ROCKSTARS

all about my favorite Rocks.

ラフ・ダイアモンド

2023-11-29 10:32:06 | band

ラフ・ダイアモンド Rough Diamond


活動期間
  1976年~1977年


メンバー
  デヴィッド・バイロン/David Byron(vocals)
  デイヴ・"クレム"・クレムソン/Dave "Clem" Clempson(guitars)
  デモン・ブッチャー/Damon Butcher(keyboard)
  ウィリー・バス/Willie Bath(bass)
  ジョフ・ブリットン/Geoff Britton(drums)



 「ラフ・ダイアモンド」は、コロシアムやハンブル・パイのギタリストとして知られるデイヴ・"クレム"・クレムソンが1976年5月に「スティーヴ・マリオット・オール・スターズ」から離れたのちに、ユーライア・ヒープを脱退したデヴィッド・バイロンと1976年9月に結成したハード・ロック・バンドである。
 ドラムスには元「ポール・マッカートニー&ウィングス」のジョフ・ブリットンが、キーボードに
は元「スティーヴ・マリオット・オール・スターズ」でクレムソンとバンド・メイトだったデモン・ブッチャーが、ベースにはブリットンの紹介で彼の古い友人であるウィリー・バスが加わった。
 バンド名は「ダイアモンドの原石」という意味である。


 1976年の終わり頃からレコーディングを開始し、1977年春にアイランド・レーベルからデビュー・アルバム『ラフ・ダイアモンド』をリリース。
 アルバム・リリース後はピーター・フランプトンのアメリカ・ツアーにオープニング・アクトとして参加している。
 当時一部では「新たなスーパー・グループの結成」と注目されたが、吹き荒れるパンク、ニュー・ウェイヴ旋風によってその後は話題に上ることも少なくなり、レコード・セールスも低迷した。


 1977年秋にデヴィッド・バイロンが脱退すると、バンドは新たなヴォーカリストとしてゲイリー・ベルを迎え入れ、「チャンピオン」と改名して再スタートを切った。
 バイロンは、脱退後ソロ活動を経て「デヴィッド・バイロン・バンド」を結成した。     



【ディスコグラフィ】

 <アルバム>

  1977年 ラフ・ダイアモンド/Rough Diamond US103位


【メンバー変遷】

#1 1976.9~1977.9
  デヴィッド・バイロン(vocals)※ex. Uriah Heep
  デイヴ・"クレム"・クレムソン(guitars)※ex. Steve Marriott's All Stars
  デモン・ブッチャー(keyboard)※ex. Steve Marriott's All Stars
  ウィリー・バス(bass)
  ジョフ・ブリットン(drums)※ex. Wings


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『テイク・ノー・プリズナーズ』(デヴィッド・バイロン)

2023-11-27 23:25:15 | albums

テイク・ノー・プリズナーズ Take No Prisoners


【歌】
  デヴィッド・バイロン/David Byron


【リリース】
  1975年3月


【録音】
  1975年1月
   モーガン・スタジオ(ロンドン)
   ラウンドハウス・スタジオ(ロンドン)



【プロデューサー】
  ピーター・ギャレン/Peter Gallen

  デヴィッド・バイロン/David Byron


【エンジニア】
  アシュリー・ハウ/Ashley Howe



【レーベル】
  ブロンズ・レコード/Bronze Records
  マーキュリー・レコード/Mercury Records



【収録曲】
 side:A
  ① マン・フル・オブ・イエスタデイズ 5:36
    Man Full of Yesterdays(David Byron, Mick Box, Lou Stonebridge)
  ② スイート・ロックンロール 2:49
    Sweet Rock 'n' Roll(Lou Stonebridge, Tom McGuinness)
  ③ スティーミン・アロング 5:09
    Steamin' Along(David Byron, Mick Box, Denny Ball, Pete Thompson, Lou Stonebridge)
  ④ シルヴァー・ホワイト・マン 3:29
    Silver White Man(David Byron)
  ⑤ ラヴ・ソング 2:56
    Love Song(David Byron, Mick Box, Lee Kerslake, Lou Stonebridge)
 side:B

  ⑥ ミッドナイト・フライヤー 5:55
    Midnight Flyer(Lou Stonebridge, Tom McGuinness)
  ⑦ サタデイ・ナイト 2:16
    Saturday Night(Lou Stonebridge)
  ⑧ ローラー・コースター 3:58
    Roller Coaster(David Byron, Mick Box, Denny Ball, Lee Kerslake, Lou Stonebridge)
  ⑨ ストップ(シンク・ホワット・ユア・ドゥーイング) 4:16
    Stop (Think What You're Doing)(David Byron, Lou Stonebridge, Tom McGuinness)
  ⑩ ヒット・ミー・ウィズ・ア・ホワイト・ワン 3:53
    Hit Me with a White One(David Byron, Mick Box, Lou Stonebridge)


