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とりとめのないメモの山

mammalia dentalis:

2008-08-08 00:00:00 | biologie*

哺乳類(mammal)の形態学的分類は、さすがにヒト自身を含むグループだけあって脊索動物の中でもよく研究されている。
まぁ生きて歩いている連中は、その外見からでも往々にして大体の種が同定できるもので、
ある意味こいつらの分類は比較的容易いものと言えるかもしれない。
(分子生物学の発達により哺乳類の系統分類は現在、古典的なそれとは全く異なってしまったが、ここでそれはさておく。)
ところが、他の例に漏れず絶滅種となれば話は別で、
断片的にしか見つからない化石の情報に基づいて、そいつが何者かを当てていくのは至難の業だ。

しかし、哺乳類の場合はとても便利な特徴を持っている。
脊椎動物の化石として最もよく残りやすいのは"歯"だが、
哺乳類の歯は互いによく分化しており、極端には臼歯1本からでもある程度の同定が可能なのだ。

哺乳類の歯は、その位置・機能によって前から順に
  切歯(incisor)
  犬歯(canine)
  前臼歯(premolar)
  臼歯(molar)
に分かれており、それぞれの数(歯式; dental formula)は哺乳類のグループを規定する上での重要な特徴となっている。
例えば、
 基本的な有袋類だと  5.1.3.4 / 4.1.3.4 =50  (5/4.1/1.3/3.4/4 =50 ;のように書くこともあるらしい)
 基本的な有胎盤類では  3.1.4.3 / 3.1.4.3 =44  (3/3.1/1.4/4.3/3 =44)
  (左から切歯.犬歯.前臼歯.臼歯の順(片側のみ)。スラッシュがある場合は"上顎/下顎"の謂。
   右端の"=50,=44"は、各種の歯数を、左右・上下顎全て合計した数。つまり全部の歯の総数。)
のように基本形が決まっている。
基本的には新しく生じた種ほど歯の数は減っていく傾向にある。

哺乳類の歯の中でも、臼歯は同定の指標として重要だ。
トリボスフェニック型臼歯(tribosphenic molar)がその基本形であり、
この形態からあらゆる哺乳類の臼歯が派生していったということはよく知られている。
tribosphenicとはtribos(摩擦)+sphen(楔)の謂で、
1つの歯がその部位によって切り裂きと磨り潰しを同時に行なうことを示している。
この形態をほぼそのままに残しているのは、
オポッサムなど比較的原始的な特徴を持った有袋類、トガリネズミなどの"食虫類"※注1などである。

その凹凸にはいちいち名前が付いていて、覚えるのはなかなかタイヘンなのだが、
大まかには次のような感じである。

この構造、そもそも二次元で理解するのはなかなか困難。
噛合わせ等、一応右下に描いてはいるが、
感覚的に理解するには石膏模型などを用いるのがよいと思われる(事実、私は博物館の講座でそうやって覚えた)。
上顎臼歯のプロトコーン(protocone)・パラコーン(paracone)・メタコーン(metacone)は最も主要な咬頭で、
これらに囲まれた窪みにもトリゴンベイスン(trigon basin)という名称がある。
プロトコーンの後=メタコーンの舌側にも、ハイポコーン(hypocone)と呼ばれる咬頭が発達してくることが多い。

下顎臼歯は高低2つのエリアに大きく分かれ、
高い方にはプロトコニッド(protoconid)・パラコニッド(paraconid)・メタコニッド(metaconid)、
低い方にはハイポコニッド(hypoconid)・エントコニッド(entoconid)・ハイポコニュリッド(hypoconulid)の
3つの代表的な咬頭がある。
下顎でも高低それぞれ咬頭に囲まれた窪みがあり、
高い方をトリゴニッドベイスン(trigonid basin)、低い方をタロニッドベイスン(talonid basin)と呼ぶ。
上下の顎を噛み合わせると、プロトコーンがタロニッドベイスンに収まるようになる。

もう一種、モグラのものを次に挙げておく。

[R M1/]とは、[Right Molar 1/]で、[右 臼歯 上顎1番目]。
[L m/1]とは、[Right molar /1]で、[左 臼歯 下顎1番目]。

各歯を表す時には、
[頭文字(上顎で大文字、下顎で小文字になったりするが、ならない表記もある)+何番目か+スラッシュ]
で示すことが出来、便利である。※注2
各コーンの名称も通常は図内で略して示される。
ちなみにどちらの図も最低限の名称しか示していない。
本来はもっと小さな咬頭や窪みにもちゃんと名前があり、種によってはこちらの方が目立った特徴となることもある。

ちなみに、肉食の傾向が強まると咬頭が尖り、
特に下顎臼歯はプロトコニッド(protoconid)・パラコニッド(paraconid)・メタコニッド(metaconid)が巨大化して裂肉歯となるが、
植物食が強まると全体的に各咬頭平たくなったり、繋がって畝状になったりすることが多い。
ヒトの歯は意外に原始的で、結構トリボスフェニック型には当てはめやすいようだ。
歯が抜けたという方は一度よくよく観察してみては?
でも歯は磨り減るものなので、なかなか分かりにくいかな。


※注1:
 食虫目(insectivora; モグラ目)と昔は呼ばれることが多かったグループに、トガリネズミ、モグラ、ハリネズミなどがあるが、
 これらも今は単系統性が否定され、食虫目は2008年8月現在、完全に消滅している。
 しかし馴染みある名称であり、現在の動物好きにとっては直感的にイメージしやすいこともあって
 よってここでは便宜上"食虫類"と" "付きで示した次第。
 このグループも含め、哺乳類の系統分類におけるここ数年での劇的な変化はややこしくも面白い。
 興味あったら是非調べてみて!

※注2:
 哺乳類の歯は記号的にゃかく表す…と書いたものの、実際表記法には多くのヴァリエーションがある。
 その時々で対応しませう。

Reference:
脊椎動物の進化
 Edwin H. Colbert, Eli C. Minkoff, Michael Morales:著,  田隅 本生 :翻訳 (築地書館)
絶滅哺乳類図鑑
 冨田幸光:著, 伊藤丙雄・岡本泰子:イラスト (丸善)

LINK:
The Diversity of Cheek Teeth 写真が多く、非常に分かりやすいです。英語。

BLOG内LINK:
pig's foot: 豚足骨格。哺乳類繋がりで。
capybara: カピバラの歯は、なんか触ると気持ちいい。
Rhinogradentia: 幻の哺乳類、鼻行類について歯式も見てみたよ!ちなみに書いたのは4月1日です。

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