写真はジャイアントパンダ Ailuropoda melanoleuca (David, 1869) の頭蓋。
「Panda」と言えば2種類いるんだが、皆がこれと答えるのはこのジャイアントパンダ、
中国名:大熊猫(dàxióngmāo; たァシォンまォって感じ)、
和名:シロクログマとかイロワケグマとかいう、世界3大珍獣である。
中国は四川省や陝西省の山林に棲息して笹を食べて…とはすっかりお馴染みですね。
歯式(dental formula)は3/3・1/1・4/4・2/3=42。
典型的な食肉目(carnivore)が3/3・1/1・4/4・3/4=46なので、臼歯(molar)が上下顎一本ずつ減っていることになる。
更に、"笹食"なんておよそ食肉目に似つかわしくない栄養摂取を行なうため、
食肉目特有の裂肉歯(carnassial)が、扁平な磨り潰し型の臼歯に変化している。
頭蓋は正直言って、クマよりも重く頑強で、sagittal crest(頭蓋頂部に正中に走る稜。咬筋が付くよ)も発達している。
近年には更に、
A. melanoleuca melanoleuca
A. melanoleuca qinlingensis の2亜種に分類されることがあきらかになりました。※注1
ジャイアントパンダが発見された(…と書いたが、"ヨーロッパ人に知られるようになった"が正確。"新大陸発見"みたいなもんだね。)
のは1869年3月11日、フランス人宣教師のArmand Davidによって毛皮が初見された。
学名はこの毛皮に基づいて付けられたもの。
生きたパンダをヨーロッパ人が見るのは1916年にドイツ人動物学者Hugo Weigoldが最初とされている。
もちろん中国では古くから知られていたようで、
そもそもから幻の動物として、今と変わらず非常に珍重されていたらしい。
日本にはかの賢帝、唐の太宗から、友好の証に2頭のパンダと毛皮が贈られた記録がある、と言われている。
対してもう1種、
レッサーパンダ Ailurus fulgens (F. Cuvier, 1825)
中国名:小熊猫(xiǎoxióngmāo; シァォシォンまォって感じ)、
和名:イタチグマとか、
英名:Red Panda, Firefox ※注2, Fire Cat, Lesser Panda というのがいる。
風太クンが後ろ足で立つことがメディアに取り上げられ、ブームになりましたね。
歯式は3/3・1/1・3/4・2/2=38。
亜種には
ニシレッサーパンダ Ailurus fulgens fulgens
シセンレッサーパンダ Ailurus fulgens styani がおります。
学名を見れば分かると思うが、学名が付けられたのはレッサーパンダの方が40年以上早い。
実際、"panda"と言えば当初、小熊猫の方を指したのだが、
いつしか大熊猫が有名になるにつれ、立場が逆転してしまった。
レッサーパンダの剥製を見たフレデリック・キュヴィエ(Frédéric Cuvier;
ジョルジュ・キュヴィエ Baron Georges Léopold Chrétien Frédéric Dagobert Cuvier の弟だよ)はいたく感動し、
"Ailurus fulgens"すなわちラテン語で"炎の猫"と名付けたんだが。
ちなみに、"Ailuropoda melanoleuca"は"黒白の猫足"。"Ailuro-poda melano-leuca"ね。
さて、昔からパンダの系統は悩まれるところだった。
食肉目(Carnivora; "ネコ目"なんて名称は認めねーぞ!!)なのはそりゃ一目瞭然だが、
果たしてクマ科(Ursidae)?アライグマ科(Procyonidae)?
イタチ科(Mustelidae)やスカンク科(Mephitidae)まで疑われたことがある。
パンダ科やジャイアントパンダ科が設けられたことまであったのだが…
いまいち知られていないが、現在では"パンダ"は多系統群であり、
ジャイアントパンダとレッサーパンダの共有形質は収斂進化の結果生じたと考えられている。
少なくとも前者、ジャイアントパンダに関してはクマ科(Ursidae)であることが、分子系統から80年代には示された。※注3
形態学的にも、これはまぁそう文句もあるまい。
ところがレッサーパンダは分子でも系統関係がはっきりしない。
過去にはアライグマ科(Procyonidae)に入れることも多かったようだが、
現在ではsuperfamily Musteloidea (Flynn et al., 2001) ..."イタチ上科"でいいかな?...の下に
レッサーパンダ科(Ailuridae)を設けるようになっている。
パンダの形態的特徴としてよく挙げられるのが、物を把握できる"親指"をもつこと。
もっともこれは、他の脊椎動物の第1指と相同な構造ではない。
つまり、"指"ではない。
『パンダの親指 <進化論再考> スティーヴン・ジェイ・グールド:著 早川書房 (1986)』 ※注4
などでよく知られるようになったが、
あれは撓側種子骨(radial sesamoid bone)が発達したものだ。
ジャイアントパンダ、レッサーパンダ共にこうした構造を持つが、
(レッサーパンダはさほど発達していないが…)上記の系統関係が正しいなら、
こうした形態的特徴も食肉目の異なる科が収斂的に獲得したことになる。
他にも形態的にこれらの系統をどうしたものか…といったところでは多少齟齬があり、
ひょっとしたらまたこの関係も変化していくかもしれませんね。
※注1:Wan, Q.-H., H. Wu, and S.-G. Fang. 2005.