【録音メンバー】
  デヴィッド・バイロン/David Byron(vocals)
  ミック・ボックス/Mick Box(guitars)

  ルー・ストーンブリッジ/Lou Stonebridge(keyboards)
  デニー・ボール/Denny Ball(bass)
  リー・カースレイク/Lee Kerslake(drums)
  ピート・トンプソン/Pete Thompson(drums②③④⑥)

  ケン・ヘンズレー/Ken Hensley(acoustic-guitar⑩)
  ジョン・ウェットン/John Wetton(mellotron①⑤)
  チャンター・シスターズ/Chanter Sisters(backing-vocals)
  マーサ・スミス/Martha Smith(backing-vocals)
  ニール・ランカスター/Neil Lancaster(backing-vocals)
  チャス・ミルズ/Chas Mills(backing-vocals)
  ラス・ストーン/Russ Stone(backing-vocals)
 

【チャート】
 1975年週間アルバム・チャート  圏外


【メ  モ】
 ユーライア・ヒープのリード・ヴォーカリスト、デヴィッド・バイロンのファースト・ソロ・アルバム。
 レコーディングには、ゲイリー・セインを除く当時のユーライア・ヒープのメンバー全員が参加している。なおジョン・ウェットンはこの後ヒープに加入する。
 キーボードを担当したルー・ストーンブリッジは元「マッギネス・フリント」、ベースのデニー・ボールは元「ベドラム」のメンバー。
 アルバム・タイトルは、「(敵を皆殺しにして)捕虜にしない」「(敵に)情けをかけない」という意味である。 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『誇り高き言霊』(ケン・ヘンズレー)

2023-11-27 16:26:32 | albums

誇り高き言霊 Proud Words on a Dusty Shelf


【歌・演奏】
  ケン・ヘンズレー/Ken Hensley


【リリース】
  1973年


【録音】
  1971年11月、1972年11月 ランズダウン・スタジオ(ロンドン)


【プロデューサー】
  ジェリー・ブロン/Gerry Bron



【エンジニア】
  ピーター・ギャレン/Peter Gallen



【レーベル】
  ブロンズ・レコード/Bronze Records


【収録曲】
 side:A
  ① 夕闇 4:35
    When Evening Comes(Ken Hensley)
  ② ときおり 3:35
    From Time to Time(Ken Hensley)
  ③ 王座なき国王 3:51
    King Without a Throne(Ken Hensley)
  ④ 雨に寄せる抒情 3:14
    Rain(Ken Hensley)
  ⑤ 誇り高き言霊 3:10
    Proud Words(Ken Hensley)
 side:B

  ⑥ 宿命 5:22
    Fortune(Ken Hensley)
  ⑦ 邪悪な貴婦人 3:36
    Black-Hearted Lady(Ken Hensley)
  ⑧ 過去に住む女 3:10
    Go Down(Ken Hensley)
  ⑨ 孤独の嘆き 5:27
    Cold Autumn Sunday(Ken Hensley)
  ⑩ 最後の詩 2:48
    The Last Time(Ken Hensley)


【録音メンバー】
  ケン・ヘンズレー/Ken Hensley(keyboards, guitars, vocals)
  ゲイリー・セイン/Gary Thain(bass)
  デイヴ・ポール/Dave Paul(bass)

  リー・カースレイク/Lee Kerslake(drums)
 

【チャート】
 1973年週間アルバム・チャート  オーストラリア57位


【メ  モ】
 ユーライア・ヒープのキーボード奏者、ケン・ヘンズレーのファースト・ソロ・アルバム。
 『悪魔と魔法使い』と『魔の饗宴』の制作の合間をぬってレコーディングした。
 ユーライア・ヒープのゲイリー・セイン(bass)とリー・カースレイク(drums)がリズム・セクションを務めており、その他の楽器とヴォーカルはすべてヘンズレーが手がけている。 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ケン・ヘンズレー

2023-11-23 11:22:19 | keyboard

ケン・ヘンズレー Kenneth William David "Ken" Hensley

 【パート】
   オルガン、キーボード、ギター、ヴォーカル 

 【生没年月日】
   1945年8月24日~2020年11月4日(75歳没)

 【出生地】
   イングランド ロンドン

 【経歴】
   Kid & The Saracens(1963~1965)
   The Jimmy Brown Sound(1965~1967)
   ゴッズ/Gods(1967~1969)
   クリフ・ベネット・バンド/Cliff Benett Band(1969)
   トー・ファット/Toe Fat(1969)
   ヘッド・マシーン/Head Machine(1969)
   スパイス/Spice(1969)
   ユーライア・ヒープ/Uriah Heep(1969~1980)
   Shotgun(1981)
   Ken Hensley Band(1981~1982)
   ブラックフット/Blackfoot(1982~1985)
   Ken Hensley & Visible Faith(1999)
   Hensley Lawton Band(2000~2001)
   Ken Hensley/John Wetton(2001)
   Ken Hensley & Free Spirit(2002)
   Ken Hensley & The Viking All-Stars Band(2005)
   Ken Hensley & Live Fire(2006~)  


