葡萄舎だより

海峡の街・下関の、葡萄舎の住人・洒人 (しゃじん) が身の周りの些事片々を書き綴ります。
本人は日記のつもりです。

九州の灯台めぐり 2

2006年06月01日 09時59分15秒 | 燈台めぐりノート
photo ; 関埼灯台

5月21日(日)
5時に起きて、大分自動車道を大分宮河内まで走る。
日曜日の朝だから、自動車道も一般道も、道は私のためにあるようなものだ。
佐賀関のシンボル ・ 日鉱金属の大煙突を眺めるといよいよ着いたと思うのだが、
灯台がある地蔵崎までの海岸沿いの道は結構ある。
速吸(はやすい)瀬戸をはさんで四国の佐田岬と対峙し、
周防灘と外洋とを分けるこの地は「関サバ」 「関アジ」 で有名だが、
日曜の早朝では食することもできない。
なに、サバとアジなら下関だってふんだんにある、などと意地を張ってみる。
いつか、佐田岬に渡る日があれば、佐賀関からフェリーに乗ることになるだろう。
食べるとすればそのときか。

関崎灯台のレンズは、当初は第3等フレネルレンズだったが、
17年遅れて建った佐田岬灯台に移され、
以後、大正7年に第4等不動白光となり、昭和45年に明暗白光となって現在に至っている。
明治期の灯塔は、ブラントンの影響を受けているのか、六連島や部埼と似た形状だ。
但し、鉄製だから、叩けば鉄特有の音がする。 石造の重厚さはないが、これはこれでいい。
門柱も扉もあって、威厳のある灯台だ。

今回の灯台めぐりでは 11基の灯台を訪ねる予定だ。
訪ねる灯台に序列をつけたくはないが、鶴御埼灯台は、どうしても訪れたい灯台だった。
早朝の大分自動車道を走る間もそうだったが、
豊後鶴見崎に向かう車中では鳥羽一郎の 「男の港」 がガンガンと鳴り続けた。

     ♪ 高く掲げた 大漁旗を
     待っているだろ 紅椿
     松浦港は もうすぐ近い
     ありがとう 黒潮の幸よ
     豊後 鶴御崎 男の港 

     ♪ 躍る銀鱗 しぶきの華に
     親父譲りの 腕がなる
     照らせ 男の この晴れ舞台
     ありがとう 水の子の灯台(あかり)
     豊後 鶴御崎 男の港「男の港」
         詞 穂積 淳 ・ 結城 忍

歌詞の中に 「水の子島灯台」 が詠み込まれているのが気に入って、
2ヶ月前に丸暗記し、カラオケの十八番となった演歌だ。
豊後水道の真ん中の岩にそそり立つ水の子島灯台は、
いつかは、どうしても訪ねたい憧憬の灯台だ。
鶴御埼灯台から見えるかもしれない。 恋人が待つ海に駆けつける心境だ。
車は松浦港を通り過ぎた。 もうすぐ、のはずだ。
でも、行けども行けども道は続く。
やっと駐車場に車を停めて、灯台までの坂道をやたら長く感じながら登る。

豊後鶴御崎は九州の最東端だ。 戦争中は砲台が築かれ、要塞になっていた場所だ。
灯台は戦後25年を経て建てられている。 新しい灯台だ。
灯台に隣接して展望台がある。 展望案内図の真ん中に水の子島灯台が記されている。
その方向を眺めても、海霧にさえぎられて何も見えない。
展望台には、おあつらえ向きに双眼鏡があったので、覗いた。
ボンヤリと、しかし紛れもなく白黒縞模様の水の子島灯台が岩にしがみついて立っている!
夢に見た灯台だ。 いつまでも、何度も、覗いた。 まぶたに刻み込んだ。
故障なのか、サービスなのか、双眼鏡はいつまでも閉じなかった。

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