、SL2台でトロトロ引っぱっていた。 

「開かずのトイレ」は長距離列車のトイレ。
中国の列車のトイレは垂れ流しなので、停車中は使用禁止。
停車駅が近づくと、服務員はトイレに鍵をかけてしまう。
通常は発車すると鍵を開けてくれるのだが、この鍵を開けるという作業を
忘れる(?)服務員がいる。

最悪だったのは、86年の広州~杭州。
我々が乗った軟臥車輌の女性服務員は、閉めたトイレの鍵を
自発的に開けてくれたことは、一度もなかった。

という訳で、我々はトイレに行きたくなると、
トイレの前で彼女が通りかかるのをひたすら待ち、鍵を開けてもらって
いたのだが、更に酷いことには、我々がトイレを出ると
彼女がその前で待ち構えていて、再び鍵をかけて去っていく。

待ち伏せされていたのが気に入らないのか?

……トイレは使わせないぞ!!

という意気込みさえ感じるほどだ(笑) 

この体験は、「軟臥開かずのトイレ」として後々恐れられることになる。


  ▲車内販売/ワゴンにはジュースやお菓子、朝食のお粥。

話しは戻って、夜が明ける少し前、朝食の車内販売が始まる。

通路の補助椅子に座って、何度か車内販売のワゴンが横を通るのを
眺めていたのだが、朝食にお粥を販売していることが判った。
二つ前方のコンパートメントで、
「お粥が10元(200円)なんて、高いんじゃないか」と言っていたからだ。 

車内販売の朝食、お粥はどんなものか。
お粥なのに10元…よほど良いおかずでもついているのか?

いや、車内販売だから普通のお粥でも高いのか。

とりあえず、どんなものなのか確認したくて、ワゴンの服務員に
購入希望をアピールする。  

お粥を注文すると服務員は、500ccは入ろうかという紙の器に、
寸胴から熱々の水っぽい白粥をなみなみとよそって、
おかずと思しき紙パックと共に渡してくれた。

さすがに10元だけあって大盛りだ(笑)。 

おかずセットには饅頭(マントウ)と謎の漬物の千切り、ゆで卵が入っていた。
白粥の器には、キティちゃんをパクッたキャラクターがプリントされている(笑)。

謎の漬物は、醤油漬けのシャキシャキした野菜で、唐辛子の辛味がピリッと
利いていて白粥にはベストマッチ 。

漬物に、ゆで卵に、水っぽいお粥

その昔、田舎の招待所で出された朝食のようで妙に懐かしい。
顔の映るような水っぽいお粥が好きなので、私的には結構イケてる朝食だ。


  ▲お粥セット  ▼パクリのキティちゃん


T49次 北京~襄陽 その三

2015年10月25日 | 中国の旅

列車の旅の楽しみは車窓を流れる風景だが、日没とともにそれも終わるので
後は寝るばかり。19時を回ったところで歯を磨いて、トイレに入って寝る。

今回の寝台車の旅 、昔と何かが違う気がする。

列車に乗ってからというもの、何が違っているのか気になっているのだが、
それが何だかわからない。

列車の乗客が身奇麗になっている?

いや、以前から軟臥の乗客は身奇麗だった。
身奇麗になったのは自分の方だ(笑)。 

列車の設備が良くなったとか?

いや、列車の設備は20世紀から全く変わっていない。
ここまで進歩がないのもビックリだ。
トイレは相変わらず汚い。

ちなみに軟臥のトイレは車両の前後に洋式と和式が一つずつ備わっている。
汚い洋式トイレほど悲惨なものはないので、主に和式トイレを使う習慣がついている。

洗面所のシェーバー用のコンセントで、服務員に隠れながらiPhoneの充電を
している乗客が居るとか?

そんなことではない。

では、いったい何が違うのか?