 ケン・ヘンズレーはイギリスのキーボード奏者。
 ハード・ロック・バンド「ユーライア・ヒープ」の初代キーボード奏者として知られている。
 ユーライア・ヒープ在籍時はオルガン、ギター、ソングライターとしてバンドを支えた。


     


 ヘンズレーは、ロンドン南東のプラムステッドで生まれ、ハートフォードシャー州スティーヴニッジで育った。
 12歳の時に、バート・ウィードンの教則本でギターを弾き始める。
 1960年、従兄弟たちと組んだ「The Blue Notes」というバンドにギタリストとして参加する。The Blue Notesは、その年9月にスティーヴニッジのメントモア・ペン・ファクトリーで演奏したが、これがヘンズレーの初めてのステージ体験である。その後は「The Blue Stars」「Ken & The Cousins」などというバンド名で活動を続ける。
 1963年、「Kid & The Saracens」のメンバーとなる。これがヘンズレーのプロ・ミュージシャンとしての始まりである。このバンドにはすでにギタリストが2人いたため、ヘンズレーはキーボードを担当することになった。
 Kid & The Saracensはベン・E・キングのイギリス公演で彼のバック・バンドを務めることになったこともあったが、結局これは実現しなかったという。


 1967年、ミック・テイラー(guitar, のちローリング・ストーンズ)やジョン・グラスコック(bass, のちジェスロ・タル)らとともに、自身がリーダーのバンド「ゴッズ」を結成する。
 ゴッズにはその後ベースにポール・ニュートンやグレッグ・レイクが、ドラムにリー・カースレイクが在籍している。
 1968年10月には、ヘンズレー(vocal, keyboard, guitar)、ジョー・コーナス(guitar, vocal)、ジョン・グラスコック(bass)、リー・カースレイク(drums)というメンバーで、デビュー・アルバム『ジェネシス』を発表。
 しかし1969年2月には、アルバム1枚(解散後にセカンド・アルバムを発表)、シングル3枚(解散後に4枚目のシングルを発表)を残してバンドは解散した。


 この後ヘンズレーは、親交のあったクリフ・ベネット(vocal)のバンドに加入し、シングル「Memphis Streets」の録音に参加(同年6月リリース)した。
 このバンドは、同年6月にジョン・グラスコック(bass)とリー・カースレイク(drums)という、いずれもゴッズの元メンバーを加え、「トー・ファット」として活動を開始する。
 1969年11月にトー・ファットを脱退したヘンズレーは、ゴッズの元メンバーらとともに覆面グループ「ヘッド・マシーン」名義でのアルバム制作を企画し、11月から12月にかけてアルバム『Orgasm』を制作する。


 1969年12月、キーボード奏者を必要としていた「スパイス」に加入。
 スパイスは、ゴッズ時代のバンド・メイトであるポール・ニュートンが在籍していたバンドで、その他のメンバーは、ミック・ボックス(guitar)、デヴィッド・バイロン(vocal)、アレックス・ネピアー(drums)だった。
 ヘンズレーの加わったスパイスは、プロデューサー兼マネージャーのジェリー・ブロンの提案で「ユーライア・ヒープ」と改名する。


     


 ユーライア・ヒープは1971年に発表したアルバム『対自核』でブレイクすると、続く『悪魔と魔法使い』『魔の饗宴』と立て続けにヒット・アルバムを発表し、ディープ・パープルやブラック・サバスと並ぶ世界的なハード・ロック・バンドとして認知されるようになった。
 ヘンズレーは、ユーライア・ヒープではキーボードとギターを担当したほか、メインのコンポーザーとして多くの代表曲を書いている。バンド最大のヒット曲であるシングル「安息の日々」(全米39位、1972年)もヘンズレーのペンによるものであるが、この曲は移動中の車の中で誰かが発した「これって悠々自適な生活だね」という言葉をきっかけに、わずか15分で書き上げたという。
 オルガン奏者としてのヘンズレーは、ジョン・ロード(ディープ・パープル)らと並ぶ1970年代のハード・ロック界を代表するオルガニストとして人気を博した。時には音色を歪ませた彼のハモンド・オルガンは、重厚なヒープ・サウンドには欠かせないものであった。
 全盛期を迎えたユーライア・ヒープにあって、ヘンズレーはミック・ボックスやデヴィッド・バイロンらとともに主要メンバーとしてをバンドを支えていたが、1979年に加入したジョン・スローマン(vocal)のパフォーマンスに対して抱えていた不満が大きくなり、それが原因となって11年在籍したヒープを去るのである。アルバム『征服者』発表直後の1980年9月のことであった。


     


 ユーライア・ヒープ脱退後、ヘンズレーは拠点をアメリカに移し、「ケン・ヘンズレー・バンド」を組んでソロ活動を展開する。
 ヘンズレーはすでに1970年代にソロ・アルバムを2枚(1973年『誇り高き言霊』、1975年『愛と苦悩』)と、ソロ・シングル1枚(1975年『In the Morninng』)をリリースしており、1981年には3枚目のソロ・アルバム『フリー・スピリット』を発表した。
 1982年にはフロリダのバンド「ブラックフット」に参加、1985年まで在籍。


 1985年からは音楽活動を休止してミズーリ州セントルイスに居住していたが、1989年に「W.A.S.P.」のアルバム『The Headless Childrenn』で第一線に復帰、活動を再開する。
 1990年には「シンデレラ」のサード・アルバム『ハートブレイク・ステーション』にゲスト参加。
 2000年にはユーライア・ヒープ時代のバンド・メイト、ジョン・ロートンとのバンド「ヘンズレー・ロートン・バンド」を結成。
 2001年12月7日、ロンドンのシェパーズ・ブッシュ・エンパイアで行われた「マジシャンズ・バースデイ・パーティ」でジョン・ロートン(vocal)とともにユーライア・ヒープのステージに客演した。このコンサートはアルバム『真・魔の饗宴〜ライヴ2001』としてリリースされている。
 2002年にはジョン・ウェットンとのコラボレーション、21年ぶりのソロ・アルバム『Running Blind』をリリース。またこの年にはデイヴ・キルミンスター(guitar)、アンディ・パイル(bass)、ピート・ライリー(drums)と自己のバンド「ケン・ヘンズレー & フリー・スピリット」を結成するなど、精力的な活動を続けた。
 2006年には新たな自己のバンド「ケン・ヘンズレー & ライヴ・ファイア」を結成したほか、2007年と2012年にはグレン・ヒューズとコラボレーションしている。
 2013年には、ユーライア・ヒープ時代の1973年以来、40年ぶりに来日して、5月28日~29日に高田馬場AREAでライヴを行った。


     


 2020年11月4日、家族に看取られながら、スペインの自宅で死去。75歳であった。
 2021年3月には、遺作となるソロアルバム『My Book of Answers』が発表されている。



【ディスコグラフィ】(☆=ライヴ・アルバム ★=コンピレーションアルバム)

 <ソロ・アルバム>
  1973年 誇り高き言霊/Proud Words on a Dusty Shelf 全豪57位
  1975年 愛と苦悩/Eager to Please
  1980年 フリー・スピリット/Free Spirit
 ★1990年 The Best of Ken Hensley
 ★1994年 From Time to Time
  1999年 A Glimpse of Glory
 ★2000年 Ken Hensley Anthology
  2002年 Running Blind
  2003年 ザ・ラスト・ダンス/The Last Dance
 ★2004年 ザ・ウィザーズ・ダイアリー・ヴォリューム・ワン/The Wizard's Diary Vol. 1(※CD&DVD)
  2005年 Cold Autumn Sunday
 ★2006年 Elements – Anthology 1968 To 2005
 ★2006年 Inside the Mystery
  2007年 Blood on the Highway
  2012年 Love & Other Mysteries
 ☆2013年 Live Tales
 ★2018年 Rare & Timeless
  2021年 My Book of Answers(※遺作)

 <ゴッズ>
  1968年 ジェネシス/Genesis
  1970年 トゥ・サミュエル・ア・サン/To Samuel a Son
  1976年 The Gods Featuring Ken Hensley

 <トー・ファット>
  1970年 Toe Fat

 <ヘッド・マシーン>
  1970年 Orgasm

 <ユーライア・ヒープ>
  1970年 ユーライア・ヒープ・ファースト/...Very 'Eavy ...Very 'Umble US186位、日本41位
  1971年 ソールズベリー/Salisbury US103位、日本47位
  1971年 対自核/Look at Yourself UK39位、US93位、日本5位
  1972年 悪魔と魔法使い/Demons and Wizards UK20位、US23位、日本28位
  1972年 魔の饗宴/The Magician's Birthday UK28位、US31位、日本43位
 ☆1973年 ユーライア・ヒープ・ライヴ/Uriah Heep Live UK23位、US37位、日本22位
  1973年 スイート・フリーダム/Sweet Freedom UK18位、US33位、日本45位
  1974年 夢幻劇/Wonderworld UK23位、US38位、日本76位
  1975年 幻想への回帰/Return to Fantasy UK7位、US85位、日本74位
 ★1976年 ベスト・オブ・ユーライア・ヒープ/The Best of Uriah Heep US145位
  1976年 ハイ・アンド・マイティ/High and Mighty UK55位、US161位
  1977年 ファイアフライ/Firefly、US166位
  1977年 罪なきいけにえ/Innocent Victim
  1978年 堕ちた天使/Fallen Angel US186位
  1980年 征服者/Conquest UK37位
 ☆1986年 Live at Shepperton '74
 ☆1986年 Live in Europe 1979
 ★1993年 The Lansdowne Tapes
 ★1996年 A Time of Revelation(※CD-BOX)
 ☆1997年 Live in San Diego 1974
 ☆2002年 真・魔の饗宴〜ライヴ2001/The Magician's Birthday Party(※スペシャル・ゲストとして参加)