A new subspecies of giant panda (Ailuropoda melanoleuca) from Shaanxi, China. Journal of Mammalogy 86: 397–402.
実はこれ読んでないんだけど…そんなことが記載されてるらしい。
※注2:Firefox
ネットとかの"Firefox"はこれに由来する。
だが小熊猫ってよりはいかにもキツネっぽいマークが用いられているが、あれ何でだろうねぇ。
"かもしか号"なのに「あのマーク、ニホンジカやん!!」っていうのと同じか?
※注3:O'Brien, Nash, Wildt, Bush & Benveniste,
A molecular solution to the riddle of the giant panda's phylogeny, Nature 317, 140 - 144 (12 September 1985)
※注4:『The Panda's Thumb: More Reflections in Natural History Stephen Jay Gould:著』
私の持っているのはハードカヴァーだけれども、今は文庫版がお求めやすい。
『ワンダフル・ライフ』がベストセラーになったおかげで故・グールド先生は日本でも著名になった。
『パンダの親指』はグールドの数多いエッセイ集のひとつ。
パンダの話題ばかりが載っているわけでなく、まぁ短編集みたいなものと思ってもらえば…
しかし、決して専門的な小難しい話題がてんこ盛りというわけでなく、
進化学・自然史・科学全般に関する、一般向けのヒジョーに読みやすく、面白い本に仕上がっているので、
中学生くらいから一般の方まで、みんなに読んでもらいたいなぁ。(書店の回し者ではございませんぜ)
LINKS:
・Giant Panda -the giants of the bamboo forest- ジャイアントパンダのことなら何でも分かる!かも。
・レッサーパンダが好きですか? -- Pop'n Call -- レッサーパンダの形態云々について詳しい。
BLOG内:
・panda: パンダちゃん。
・vertebrata:01・02 脊椎動物。
・pig's foot: 豚足の骨格。そりゃあパンダとは違う。
・capybara: カピバラさんの頭蓋。コイツの臼歯は触ると気持ちいい♡
< βλογ πετ >
「Panda」と言えば2種類いるんだが、皆がこれと答えるのはこのジャイアントパンダ、
中国名:大熊猫(dàxióngmāo; たァシォンまォって感じ)、
和名:シロクログマとかイロワケグマとかいう、世界3大珍獣である。
中国は四川省や陝西省の山林に棲息して笹を食べて…とはすっかりお馴染みですね。
歯式(dental formula)は3/3・1/1・4/4・2/3=42。
典型的な食肉目(carnivore)が3/3・1/1・4/4・3/4=46なので、臼歯(molar)が上下顎一本ずつ減っていることになる。
更に、"笹食"なんておよそ食肉目に似つかわしくない栄養摂取を行なうため、
食肉目特有の裂肉歯(carnassial)が、扁平な磨り潰し型の臼歯に変化している。
頭蓋は正直言って、クマよりも重く頑強で、sagittal crest(頭蓋頂部に正中に走る稜。咬筋が付くよ)も発達している。
近年には更に、
A. melanoleuca melanoleuca
A. melanoleuca qinlingensis の2亜種に分類されることがあきらかになりました。※注1
ジャイアントパンダが発見された(…と書いたが、"ヨーロッパ人に知られるようになった"が正確。"新大陸発見"みたいなもんだね。)
のは1869年3月11日、フランス人宣教師のArmand Davidによって毛皮が初見された。
学名はこの毛皮に基づいて付けられたもの。
生きたパンダをヨーロッパ人が見るのは1916年にドイツ人動物学者Hugo Weigoldが最初とされている。
もちろん中国では古くから知られていたようで、
そもそもから幻の動物として、今と変わらず非常に珍重されていたらしい。
日本にはかの賢帝、唐の太宗から、友好の証に2頭のパンダと毛皮が贈られた記録がある、と言われている。
対してもう1種、
レッサーパンダ Ailurus fulgens (F. Cuvier, 1825)
中国名:小熊猫(xiǎoxióngmāo; シァォシォンまォって感じ)、
和名:イタチグマとか、
英名:Red Panda, Firefox ※注2, Fire Cat, Lesser Panda というのがいる。
風太クンが後ろ足で立つことがメディアに取り上げられ、ブームになりましたね。
歯式は3/3・1/1・3/4・2/2=38。
亜種には
ニシレッサーパンダ Ailurus fulgens fulgens
シセンレッサーパンダ Ailurus fulgens styani がおります。
学名を見れば分かると思うが、学名が付けられたのはレッサーパンダの方が40年以上早い。
実際、"panda"と言えば当初、小熊猫の方を指したのだが、
いつしか大熊猫が有名になるにつれ、立場が逆転してしまった。
レッサーパンダの剥製を見たフレデリック・キュヴィエ(Frédéric Cuvier;
ジョルジュ・キュヴィエ Baron Georges Léopold Chrétien Frédéric Dagobert Cuvier の弟だよ)はいたく感動し、
"Ailurus fulgens"すなわちラテン語で"炎の猫"と名付けたんだが。
ちなみに、"Ailuropoda melanoleuca"は"黒白の猫足"。"Ailuro-poda melano-leuca"ね。
さて、昔からパンダの系統は悩まれるところだった。
食肉目(Carnivora; "ネコ目"なんて名称は認めねーぞ!!)なのはそりゃ一目瞭然だが、
果たしてクマ科(Ursidae)?アライグマ科(Procyonidae)?