翌朝、起きたときに気づいた。

……そういえば、車内放送がない。

乗車してからの違和感は、いつも大音響で流れていた車内放送が
ないということだった。

中国の車内放送は、流行の歌謡曲、相声(中国の漫才)、
到着駅のアナウンス等、朝7時頃から硬臥消灯時間の21時まで
大音響で流れていた。(駅のアナウンスに関しては真夜中でもある。) 

軟臥にはスピーカーのON/OFFスイッチがついていたが、
そのスイッチも故障していたり、
隣のコンパートメントで放送がONになっていたりして
聞こえなかったことはなかった。

静かだから過ごしやすかったんだ…。

放送がないと、車内に響くのは列車のゴトゴトいう音と乗客の話し声のみ。
夜遅くなると、列車の音のみだからかなり静かな環境になっていた。

よく寝たので朝の4時ごろに目が覚める。
乗客が起きだす前にトイレと洗面を済ませると、通路の椅子に腰掛けて
夜明けを待った。 


  ▲南陽近辺の田園風景と朝日

少し明るくなってシルエットが見え始めた畑を眺めながら、ふと、気がついた。

車内放送がなくて静かなのはいいが、駅の到着アナウンスが無いということは、
乗り過ごしてしまう恐れがあるということではあるまいか…。

突然到着時刻が気になってきた。


T49次 北京西~襄陽 そのニ

2015年10月19日 | 中国の旅

 T49次は定刻通り16:46に北京西站を発車した。
さすがは北京支局の列車、と思ったら、この列車は武漢支局だった(笑)。 


  ▲軟臥の服務員さん ▼軟臥のコンパートメント

列車が発車してしばらくすると当該車両の服務員さんが、切符を
寝台カードに交換しに来る。
切符を回収して乗客の降車駅を管理するのだ。
降車駅が近づいてくると、切符とカードを交換に来てくれるので
寝過ごしてしまうことは無い。
回収した切符は寝台カード用の鞄にきれいに収納される。 

途中下車の場合、寝台カードに換える時に服務員に伝えておかないと
降りられないので要注意。 

「私は襄陽で降ります」
「当陽じゃないの?」
「襄陽です」 
「襄陽ね」

服務員さんは切符に下車駅を記入した。 

以前は途中下車するというと、何で切符通りの駅で下車しないんだと
決まって文句を云われた。多分管理が面倒くさかったのだろう。
しかし今回は何も言われなかった。
21世紀になって十数年経ち、中国も変わったのだろうか。

そういえば、以前は切符購入時に指定されたベッドになることも
少なかった。服務員さんの指示で下車駅毎に纏められたり
男女別に部屋を纏められたりしていたが、今はそういう事は無いようだ。 


 ▲T49次の切符上にボールペンで「襄陽下」と書いてある
 ▼寝台カード 11号車22番ベッド

20世紀の寝台カードは小さいプラスチックチップだった。
チップのサイズは確認していないが、1.5×2.5cm程度で
ベッドの番号が書いてあった。

当時の切符は紙で、手書きの物はA6位のサイズだった。
交換された切符はチップのサイズに器用に折り畳んで、
下車駅が見えるように鞄に収納される。

寝台車に乗るのは14年ぶり。
21世紀になってから列車の切符が磁気券になったので、
寝台チップに換えるときどうするのか、少し気になっていた。
中国人なら磁気部分を無視して小さく折り畳みそうだから(笑)。


  ▲軟臥の上段ベッド

一人だと決まって上段ベッドが充てがわれる。
二人で取ると上、下段になる。

日本と違い、切符をグループで取っても同じコンパートメントになる
とは限らない。多くはバラバラだ。
同室になりたい人たちは、乗り込んでから個人的に話し合って
ベッドを交換し服務員さんに交換したとこを告げる。
融通の利かない服務員さんに当たると、もの凄い形相で文句を
言われ、言い負けるとベッドの交換ができなかった(笑)。


 ▲軟臥の廊下。窓の両側に補助椅子がついてる。


  ▲河北の田園風景▼

寝台車の旅はゆったりと車窓を流れる風景を堪能できるので良い。 


中国の国鉄2015

2015年10月18日 | 中国の旅

中国の大都市の駅は概ね上から列車に乗って、下に降りて駅を出る
システムになっている。

駅の侯車室(待合室)は二階にあるのでプラットホームに降りて
列車に乗り、目的の駅に到着するとプラットホームから地下に降り
そのまま地下の改札口に出る又は、地上に延びる通路を通って
改札口を出るということだ。


   ▲杭州站(駅)の荷物検査


 ▲上海虹橋站の侯車室2012  ▼杭州站の侯車室2014
 

改札は発車時刻の20分前に始まり、ゲートを抜けた乗客は
一斉にプラットホームを目指す。

軟臥、硬臥等、寝台車は乗り込む人数もたかが知れているので、時間内に
その車両までたどり着ければ問題ないが、乗り込む人数が半端ない硬座は
悲惨だ。
結局、硬座の乗車に時間がかかって、発車時間が遅れるということも多い。 

………もう少し早く改札を始めてもいいのでは?