  
  ユーライア・ヒープ1973  左からミック・ボックス、デヴィッド・バイロン、ゲイリー・セイン、ケン・ヘンズレー、リー・カースレイク

 <ブラックフット>
  1983年 革命と反乱/Siogo US82位
  1984年 ヴァーティカル・スマイルズ/Vertical Smiles US176位

 ☆1998年 キング・ビスケット・ライヴ/King Biscuit Flower Hour Presents Blackfoot Live 1983

 <ヘンズレー・ロートン・バンド>
 ☆2001年 The Return
 ☆2001年 Salisbury Live

 <ケン・ヘンズレー & ジョン・ウェットン>
 ☆2002年 More Than Conquerors
 ☆One Way Or Another

 <ケン・ヘンズレー & ライヴ・ファイア>
  2011年 Faster
 ☆2013年 Live Fire
  2013年 Trouble
 ☆2019年 Live In Russia

 <参加アルバム>
  1971年 Weed...!(Weed)
  1975年 テイク・ノー・プリズナーズ/Take No Prisoners(デヴィッド・バイロン)
  1989年 The Headless Children(W.A.S.P.)
  1990年 Heartbreak Station(Cinderella)
  1999年 Midnight Daydream(Bruce Cameron)
  2004年 The Human Equation(Ayreon)
  2007年 Gothic Kabbalah(Therion)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『レイジング・サイレンス』(ユーライア・ヒープ)

2023-11-22 13:00:55 | albums

レイジング・サイレンス Raging Silence


【歌・演奏】
  ユーライア・ヒープ/Uriah Heep


【リリース】
  1989年5月


【録音】
  1988年12月~1989年3月
  PRT・スタジオ(ロンドン)

  ボートハウス・スタジオ(ロンドン)
  ルースター・スタジオ(ロンドン)



【プロデューサー】
  リチャード・ドッド/Richard Dodd



【エンジニア】
  リチャード・ドッド/Richard Dodd


【レーベル】
  レガシー・レコード/Legacy Records(UK)
  エニグマ・レコード/Enigma Records(US)



【収録曲】(☆シングル=①②)
 ☆① ホールド・ユア・ヘッド・アップ 4:33
    Hold Your Head Up(Rod Argent, Chris White)
    *1989年4月リリース

 ☆② レッド・ローズ 4:10
    Blood Red Roses(Peter Goalby)
    *1989年7月リリース

  ③ ヴォイス・オン・マイ・TV 4:20
    Voice on My TV(Mick Box, Phil Lanzon)
  ④ リッチ・キッド 4:49
    Rich Kid(Trevor Bolder)
  ⑤ クライ・フリーダム 4:34
    Cry Freedom(Mick Box, Phil Lanzon)
  ⑥ バッド・マン 4:11
    Bad Bad Man(Phil Lanzon)
  ⑦ モア・フール・ユー 3:34
    More Fool You(Mick Box, Phil Lanzon)
  ⑧ ウォー・イズ・オーヴァー 5:09
    When the War Is Over(Steve Prestwich)
  ⑨ ライフライン 4:53
    Lifeline(Rod Roddy, Leon Medica, Fergie Frederiksen, Tony Haselden)
  ⑩ ラフ・ジャスティス 4:21
    Rough Justice(Mick Box, Phil Lanzon, Trevor Bolder, Bernie Shaw)


【録音メンバー】
 ☆ユーライア・ヒープ
   バーニー・ショウ/Bernie Shaw(lead-vocals)
   ミック・ボックス/Mick Box (guitars, backing-vocals)
   フィル・ランゾン/Phil Lanzon(keyboards, backing-vocals, strings-arrangements)
   トレヴァー・ボルダー/Trevor Bolder(bass, backing-vocals)
   リー・カースレイク/Lee Kerslake(drums, backing-vocals)
 ☆ゲスト・ミュージシャン

   ブレット・モーガン/Brett Morgan(drums)
   フランク・リコッティ/Frank Ricotti(percussion)
   マリア・ザコジワ/Maria Zackojiva(Russian spoken words⑤ )
 

