先回(12/15)に明治政府はキリスト教の霊的復興(リバイバル)を恐れて、
400年前のハビヤンの書いた「破提宇子」を再び発行したことを書きました。
それは外来思想(特にキリスト教)の武装として、
天皇を神とする体制を整えるためでした。
そのために教育勅語を発令したわけですが、
この動きに抵抗したのは、明治のキリスト教指導者の中では極めて少数で、
その一人に内村鑑三がいました。
彼はその抵抗(不敬事件)をしたことで、一高教授を追われる身となり、
やむを得ず始めた文筆活動を開始し、
その結果として、無教会を創設するに至ります。
内村が学んだ札幌農学校(現・北大)同窓生だった新渡戸稲造たちは、
不敬事件になった時、「内村は何というバカなことをしたのだ」
と同窓会で語ったといいますが、
すでに明治政府の創設したすべての国立大学は、
天皇を神とする日本教を叩き込んでいました。
そして抵抗したはずの内村鑑三が起こした無教会の後継者たちは、
何と皮肉なことにほとんど東京帝国大学卒業生でした。
その卒業生のトップクラスであった南原茂、矢内原忠雄なども残念ながら、
見事に日本教の枠に取り込まれていきました。
また、日本のキリスト教会は太平洋戦争が勃発して、
戦争協力を積極的に行い、全教会挙げて、日本教に参画し、
遂にはクリスチャンならば、絶対、犯してはならない、
教会の礼拝堂に天皇を祭ることだけではなく、
神棚まで置くという酷い状態となります。
この当時の、キリスト教会のトップは賀川豊彦(注・01)でしたが、
彼の伝記を読みますと、ノーベル平和賞候補になったほどの優れた人物が、
なぜ朝鮮半島のキリスト者への日本帝国・朝鮮総督府の大迫害を無視し、
戦争協力したのか知ることができます。
その理由は、ハビヤンと同じく日本教徒だったことが明白なのです。
さて、今日の日本に引き戻しますと日本教はどうなのでしょうか。
昨年、12月27日のブログで「日本国民を完璧にバカにしきった安倍政権、
10年間の独裁政権がもたらした数えきれない罪悪の連鎖」と題して、
こう書きました。
「安倍というペテン師に操られた超ドあほ国民となり果て、
最貧国ニッポンになって、世界中の物笑いになっている」
この「超ドあほ国民」の中に日本のキリスト教会と全クリスチャンが
その範疇にあるということなのです。
ゆえにまず「超ドあほ国民」であることに目覚めて、
全国のクリスチャン全員が、世界を変革する
キリスト教のダイナミックさを求めるパッション(熱情)が
自分の内に、そして教会に沸き起こるよう、
本当に悔い改めて、変革を求め、断食して祈らなければなりません。
私たちがもしも教会に行っている動機が、
自分の問題だけが解決されるだけを求めているならば、
神の裁きは、まず教会の上に下されることでしょう。
私たちは、時代を変革していく霊的復興(リバイバル)を
真剣に祈っていきましょう。
すでに戦後、78年間に日本教の創始者であるハビヤンが残した
キリスト教骨抜き作戦はみごとに大成功しているのです。
その結果は日本のキリスト教の衰退と消滅が待っています。
このことを憂い、その滅亡への道を止められる、
心あるクリスチャンがまだ日本に残っておられるならば、
如何にして日本教から脱出できるか、
2024年、真剣に断食して、祈っていただきたいのです。
私は日本にこのような祈りの勇士が残されていると信じて、
7年間、続けていますブログ「バイブルランドin福井」を
今後も継続して投稿し、日本のリバイバルを祈っていきたいと思います。
賀川豊彦(注・01)
1888年(明治21年)7月10日 - 1960年(昭和35年)4月23日)は、大正・昭和期のキリスト教社会運動家・社会改良家。戦前日本の労働運動、農民運動、無産政党運動、生活協同組合運動、協同組合保険(共済)運動において、重要な役割を担った人物。日本農民組合創設者。「イエス団」創始者。キリスト教における博愛の精神を実践した「貧民街の聖者」として日本以上に世界的な知名度が高く、戦前は現代の「三大聖人」として「カガワ、ガンジー、シュヴァイツァー」と称された。(ウィキ)