最前線の子育て論byはやし浩司(2)

子育て最前線で活躍する、お父さん、お母さんのためのBLOG

●9月7日電子マガジンより

2009-09-07 07:12:15 | 日記
☆☆☆この電子マガジンは、購読を登録した方のみに、配信しています☆☆☆
.  mQQQm            
. Q ⌒ ⌒ Q  ♪♪♪……  
.QQ ∩ ∩ QQ         
. m\ ▽ /m 彡彡ミミ    
.  /~~~\  ⌒ ⌒     
. みなさん、   o o β       
.こんにちは!  (″ ▽ ゛)○  
.        =∞=  // 
□■□□□□□□□□□□□□□■□ ================= 
子育て最前線の育児論byはやし浩司   09年 9月 7日
□■□□□□□□□□□□□□□■□ =================
★★★HTML版★★★
HTML(カラー・写真版)を用意しました。
どうか、お楽しみください。(↓をクリックしてみてください。)
************************

http://bwhayashi2.fc2web.com/page005.html

メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●8月6日(The Day of A-Bomb in Hiroshima)

+++++++++++++++

2009年8月6日。

今日は原爆記念日。
朝、8時15分に、サイレンが鳴った。
「ああ、そうだった」と思って、一瞬、息を止めた。

先日、豊田町の(ゆや会館)で、原爆資料展を開いていた。
そのとき見た、痛々しい写真が、脳裏を何度もかすめた。

++++++++++++++++++

●もし……

 ナチスドイツによる、ユダヤ人大量虐殺を知って、多くの日本人は、こう思う。
「私たち日本人は、ああいう残酷なことはしない」と。
あるいはアメリカ軍による原爆投下を知って、多くの日本人は、こう思う。
「日本人は、ああいう爆弾は使わない」と。

 しかし本当に、そうか?
自信をもって、あなたは、そう言い切ることができるか。

 もしこの日本に、100万人単位のアジア系流民たちが住むようになり、
日本の経済を牛耳るようになったとしたら……。
日本の文化に同化せず、彼らの宗教を信じ、彼らの言葉を話したとしたら……。
そしてあなたの隣に住み、あなたの家より立派な家に住むようになったとしたら……。

 100万人なら、まだよい。
それが200万人となり、300万人となったとしたら……。
それでもあなたは、「私たち日本人は、ああいう残酷なことはしない」と、
自信をもって言い切れるだろうか。

 原爆についてもしかり。
敗戦直前、日本軍も原爆の開発をもくろんでいた。
ドイツへ研究者も派遣していた。
もしあのとき日本軍が原爆をもっていたとしたら、日本軍は容赦なく、それを使って
アメリカ軍を攻撃していただろう。

●日本の現実

 こうした残虐な行為を止めるゆいいつの方法があるとすれば、私たち1人ひとりが、
高い文化性をもつことでしかない。
高い人間性でもよい。
ふつう程度の文化性や、人間性では、足りない。
現に、シラーやゲーテ、ベートーベンを生んだドイツですら、それを食い止めることは
できなかった。
ジェファーソンやワシントン、リンカーンを生んだアメリカですら、それを食い止める
ことはできなかった。

 日本に、こうした世界に誇ることができるような賢人がいるか?
今までに、いたか?
残念ながら、答えは、NO。
まず、この現実に、目を向けなければならない。
つらいことだが、まず、それを認めなければならない。

●一億、総ギャグ化

 が、現実は、逆。
日本人は、ますます逆の方向に進みつつある。
その一つの例として、あのお笑いタレントをあげたい。
どこかの県の知事になった、あのお笑いタレントである。
(こう書くと、不愉快に思う人が多いことは、認める。
先日も、それについて書いたら、私のBLOGに、「お前は、何様のつもりか?」と
書き込んできた人がいた。)

何もお笑いタレントが、政治家になってはいけないと言っているのではない。
また、その政治家が悪いと言っているのではない。
彼とて、有権者に選ばれたから、知事になった。

あの県では、長い間、プロの政治家(?)による汚職事件が、相次いだ。
そういういきさつは、ある。
が、それでも、つまり全体として見たとき、日本人は今、一億が、総ギャク化している
としか、私には思えない。
あろうことか、当の県知事は、「総裁候補にしてくれるなら、衆議院議員に鞍替えしても
いい」というようなことまで言った。