イタチ科(Mustelidae)やスカンク科(Mephitidae)まで疑われたことがある。
パンダ科やジャイアントパンダ科が設けられたことまであったのだが…
いまいち知られていないが、現在では"パンダ"は多系統群であり、
ジャイアントパンダとレッサーパンダの共有形質は収斂進化の結果生じたと考えられている。
少なくとも前者、ジャイアントパンダに関してはクマ科(Ursidae)であることが、分子系統から80年代には示された。※注3
形態学的にも、これはまぁそう文句もあるまい。
ところがレッサーパンダは分子でも系統関係がはっきりしない。
過去にはアライグマ科(Procyonidae)に入れることも多かったようだが、
現在ではsuperfamily Musteloidea (Flynn et al., 2001) ..."イタチ上科"でいいかな?...の下に
レッサーパンダ科(Ailuridae)を設けるようになっている。
パンダの形態的特徴としてよく挙げられるのが、物を把握できる"親指"をもつこと。
もっともこれは、他の脊椎動物の第1指と相同な構造ではない。
つまり、"指"ではない。
『パンダの親指 <進化論再考> スティーヴン・ジェイ・グールド:著 早川書房 (1986)』 ※注4
などでよく知られるようになったが、
あれは撓側種子骨(radial sesamoid bone)が発達したものだ。
ジャイアントパンダ、レッサーパンダ共にこうした構造を持つが、
(レッサーパンダはさほど発達していないが…)上記の系統関係が正しいなら、
こうした形態的特徴も食肉目の異なる科が収斂的に獲得したことになる。
他にも形態的にこれらの系統をどうしたものか…といったところでは多少齟齬があり、
ひょっとしたらまたこの関係も変化していくかもしれませんね。
※注1:Wan, Q.-H., H. Wu, and S.-G. Fang. 2005.
A new subspecies of giant panda (Ailuropoda melanoleuca) from Shaanxi, China. Journal of Mammalogy 86: 397–402.
実はこれ読んでないんだけど…そんなことが記載されてるらしい。
※注2:Firefox
ネットとかの"Firefox"はこれに由来する。
だが小熊猫ってよりはいかにもキツネっぽいマークが用いられているが、あれ何でだろうねぇ。
"かもしか号"なのに「あのマーク、ニホンジカやん!!」っていうのと同じか?
※注3:O'Brien, Nash, Wildt, Bush & Benveniste,
A molecular solution to the riddle of the giant panda's phylogeny, Nature 317, 140 - 144 (12 September 1985)
※注4:『The Panda's Thumb: More Reflections in Natural History Stephen Jay Gould:著』
私の持っているのはハードカヴァーだけれども、今は文庫版がお求めやすい。
『ワンダフル・ライフ』がベストセラーになったおかげで故・グールド先生は日本でも著名になった。
『パンダの親指』はグールドの数多いエッセイ集のひとつ。
パンダの話題ばかりが載っているわけでなく、まぁ短編集みたいなものと思ってもらえば…
しかし、決して専門的な小難しい話題がてんこ盛りというわけでなく、
進化学・自然史・科学全般に関する、一般向けのヒジョーに読みやすく、面白い本に仕上がっているので、
中学生くらいから一般の方まで、みんなに読んでもらいたいなぁ。(書店の回し者ではございませんぜ)
LINKS:
・Giant Panda -the giants of the bamboo forest- ジャイアントパンダのことなら何でも分かる!かも。
・レッサーパンダが好きですか? -- Pop'n Call -- レッサーパンダの形態云々について詳しい。
BLOG内:
・panda: パンダちゃん。
・vertebrata:01・02 脊椎動物。
・pig's foot: 豚足の骨格。そりゃあパンダとは違う。
・capybara: カピバラさんの頭蓋。コイツの臼歯は触ると気持ちいい♡
< βλογ πετ >
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます