2009年夏の甲子園。6点リードした状態での9回表2アウト・ランナー無しから、高校野球史に残る怒涛の猛反撃をくらって降板した堂林翔太。極めて異例と言わざるを得ない、涙と反省の優勝インタビュー。
初めて聞く「価値基準」だった。
ずいぶん前の話になる。プロ注目の高校生投手が、夏の甲子園で早々に負けたときのことだ。試合後、ある放送局の記者に「今、感謝の気持ちをいちばん伝えたい人は誰ですか?」と聞かれ、その投手は涙をこらえ切れなくなってしまった。
よく見る光景ではある。うがった見方をすれば、テレビ取材でありがちな「泣かせるための質問」でもあった。
すると、近くにいた記者が「幻滅した」と吐き捨てるように言った。いわく、「甲子園で負けて泣くようなヤツは、プロでも大成しない」と。
一流のプロ野球選手の多くが甲子園で涙を見せていない!?
そのときは、そういうものかと思いつつも、そんな見方に抗う気持ちもあった。涙にもいろいろな種類があるし、あまりにも杓子定規に過ぎると思ったのだ。
ところが、そのとき号泣した選手は、大学、社会人を経て何とかプロ野球選手にはなったものの、時代を経るごとに輝きを失い、今では高校時代のスケール感はすっかり影を潜めてしまった。わかりやすくいうと、ぱっとしないのだ。
それからというもの、心のどこかで、そんな視点で選手を見るようになった。
負けたとき、この選手は、どんな表情を見せるのか――。
近年で、もっとも大量の涙を流した選手といえば、'09年夏、準決勝で敗れた花巻東の菊池雄星(西武)だろう。
慟哭。
そんな表現がぴったりなほど、菊池は激しい泣き方をした。
結論を下すのは時期尚早ではあることは承知の上だが、菊池も、前評判からすると、ここまでは結果を出せていない。
確かに、プロで一流と呼べる成績を残している選手の多くは、甲子園で涙を見せていない。
甲子園で負けた瞬間でさえ笑う……堂々とした選手。
'92年夏、2回戦で5連続敬遠を受けて敗れた星稜の松井秀喜(レイズ)の泰然たる態度は今や語り草になっているし、'95年夏、準々決勝で敗退したPL学園の福留孝介(元ホワイトソックス)も驚くほど淡々としていたと聞いたことがある。
実際に目撃した例でも、東北のエースだったダルビッシュ有(レンジャーズ)は、2年夏('03年)に決勝戦で敗れた時はそれこそ号泣していたが、3年夏('04年)は3回戦で最後の打者になったものの、見逃し三振をした瞬間、笑みさえ浮かべていた。
'06年夏、早実との決勝戦で敗れた駒大苫小牧の田中将大(楽天)もそうだった。斎藤佑樹の真っ直ぐに空振り三振を喫し、ゲームセット。そして、打席の中で、やはり笑っていたのだ。
彼らが泣かなかった理由――。
悔いがなかったから。感情を制御できていたから。甲子園はあくまで通過点で、もっと先を見ていたから。だいたいそんなところだろう。
2つ目と3つ目は、プロで活躍するのに必要な資質だ。そういう意味では、泣いてしまう選手は、やはりプロ向きではないのかもしれない。
甲子園で号泣した堂林翔太が、いま活躍している理由とは?
しかし現在、甲子園で号泣した選手が大活躍している。今季、広島のサードに定着している堂林翔太だ。
高卒3年目の野手で、ドラフト2位ということも考えたら、ここまでの働きは二重丸をつけていい。
'09年夏、日本文理との決勝を戦い終えた中京大中京のエースだった堂林は、お立ち台で泣きじゃくっていた。
「最後まで投げたかったんですけど……情けないんですけど……すいませんでした」
甲子園史上、優勝して謝った投手など堂林が唯一ではないか。
その試合の堂林は、先発しながらも調子が今一つでいったんライトに回っていたのだが、9回表、10-4と大量リードしていたこともあり再びマウンドに上がった。ところが、再び打ち込まれKO。その後、リリーフがしのぎ、チームは10-9で何とか逃げ切ったが、堂林の乱調で、あわや優勝を逃すところまで追い込まれてしまったのだ。
プロに入って、彼の性格はどちらに転ぶのか。
密かに注目していた。
単に泣くだけでなく「とにかくよく泣く」堂林の凄さ。
堂林は練習試合などでもよく悔し涙を流していたそうで、追いかけていたあるスカウトが、そんな堂林の涙に「妙に惹かれた」と語っている記事を読んだことがある。
つまり、そのスカウトは、堂林のそんな性格を好意的にとらえていたのだ。
そうなのだ。冒頭で紹介した選手も、決して「軟弱」だったわけではないと思う。ただ、純朴ではあった。
涙を弱さと捉えると否定的な見方になりがちだが、泣くということは激しさの裏返しでもある。純粋でも、とことん純粋であれば、それはエネルギー源になるのだ。堂林は、まさにそんな選手だった。
だからこそ、入団してから2年間、まったく一軍での出番がなかった悔しさをバネにし、3年目、ここまでの成績を残せているのだ。
そう言えば、勝って大泣きした選手がもうひとりいた。'06年夏、やはり全国優勝した早実のエース、斎藤である。
斎藤は、試合が終わり、応援スタンドにあいさつに行こうとした瞬間、普段は無口な部長に「お疲れさん」と肩を叩かれ、感情が一気にあふれ出してしまったのだ。
彼の涙も、やはり激しさの裏返しだった。
「甲子園で泣く選手=プロでは成功しない」――。
この法則は、まったく的はずれではないものの、やはり絶対的なものでもないのかもしれない。(Number Web)