こうした動きを見ていると、日本人が本来もっていた、あの(まじめさ)そのものが、
どこかへ消えてしまったとしか思えない。
その流れの中で、お笑いタレントが、府知事になったり、県知事になったりする。
そういう現実を、だれも、おかしいと思わない。
私は、それが「おかしい」と言っている。

 誤解があってはいけないので、再度、確認しておきたい。

 人生哲学を語りながら、その中に(ジョーク)があるなら、それはそれでよい。
しかし今の日本には、(ジョーク)ばかりで、人生哲学がない。
きちんとした政治論をもっている人が、たまにジョークを口にするのはよい。
(笑い)も、その中から、生まれる。

 たとえば県知事になるにしても、それだけの実績があるならよい。
民衆とともに歩きながら、少しずつ積み重ねあげてきたという実績である。
が、その実績がない。
ないまま、ある日突然、知名度だけを武器に、中央からやってきて知事になる。

この日本では、まじめに生きようとすればするほど、バカらしさを覚える。
社会そのものが、そういうしくみになってしまった。
その一例として、お笑いタレントをあげた。
私は、それが問題だと言っている。

●悪人の餌

 話は変わるが、たまたま数日前、1人の女優が覚せい剤所持と使用で、逮捕された。
先に、夫が逮捕され、その夫が、妻(=その女優)も使用していたことを認めた。

 その女優は、ある公的機関の、「覚せい剤撲滅運動」のポスターにも顔を出している。

 これはほんの一例だが、こうした矛盾は、いたるところにある。
たとえば難民救済運動。
どこかの有名タレントが、ある日を境に、突然、慈善運動家に変身したりする。
それ以前に、たとえば、若いときからボランティア活動をつづけてきたとか、
ホームレスの人たちに炊き出しをしてきたとか、そういう実績があれば、話もわかる。
そういう実績もないまま、「ある日を境に、突然」である。

 しかも将棋で言えば、いきなり「王手!」。
その運動のトップとして、君臨する。
雑誌やテレビを通して、さも私は善人でございますといった、様子をしてみせる。

 私は、それがおかしいという。
おかしいだけならまだしも、本当に困っている人に対して、失礼。
許しがたい冒涜と断言してもよい。
そういう知名人たちは、一見助けるフリをしながら、困っている人たちを、
その実、食い物にしている。

 どこかの県の知事になったお笑いタレントにしても、その疑いがないとは言わない。
(もちろん、そうであると、断言しているわけでもないが……。)
が、ふつうの常識のある人なら、自分に恥じて、つまりおこがましくて、そういうことは
できない。

 要するに、私は、「仮面」には注意したほうがよいと言っている。
悪をなすことは、悪いことだが、悪人を助けることは、もっと悪い。
昔、恩師の故松下哲子先生は、いつも、私にこう言っていた。
『悪人の餌にだけは、なってはいけませんよ』と。
 
●高い文化性

 高い文化性にせよ、人間性にせよ、それを養うには、(思考)しかない。
思考こそが、人間が人間である、ゆいいつの証(あかし)ということになる。
また思考によって、人間は人間であることを保つことができる。

 数日前もワイフとこんな会話をした。

 「もし裸の若い女性が部屋の中に入ってきて、こう言ったとする。
『抱いて!』と。
すてきな女性だ。
あたりにはだれもいない。
そのとき、それを断るというのは、ふつうの男なら、かなり勇気のいることだ」と。

 あるいは道で、大金の入った財布を拾ったときでもよい。
賄賂(わいろ)を、テーブルの前に、ドカッと積まれたときでもよい。
そういうとき、それを断る勇気が、あなたにはあるだろうか。
つまりそういうときに、私たちは、自分の文化性を試される。
人間性を試される。

 そのとき、「私は、まちがったことはしない」と言って、それを断ることができれば、
それはそれでよい。
そうでないなら、言葉はきついが、「偉そうなことは言うな」となる。

 つまりその延長線上に、ナチスドイツによるユダヤ人大量虐殺がある。
広島、長崎への原爆投下がある。

●もし……

 「戦争、反対!」「原爆、反対!」と叫ぶのは、簡単なこと。
大切なのは、それを口にする前に、高い文化性と、人間性が、自分の中にあるかどうか
ということ。
それがあってはじめて、私たち日本人は、世界に向かって、「日本人は平和を
愛する国民です」と言うことができる。
世界の人たちを納得させることができる。

 戦後、たまたま日本が平和を守れたのは、日本人が、それだけ平和を愛する
国民だったからではない。
また平和を守ったからでもない。
アメリカ軍という世界最強の軍隊が、日本に駐留していたから、である。
もしアメリカ軍が駐留していなかったら、日本は繰り返し、戦禍にのみ込まれていたはず。

 スターリン・ソ連、毛沢東・中国、李承晩・韓国、金日成・K国……。
そういう国々が、日本に対して報復戦争をしかけてきたはず。
そのつど日本は、メチャメチャになっていたはず。
また報復されてもしかたないようなことを、日本軍は、戦争を通して、してしまった。
アメリカにしても、最後の最後まで、「Remember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)」を
合言葉にしていた!