この原則は30年経った今でも同じようだが、今回の旅では
武昌駅だけ発車時刻の30分前にホームに入れてくれたので
現在は駅によって融通を利かせているところがある模様。 


   ▲広元站のホームと短距離列車▼
 


 ▲やっと見つけた、硬座の写真。ギリ20世紀(2000/10)。
本当は慣れ親しんだ緑色の直角椅子(80年代)の方を載せたかったの
ですが、フィルムの時代だったのでよけいなものは撮っていなかった。
今思えば「撮っておけば良かった」シリーズの一つ。 


T49次 北京西~襄陽 その一 北京西駅

2015年10月05日 | 三国志・水滸伝・史記の旅

 15時過ぎに頤和園を後にして地下鉄で北京西駅へ。

中国で列車に乗る場合、先ず駅の入口でパスポートと乗車券を駅員に
見せ、荷物のX線検査と身体検査を経て構内に入る。

中国の列車は直接プラットホームへ入れないシステムで、
乗る列車ごとに待合室が決まっているので、改札が始まるまで
待合室で待つことになる。

待合室は例えれば、体育館かと思うような広さの部屋に固定された椅子が
延々と並んでいる感じ。 

中国の長距離列車は、主に軟臥、硬臥、硬座、無座の4ランクに分かれている。
軟臥は4人一部屋の個室寝台、 硬臥は仕切りの無い3段ベッドの寝台車。
硬座は6人掛けのボックス席と4人掛けのボックス席が車両の左右に並ぶ
指定席。無座は立ち乗り。

短距離列車は軟座、硬座、無座の3ランク。

軟席(軟座、軟臥)は高いので、一般とは別の待合室がある。
軟席待合室の改札は硬臥、硬座よりも早く始まるし、なにより静かだ。 

  ▼北京西駅構内

T49次は軟臥をとってあるので、軟席の待合室(軟席侯車室)で優雅に
改札が始まるのを待ちたかった。 
昨日、切符を取りに来た時に北京西駅の構内図をカメラに収めていたので
部屋で必死に軟席侯車室を探していたのだが、どうしても見つからなかった。

……せっかく軟臥取ったのに(泣)

帰国してよくよく見たら、第一侯車室が()付で軟席侯車室って書いて
ありました(笑)。 
北京西駅を利用する折には、以下構内図をご参照ください。 

北京西駅構内にはコンビニ、売店、マクドナルド等、乗車前に食料等が
調達できるお店が入っている。

以前北京西駅を利用した際は、まだ二十世紀だった。
当時の売店には干からびたリンゴや硬いパン類、干し肉、缶詰、
瓶詰め等が販売されているだけだったから、かなり進歩したもんだ。

テイクアウト専用のマクドナルドがあって、コーヒーとソフトクリームが
飛ぶように売れていたので、列に並んでソフトクリームを買ってみた。

以下黒ゴマ風味のソフトクリーム、「麻麻黒」。
何故か私のものだけ失敗作。とぐろが崩れたようにずれている。


ソフトクリームを作っていたお姉さんが、レジ係のお姉さんに笑いながら

「あらやだー、失敗しちゃった!」

「それは酷いわね」

……そんな凄いの私にくれる気???

 「はい」

………くれるんだ…

クリームが落ちないように必死で完食しました(笑)。


頤和園2015 その十五 蘇州街

2015年10月04日 | 中国の旅

万寿山の北麓にある後湖は俗に蘇州河と云われる
長さ約1kmの乾隆年間に開削された細長い湖。

乾隆帝はこの湖の中央に買売街と呼ばれる蘇州の街並みを再現した。
当時再現された店舗は200件。
ここで役人は商人に扮し、皇帝は客となり庶民の生活を楽しんだそうだ。 

現在も蘇州街として、当時の様子を再現している。


▲蘇州街…今回は時間が無くて行けなかった為1999年の写真▼

   ▼蘇州河も冬になると凍る