【チャート】
 1989年週間アルバム・チャート  スイス26位


【メ  モ】
 ユーライア・ヒープ17作目のスタジオ・アルバム。
 このアルバムは、CDとしてリリースされたユーライア・ヒープの初の作品である。
 タイトルの『レイジング・サイレンス』(荒れ狂う沈黙)は、マンフレッド・マンズ・アース・バンドが1976年に発表したアルバム『ローリング・サイレンス』(轟音のような沈黙)に呼応したもの。

 本作からヴォーカルはカナダ人の元ストレイタスのバーニー・ショウに、キーボードは元グランプリのフィル・ランゾンに交替している。
 アルバムからのファースト・シングル「ホールド・ユア・ヘッド・アップ」は、1972年にアージェントが全米5位に送り込んだヒット曲のカヴァー。
 セカンド・シングル「レッド・ローズ」は、前ヴォーカリストのピート・ゴールビーの作品である。
 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ミッキー・ウォーラー

2023-11-12 23:05:33 | drums

ミッキー・ウォーラー Michael "Micky" Waller

 【パート】
   ドラムス 

 【生没年月日】
   1941年9月6日~2008年4月29日(66歳没)

 【出生地】
   イングランド ロンドン、ハマースミス

 【経歴】
   ザ・ファビュラス・フリーラッカーズ/The Fabulous Flee-Rakkers (1960)
   ジョー・ブラウン & ザ・ブルバーズ/Joe Brown & Bruvvers
   シリル・デイヴィス R&B オールスターズ/Cyril Davies R&B All Stars (1963)
   マーティ・ワイルド & ザ・ワイルドキャッツ/Marty Wilde & The Wildcats(1964)
   ジョージー・フェイム & ザ・ブルー・フレイムス/Georgie Fame & The Blue Flames (1964)
   ザ・トリニティ/The Trinity(1964~1965)
   スティームパケット/Steampacket(1965~1966)
   ブライアン・オーガー & ザ・トリニティ/Brian Auger & The Trinity (1966)
   ジン・メイオール & ザ・ブルースブレイカーズ/John Mayall & The Bluesbreakers(1967)
   ジェフ・ベック・グループ/Jeff Beck Group(1967~1969)
   スティームハマー/Steamhammer(1969)

   シルヴァー・メーター/Silver Metre(1969~1970)
   パイロット/Pilot(1970~1971)
   ロング・ジョン・ボルドリー・ブルース・バンド/Long John Baldry Blues Band
   デラックス・ブルース・バンド/Deluxe Blues Band(1980年代)
   テリー・スミス・ブルース・バンド/Terry Smith Blues Band(1980年代)
   サム・ミッチェル・バンド/Sam Mitchell Band
   トニー・アシュトン・バンド/Tony Ashton Band
   ジョージー・フェイム・バンド/Georgie Fame Band
   フラコ・ヒメネス・バンド/Flaco Jimenez Band
   ダウンタウン/Downtown(1990年代)
   ミッキー・ウォーラー・バンド/Micky Waller Band(1993~1997)


 ミッキー・ウォーラーは、1960年代から2000年代にかけて活躍したドラマーである。
 おもにブリティッシュ・ロック・シーンにおいて、ジェフ・ベックなど数々のビッグ・ネームと共演したことで知られる。

 セッション・ドラマーとして、数多くの英米のミュージシャンと仕事をしている。


 1941年、西ロンドンのハマースミスで生まれる。
 1960年にプロ・ドラマーとなる。
 プロになって最初に参加したバンドは「ザ・ファビュラス・フリーラッカーズ」である。ジョー・ミークのプロデュースでリリースしたシングル「グリーン・ジーンズ」は、全英シングル・チャートで23位のヒットを記録している。
 間もなく脱退したウォーラーは、ジョー・ブラウン & ザ・ブルヴァーズを経て、1963年7月にカルロ・リトルの後任として「シリル・デイヴィス R&Bオールスターズ」に加入。当時のシリル・デイヴィス R&B オールスターズのラインナップは、シリル・デイヴィス(vocal, harmonica)、ロング・ジョン・ボールドリー(vocal)、ジェフ・ブラッドフォード(guitar)、クリフ・バートン(bass)、キース・スコット(piano)、ミッキー・ウォーラー(drums)だった。
 ところが1964年1月7日にデイヴィスが死去すると、バンドはロング・ジョン・ボルドリーに引き継がれ、「フーチー・クーチー・メン」と改名する。これを機会にウォーラーは脱退、同年「マーティ・ワイルド & ザ・ワイルドキャッツ」に加入した。ワイルドキャッツ時代には、リトル・リチャードの英国ツアーに2度参加している。