仮にあのとき日本軍が原爆をもっていたとしたら、一時的には優位になっていたかも
しれない。
が、今ごろは、北海道から沖縄まで、日本は完全な廃墟と化していたにちがいない。
「日本」「日本人」という言葉すら、この地球上から消えていたかもしれない。

 それが現実。
まぎれもない現実。
8月6日。
今年もまた、去年と同じようなことを考えた。

(追伸)

 ついでに一言。
あどけない小学生に、平和宣言など、させてはいけない。
平和を守るのは、私たちおとなの責務。
こういう場で子どもを利用するのは、どこかのテロ組織が、自爆攻撃用にと、
子どもを利用するのと同じ。
「平和目的ならいい」「戦争目的は、だめ」というのは、おとなの勝手な論理に
すぎない。
あるいはどこでどう、線を引くというのか?

++++++++++++++++++++

6年前に書いた原稿を、そのまま紹介します。

+++++++++++++++++++++++++++

●子どもによる平和宣言(Declaration for Peace by Children)

+++++++++++++++++++++++++++

今年も、広島、長崎で、子どもを使った
平和宣言がなされた。

それについて、私はかねてより、「子どもに
そんなことをさせてはいけない」と書いて
きた。

平和を守るのは、おとなである私たちの
責任。
子どもたちの未来を守るのも、おとなで
ある私たちの責任。

子どもを使うのは、卑怯だ!

+++++++++++++++++

8月8日、韓国で奇妙な事件が起きている。
どこかに立てこもった一群の中の子どもたちが、韓国の大統領である、イ大統領を
口汚く、ののしっているという。

文章を簡潔にして、紹介させてもらう。

+++++++++以下、朝鮮N報++++++++++++

「李明博(イ・ミョンバク)、なんでそんなやり方で国を治めるんだ」
「お前が死んだら僕は気持ちよく笑えるだろう。この××野郎よりダメなやつ!」
「お前がそんなことをするなら、僕はお前を殺してやる」

 先月23日、体験学習のためソウルにやってきた地方の小学生たちが、曹渓寺(ソウル
市鍾路区)に立てこもっている、「狂牛病(BSE)の危険のある米国産牛肉の全面輸入に
反対する国民対策会議」(以下、対策会議)の芳名録に書いた、文や動画が公開され、韓国
社会は衝撃を受けた。

この小学生たちは10歳前後、小学3~5年生の子どもたちだった。「立てこもっている人
たちがけしかけた」という学校側の主張と、「自発的に書いた」という対策会議側の主張は
食い違っている。

これについては警察の捜査で明らかになるだろう。

+++++++++以上、朝鮮N報++++++++++++

少しわかりにくい話なので、解説してみる。

現在、ソウルの曹渓寺というところに、アメリカ産の牛肉の輸入に反対する団体が、立て
こもって、それに反対しているという。
その寺の芳名録に、その小学校を訪れた子どもたちが、芳名録に書き込みをした。
それが冒頭にあげた、文章である。

「李明博(イ・ミョンバク)、なんでそんなやり方で国を治めるんだ」
「お前が死んだら僕は気持ちよく笑えるだろう。この××野郎よりダメなやつ!」
「お前がそんなことをするなら、僕はお前を殺してやる」と。

これについて、(1)立てこもっている人たちが、子どもたちにけしかけた。(2)子ども
たちが自主的に書いたと、意見が分かれているという。

が、どちらであるにせよ、つまりけしかけられたにせよ、自主的に書いたにせよ、その背
後には、(おとなたちの意思)が、感じられる。
少なくとも、こうした言葉は、子どもたちだけの発想では生まれない。

そこで日本の子どもたちによる、平和宣言。
私は、平和宣言がまちがっているというのではない。
それ自体は尊いものであり、世界に向かって宣言して、当然である。

しかし、子どもを使って、それをしてはいけない。

5年前(03年)に、こんな原稿を書いたことがある。

++++++++++++++++++

コメントを投稿