フタバスズキリュウ(双葉鈴木竜) Futabasaurus suzukii Sato, Hasegawa & Manabe, 2006 の話。
(最近はもう学名で"フタバサウルス・スズキイ"と呼んでもよく通じるね)
フタバスズキリュウと言えば日本を代表する大型脊椎動物化石としてあまりに有名だ。
『ドラえもん のび太の恐竜』に登場した"ピー助"がこれをモチーフにしたキャラクターなので、
フタバスズキリュウをドラえもんで知ったと言う人も多いかもしれない。
ちなみに首長竜は概して胎生とされているから、卵から生まれたりはしないが…まぁとやかく言うまい。
景山民夫の『遠い海から来たCOO』 ※注1でもフタバスズキリュウでないにせよ首長竜が主役を張っているが、
こういうところで首長竜をキャラとして愛する傾向があるのはやっぱりフタバさんの影響かもしれない。
(もっとも、COOはドラちゃんのパクリだなんて批判もあるが…)
さて首長竜を(翼竜や魚竜も)"恐竜"と呼んでしまう人も未だに少なくはないと思うが、もちろん大間違い!
大まかに系統は
+-有羊膜類 Amniota ※注2
+-単弓類 Synapsida (哺乳類など)→ex.マウス
|
+-竜弓類 Sauropsida
+-無弓類 Anapsida
+-双弓類 Diapsida
+-主竜形類 Archosauromorpha
| +-主竜類 Archosauria (ワニなど)
| +-恐竜類 Dinosauria (鳥など)→ex.カワラバト
|
+-魚竜類 Ichthyosauria (イクチオサウルスみたいなの)
+-鱗竜類 Lepidosaurs (トカゲ・ヘビなど)→ex.ニホンカナヘビ
+-鰭竜類 Sauropterygia
+-首長竜類 Plesiosauria (フタバスズキリュウなど)
恐竜類に鳥類(Avialae)が含まれれば主竜類にはワニ類(Crocodilla)などが含まれるし、
たぶん主竜形類レヴェルでカメ類(Testudines) も入ってくるだろうから、
首長竜なんてのは恐竜に比べて、鳥はもちろんワニやカメよりもずっと遠い存在だと言うことになる。
昔は広弓類(Euryapsida)なんてグループが
無弓類(Anapsida) - パレイアサウルスなど
単弓類(Synapsida) - 哺乳類など
双弓類(Diapsida) - 有鱗類,主竜類など
と並列で用いられ、首長竜は側頭窓(temporal fenestra)の特徴などからここに含められていたが、
現在では広弓類的な特徴は双弓類から二次的に派生したものとされ、よってこのタクソンは事実上消滅している。
さて、フタバスズキリュウ(フタバサウルス・スズキイ)の話。
産出は1968年日本、福島県いわき市大久町入間沢の大久川河岸の、双葉層群入間沢部層玉山層
(Irimazawa Member of the Tamayama Formation, Futaba Group, Fukushima Prefecture, Japan)
Inoceramus amakusensis 帯{下部サントニアン(Lower Santonian)、上部白亜系(Upper cretaceous)}。
発見者は当時高校生だった鈴木直(Tadashi Suzuki)さん(現:いわき市アンモナイトセンター主任研究員)で、
曰く、幼少時はSF好きだったそうだが
『阿武隈山地東縁のおい立ち』(柳澤一郎:著 1957)に出逢って化石収集に目覚め、
Shigeyasu Tokunaga, Saburo Shimizu, 1926,
The Cretaceous formation of Futaba in Iwaki and its Fossils,
Tokyo Imperial University Faculty of Science Journal, sec. 2, v. 1, pt. 6, p. 181-212, pls
に"Plesiosauria(首長竜類≒プレシオサウルス類。
属名にプレシオサウルス属(Plasiosaurus)があるが、"プレシオサウルス"は首長竜の総称としても用いる。ややこしいね。)"
と思しき断片的な化石の記録があるのを発見し、双葉層を探るようになったそうだ。
しかし長らく正式な記載は行なわれてこなかった。
古脊椎動物研究と言えば恐竜に関しちゃ非常によく行なわれてきたのだが、
実は首長竜専門の研究者はほとんどいなかったのだ。
今回の記載の中心となったのが国立科学博物館 日本学術振興会特別研究員、佐藤たまきさん
それに恐竜ファンならば皆が知る、科博古生物第3研究室の真鍋真先生、群馬県立自然史博物館の長谷川善和館長である。
かくてエラスモサウルス科(Elasmosaulid)新属新種Futabasaurus suzukii が記載された。
スズキイの"イ"って何?と思われる方も中にはおられようが、これは人を主語にしたラテン語の所有格が"--i"となるから。
よって種名の"suzukii"は"鈴木さんの"という意味だ。
もし佐藤さんならば"サトウイ(satoui)"になるし大島さんなら"オオシマイ(ooshimai)"になる。
"フタバサウルス"はもちろん"双葉竜"。 ※注3
記載論文は
Sato, T., Hasegawa, Y., Manabe, M.
A new elasmosaurid plesiosaur from the upper cretaceous of Fukushima, Japan.
Palaeontology, 49(3) 2006, pp 467-484.
この新分類群の特徴的な形質は以下の通り。
・ 眼窩(orbit)‐外鼻孔(external naris)間が幅広い。
・ 間鎖骨(interclavicle)は鎖骨(clavicle)と癒合して一枚の骨になっているが、これが独特な形状。
前縁部が窪み、間鎖骨部が比較的後方に伸長する。
・ この時代のものにしては、橈骨(radius)・尺骨(ulna)や脛骨(tibia)・腓骨(fibula)が、
上腕骨(humerus)や大腿骨(femur)に比べて比較的長い。
…要は、二の腕や腿に比べて肘から先や脛が長い。
・ 大腿骨が上腕骨に比べてほっそりしており、著しい筋痕(muscle scar)がある。
※注4
といったところか。
完模式標本(holotype specimen)には、
頭蓋(partial skull)及び下顎(mandibule)、後位頚椎(posterior cervical)から仙椎骨(sacral)までの椎骨、
肋骨(rib)、鎖骨弓(clavicular arch)、腰帯(pelvic girdle)、四肢(four limbs)が含まれる。
遺骸はほぼ関節しており(頚椎がほぼ失われ、頭が体の後方に移動してしまってはいるが)、
またサメによる捕食/屍肉食の証拠を示している。※注5
太平洋沿岸域におけるエラスモサウルス科の種の放散は、試料が少ないことにより今なお不明確だ。
F. suzukii は同定可能なエラスモサウルス科標本として、北太平洋初のものであり、最古でもある。
このため、今回の記載は地理的及び層序的にも重要なものである
とされている。
ちなみに、フタバスズキリュウの全身骨格模型は現在、科博やいわき市石炭・化石館に展示されているが、
昔の科博のものは明らかに頸の先がダイナミックに曲がりすぎであった(「あれじゃ脱臼しちゃうよ」真鍋先生:談)。
展示スペースの問題とかなんかが色々絡んでああなったらしい…
実際首長竜の頸は骨数が多い割に柔軟性が殆どなく(昔の復元画ではやたらウネっているものが多いが)、
潜望鏡的に水中から垂直に首を突き出すネッシー的ポーズも不可能だったとされている。
※注1:
映画化されて有名になったが、アニメ監督として有名な前田真宏が漫画化している。
読みたいんだが、あまり見つからんねぇ。
※注2:
各タクソンのサイズ(多様性など)はこの際無視する。
例えば、魚竜類, 鱗竜類や鰭竜類は, 主竜形類と同列に並んではいるが、
グループ内の多様性としちゃ主竜形類が圧倒的に大きいと思う。
いや、その下位の恐竜類でも、前述3つよりも遥かに多様化が見られるはずだ。
もっとも"恐竜"は分類群として適当なものかどうか…"寛骨臼が貫通""仙椎が3つ以上"などの定義はあるものの、
どちらかと言えば、獣脚類(Theropoda)や周飾頭類(Marginocephalia)などの総称として便宜的に扱った方が良いような気もする。
まぁこういう系統分類の問題は現在、脊椎動物全般に渡ることだけれど。
※注3:
よく"~サウルス"と聞けば「あぁ恐竜ね」と思ってしまう人がいるが、間違い。
"saurus"は古典ギリシャ語の"σαῦρος [sauros]"のラテン語型、"トカゲやそれに似た動物"の謂だ。
("~竜"と概して訳されがちだが、竜と言ってもdragonではない。)
例えば現生の動物でも、エリマキトカゲの学名はChlamydosaurus kingii(クラミドサウルス・キンギイ)だったりする。
他にも哺乳類や両生類に「最初爬虫類かと思った」「竜っぽいじゃん」とかいった理由で付けられていたり。
ちなみに女性形は"saura"。MaiasauraとかLeaellynasauraとか。
よく年配の方に"~ザウルス"と発音なさる方がおられるが、あれはきっとドイツ語訛り。
医学や生物学の先進だったドイツを、手本にしていた時代の日本の名残であろう。
英語訛りだと"~ソーラス"だが、ハリウッドの恐竜映画が席巻しても発音まではさすがに浸透しないようだ(ホッ)。
※注4:
ヘビなどもそうだが、脊椎のやたら多い連中って骨格図は書きにくい。
まずメンドクサイのはもちろんだが、
きっちり下書きしとかないと途中で脊椎の大きさや繋がり方が不自然になったりする。
時間もなかったので、よってこの図はたいへんイイカゲンである。
大体の雰囲気だけで勘弁してください。
※注5:
もともと双葉層群はサメの歯が大量に見つかるらしいが、フタバサウルスの発掘時もそうだったようだ。
一部、歯がフタバさんの骨に刺さっていたりもしたらしい。
ちなみに鈴木直先生は現在主にサメの化石を研究しておられる。
BLOG内関連記事:
・ibaraki nature museum: 鈴木直先生の講演会があったので茨城県自然博物館に行ってきた。
・reptile evolutions:complex and processive "爬虫類"の系統。
・dino=phylogenetics:1 "恐竜"と"爬虫類"の系統。
・vertebrata01 /02 脊椎動物。
・gecko:skelett トッケイヤモリ全身骨格標本
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ps,
090128: renew the top photo.
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すばらしい解説で、とても勉強になりました。
ところでドラエモンの「ピー助」は卵から生まれたのですが本当は違うのですねー。
いわき市石炭・化石館の方ですか?
素晴らしい博物館と聞くので、
私もそろそろ一度は足を運びたいと考えるものですが、
なかなか…
首長竜が胎生であるという説は、
親の胎内に胎児の化石が収まった形でよく発見されているから
というのが主な理由からだと思います。
実際肺呼吸であったろう彼らが卵生であるのはちょいと無理がありそうですもんね、
ウミガメのように浜に上がれそうでもないし。