 この時期のウォーラーは短期間にいくつものバンドを渡り歩いている。
 ワイルドキャッツを短期間で脱退すると、1964年7月にフィル・シーメンの代役として「ジョージー・フェイム & ザ・ブルー・フレイムス」に加入。この年はさらに11月に「ブライアン・オーガー・トリニティ」に加わっている。
 1965年7月、ロング・ジョン・ボルドリーによって結成された「スティームパケット」のメンバーとなる。このバンドは、フーチー・クーチー・メンにトリニティが合流して発展したもので、ロング・ジョン・ボルドリー(voval)、ロッド・スチュワート(vocal)、ジュリー・ドリスコル(vocal)、ヴィック・ブリッグス(guitar)、ブライアン・オーガー(keyboard)、リック・ブラウン(bass)、ミッキー・ウォーラー(drums)がそのラインナップであった。
 スティームパケットがスチュワートとボルドリーの脱退により1966年5月に解散すると、ウォーラーはブライアン・オーガーがドリスコールを加えて再び組んだトリニティに参加。この時のメンバーは、ジュリー・ドリスコール(vocal)、ブライアン・オーガー(keyboard)、ヴィック・ブリッグス(guitar)、リック・ブラウン(bass)、ミッキー・ウォーラー(drums)であった。
 1967年4月には「ジョン・メイオールズ・ブルース・ブレイカーズ」のメンバーとなり、ステージを数回共にした。この頃のメンバーは、ウォーラーのほかジョン・メイオール(vocal, guitar, keyboard)、ピーター・グリーン(guitar, vocal)、ジョン・マクヴィー(bass)、ミッキー・ウォーラー(drums)である。
 しかしメイオールが必要としていたのは常任のドラマーだったため、ウォーラーはすぐにキーフ・ハートリーと交替している。


 1967年8月、ウォーラーはスティームパケットでバンドメイトだったロッド・スチュワートとともに、エインズレー・ダンバーの後任として「ジェフ・ベック・グループ」に加わった。この時のメンバーは、ロッド・スチュワート(vocal)、ジェフ・ベック(guitar)、ロン・ウッド(bass)、ミッキー・ウォーラー(drums)である。このメンバーでイギリス、アメリカへのツアーを行った彼らは、1968年にアルバムの制作を開始する。
 1968年8月、ジェフ・ベック・グループのファースト・アルバム『トゥルース』が発表される。
 のちのハード・ロックに通ずるよりヘヴィなブルースは支持され、ビルボード15位のヒットを記録したが、音楽的な妥協をしないベックはより重厚なドラマーを求めるようになっていた。これを受けてマネージャーのピーター・グラントは、1969年2月11日にウォーラーとウッドを解雇した。ふたりは新たなバンドの結成を考えたが、ウッドはベックの希望によって呼び戻されたため、その計画は消滅した。
 ウォーラーはジェフ・ベック・グループを離れた直後の1969年2月に、マーティン・ピュー(guitar、のちアルマゲドン)が在籍していた「スティームハマー」に加入したが、同年6月には脱退している。



ジェフ・ベック・グループ。右からミッキー・ウォーラー、ジェフ・ベック、ロン・ウッド、ロッド・スチュワート


 同じく1969年、ウォーラーはロッド・スチュワートの初のソロ・アルバム『ロッド・スチュワート・アルバム』の録音に参加。このアルバムにはロン・ウッド(guitar)、イアン・マクレガン(keyboard)、マーティン・ピュー(guitar スティームハマー、のちアルマゲドン)、キース・エマーソン(organ)、マーティン・クイッテントン(guitar スティームハマー)なども参加している。
 ウォーラーはその後の『ガソリン・アレイ』『エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー』『ネヴァー・ア・ダル・モーメント』『スマイラー』の4枚のアルバムにも参加している。なお『スマイラー』のオープニング曲「スウィート・リトル・ロックンローラー」ではウォーラーの愛犬の鳴き声を聞くことができる。


 1969年6月にスティームハマーを離れたウォーラーは、その年ロサンゼルスに渡り、「ブルー・チアー」のギタリストとして知られていたリー・スティーブンス、のちジェファーソン・エアプレインのメンバーとなるピート・シアーズ(bass & keyboard)、ジャック・レイノルズ(vocal)とともに、新バンド「シルヴァー・メーター」を結成。
 彼らはロンドンのトライデント・スタジオでアルバムをレコーディングした。これはマネージャーでFMロック・ラジオのパイオニアであるトム・ドナヒューがプロデュースを担当し、ナショナル・ジェネラル・レーベルからリリースされた。
 シルヴァー・メーターは1970年11月に解散したが、ウォーラーとスティーブンスは元スティームハマーのマーティン・クイッテントン(guitar)、元ブルー・チアー~ミント・タトゥーのブルース・スティーブンス(keyboard, guitar)、元キース・ティペット・グループ~ロバート・ワイアット~エルトン・ディーンのネヴィル・ホワイトヘッド(bass)を加えて「パイロット」を結成するが、アルバム『Pilot』を制作した後、ウォーラーはバンドを離れた。


