Be Organic

女性の美と幸福の源は オーガニックです

侍JAPAN 桜咲く

2009年03月25日 | スポーツ
祝、WBC2連覇!
そう簡単にはいかないとは思っていましたが、こうまで苦しむとも思いませんでした。

とりわけ韓国とは、どの試合も意地と意地とが激しくぶつかり合うタフなものになりました。決勝も9回にダルビッシュが打たれたときは、”これはダメかも・・・”と思いましたもの。

今回、イチローが非常に苦しみました。
適時打はおろか走者を送ることもできず、四球も選べない。”調子が悪い”では済まされない内容に、週刊誌やスポーツ新聞だけでなくファンからさえ、「イチロー批判」が出てくる有様でした。

前回大会では、イチローはかなり自由に振舞っていたと思います。彼がリーダーシップを取っていたように見えて、じつは宮本や谷繁らベテランが陰で、選手それぞれの話を聞いたり、練習の手伝いなど地味な役回りを引き受けて、チームを下支えしていたといいます。

ところが今回は、イチローが年長者です。しかしイチローは、本来リーダータイプではありません。
同年代の小笠原は言葉や態度で引っ張るというより、背中を見せて促すタイプ。稲葉は時間をかけて相手の中に入ってゆくタイプです。イチローと小笠原、稲葉らの間で、リーダーシップの取りかたについて話し合うことは、ほとんどなかったのではないでしょうか?

リーダーとしての役割を期待されているのに、どういうスタイルにしたら良いのかわからない。加えて自分の結果も出ない。
優勝直後のインタビューで、イチローが涙をこらえながら努めて明るく受け応えするのを見て、私は彼の苦悩の深さと、果てしない孤独を感じました。
それでもイチローが最後に口にしたのは、全ての人への「感謝」。彼は本当に、「山」を越えたのかも知れません。

救いは、「イチローさんや小笠原さん、稲葉さんに頼ってばかりじゃなくて、僕ら中堅が引っ張っていかないと」という青木の言葉にありました。今回彼や川崎が、プレイ以上に確たる自覚を持ってチームを支えていました。
彼らがいなかったら、特に韓国戦で負けたとき、チームが空中分解していた可能性もあったと思います。

前回のチームとはまた違う、今回のチームの雰囲気。
前のチームは、日本へ帰ったら敵同士として戦えるか心配になったほどの連帯感でしたが、今度のチームは、このまま日本へ帰っても覇を競えそうです。
現代的な、クールで若々しく、でも内側は熱い、そんなチームになりました。

最後の東京ブルートレイン

2009年03月13日 | 世の中のこと
急行「銀河」がなくなって1年。とうとう東京発着のブルートレインが全て消えることになりました。

私にとって、ブルートレインを見に行くといえば、東京発着の列車でした。上野発のブルートレインは出発が遅く到着は早朝で、見に行きづらかったのです。
東京発着の列車は横浜駅に停まってくれるうえ、自宅から近かったので、よく見に行ったものです。

上野発着の夜行列車は、ブルートレインといえども、どうも演歌っぽくなってしまう感じがします。対して東京発着のブルートレインは、フォークやロックのノリ。未知の土地へのあこがれ、好奇心、冒険心を掻き立てる存在だったように思います。

今は子供の頃から海外旅行に行けてしまう時代です。でも私が子供の頃は、九州さえ遠い遠い夢の存在。ブルートレインはそんな果てしない場所を想うよすがでもありました。
「はやぶさ」は22時間、「富士」は24時間以上の走行時間というスケールの大きさも、列車の魅力でした。
特に「富士」なんて、東京駅を出発するとき、前日に出発した「富士」が、なんとまだ終点に着いていないんですよ!今じゃ考えられないでしょう?
そんなスケールの大きい列車に、いつか乗りたいと思っていました。でも、利用者が減り、走行距離も列車編成もどんどん短くなり、逆に料金は新幹線より割高に。「はやぶさ」も「富士」も、往年の輝きを失ってゆきました。

上野発着の「あけぼの」「北陸」大阪発着の「日本海」は残ります。でも、車両が老朽化しており新造車もなく、順次消えてゆくのでしょう。
寝台列車はいずれ、「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」「サンライズ」だけになるのかも知れません。

とら吉 元町をゆく

2009年03月08日 | 
3月7日の「めざましテレビ」に登場した、元町の猫「とら吉」。彼は私の知り合いです。

動物の撮影は大変な労力が要ります。撮影は4日間に及んだのですが、そのうち1日は彼が全く姿を見せず、完全な”空振り”。
姿を見せればご覧の通りのこきたない顔。あんまり黒ずんだ顔をしているのでご主人が顔を拭こうとすると、嫌がる始末。気ままな彼のベストショットを撮るため、スタッフやご主人はたいそう苦労したとか。
得体の知れない機械と人間に追いかけ回されることにとら吉も疲れてしまったようで、撮影翌日はぐったり。あんなに疲れきった彼の顔は、見たことがありません。
苦労の甲斐あってか、放送された映像はあまりにいつも通りなので、大笑いしました。

こやつね、いつもの居場所の洋品店にいるときは、ほとんどされるがまま。私はとら吉のあたまをクリクリとなでるのが、気持ちよくて、癒されて、楽しくて大好きなんです。
ところが仲通りで出会うと、知らんぷりしてスタコラ通り過ぎてゆくんですよ。名前なんて呼んでも無駄です。野良の常で、いくつも名前を持っているんですから。

ところが一度、ズタボロでうす汚れた猫が3丁目の裏を歩いているなあと思って、よーく見たらとら吉なんです。あまりの様子に思わず「とら吉、お前どうしたの?!」と声をかけたら、そういう時に限って、まさに”猫撫で声”で擦り寄ってくるんです。こちらの服が汚されそうだったので、この時は「コラ、寄るな」って逃げました。

テレビを見て「会いたい!」と思った方、彼はいつも洋品店にいるわけではありません。去勢していないので特にこれから”さかり”がつき、そうなると1週間くらい行方不明になります。ご注意を。

私がとら吉に初めて会ったのは、9年ほど前でしょうか?街が静かになった夜の9時過ぎ、現在改築中の横浜銀行元町支店の裏口にいつもうずくまっていました。
この頃から寄ってゆくと「ニャオ」と鳴いてすり寄ってくる、人懐っこい猫でした。でも、しっぽのちぎれた様子がまだ痛々しく、彼なりに苦労してきているのだろうと思われました。

当時は店の前で餌をねだって大声で鳴いて、近所のおでん屋さんの女将さんからは嫌われていました。誰か餌を与える人もいたようで、やがてとら吉の居場所になっていた銀行の裏口にも「猫に餌を与えないで下さい」という貼り紙がされるようになりました。
それから少しして、彼は一度姿を消しました。

それから、数ヶ月してからでしょうか?次にとら吉と会ったのが、今の居場所になっている洋品店の店先でした。彼のご縁でこの洋品店で普段着を買うようになり、餌を差し入れたり、お返しにお菓子をいただいたりしています。とら吉の友達で、いつも朝ごはんを一緒に食べているという、ミニチュアシュナウザーのゴンちゃんとも仲良くなりました。

今日もとら吉は、デカい顔して元町を闊歩しています。