 1970年代以降のウォーラーは、主にセッション・ドラマーとして活動するほか、ロックとブルースのフィールド両分野で活動を続けた。
 1971年には「ロング・ジョン・ボルドリー・ブルース・バンド」に加わる。このバンドは、ボールドリーの初のアメリカ・ツアーのために結成されたものであり、メンバーにはイアン・アーミット(piano)、ロッド・スチュワート(vocal)、サム・ミッチェル(guitar)、ピート・シアーズ(bass)らが名を連ねていた。
 1980年代初頭には、ジョー・アン・ケリー(vocal)、トニー・アシュトン(organ)とともに「テリー・スミス・ブルース・バンド」のメンバーとなった。また「サム・ミッチェル・バンド」でも演奏している。
 また1980年代には、ディック・ヘクストール=スミス(sax)とボブ・ブランニング(bass)とともに「デラックス・ブルース・バンド」にオリジナル・メンバーとして加わった。この時のラインナップは、ダニー・アドラー(vocal, guitar)、ボブ・ホール(piano)、ディック・ヘクストール=スミス(sax)、ボブ・ブランニング(bass)、ミッキー・ウォーラー(drums)である。
 一時期ウォーラーは「デラックス・ブルース・バンド」から離れてイタリアで演奏していたが、その後ロンドンに戻り、復活したデラックス・ブルース・バンドに参加してヘクストール=スミスとブランニング、そして新メンバーのデイヴ・ボーモント、アラン・ヴィンセント、フィル・テイラーとともに演奏した。
 その後はジョージー・フェイム・バンドや、自己のバンド「ミッキー・ウォーラー・バンド」などロンドン地域の多くのブルース系・バンドで演奏を続けた。晩年には法律の学位を取得し、未払いの使用料に対しての請求、それに対する支払いを勝ち取った。


 2008年4月29日、肝不全のため、ロンドンで死去。66歳だった。



 
ミッキー・ウォーラー(中)



【ディスコグラフィ】(☆=ライヴ・アルバム ★=コンピレーションアルバム)

 <スティームパケット>
  1970年 Rock Generation Vol.6-The Steampacket ※France1965年

 <ジェフ・ベック・グループ>
  1968年 トゥルース/Truth US15位

 <シルヴァー・メーター>
  1971年 Silver Metre

 <パイロット>
  1972年 Pilot
  1973年 Point of View

 <デラックス・ブルース・バンド>
 ☆1981年 Live At The Half Moon, Putney

  1981年 A Street Car Nemaed De-Luxe
  1983年 Urban De Luxe
  1988年 De Luxe Blues Band
  1988年 Motorvating

 <トニー・アシュトン・バンド>
 ☆1984年 Live In The Studio

 <参加アルバム>
  1968年 
   Don’t Send Me No Flowers(ソニー・ボーイ・ウィリアムソン/Sonny Boy Williamson)
  1969年
   Red Weather(リー・スティーブンス/Leigh Stephens)
  1970年
   An Old Raincoat Won’t Ever Let You Down(ロッド・スチュワート/Rod Stewart)
   ガソリン・アレイ/Gasoline Alley(ロッド・スチュワート/Rod Stewart)
   Befour(Brian Auger & The Trinity)
   Fly On Strangewings(Jade)
  1971年
   エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー/EveryPicture Tells A Story(ロッド・スチュワート/Rod Stewart)
   And A Cast Of Thousands(リー・スティーブンス/Leigh Stephens)
  1972年
   ネヴァー・ア・ダル・モーメント/Never A Dull Moment(ロッド・スチュワート/Rod Stewart)
   Everything Stops For Tea(ロング・ジョン・ボルドリー/Long John Baldry)
   Gone To My Head(アンディ・ボウン/Andy Bown)
   Somewhere(Mike Hugg)
  1973年
   Stress And Strain(Mike Hugg)
   Unfinished Picture(Rupert Hine)
  1974年
   スマイラー/Smiler(ロッド・スチュワート/Rod Stewart)
   The Adventures Of Valentine Vox The Ventriloquist(Chris Jagger)
   I’ve Got My Own Album To Do(ロン・ウッド/Ron Wood)
  1976年
   Mahoney’s Last Stand(ロン・ウッド&ロニー・レーン/Ron Wood & Ronnie Lane)
  1978年
   The Dragon(ヴァンゲリス/Vangelis)
  1981年
   Down The Road Apiece(Bob Hall & Dave Peaboy)
  1986年
   Earl’s Caught(Earl Okin)
  1988年
   Working Playtime(Billy Bragg)
  1997年
   Summerland(Pete Miller)※録音1966~1968年

 <シングル>
  1972年 ローリング・ストーン/Rolling Stone(スージー・クアトロ/Susie Quatro)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする