アジアはでっかい子宮だと思う。

~牧野佳奈子の人生日記~

いのちを食べる生活

2008-03-20 | ボルネオの旅(-2009年)
今はちょうど、イノシシのシーズンらしい。

昨日、散歩に出て宿に戻ると、リアンのいとこが狩ってきたらしい体長1mほどのイノシシの頭が台所に置いてあった。
「何、これ?」
籠から鼻先だけが突き出ているその物体を、私は怪訝そうに眺めて聞いた。
「あぁ、もらってきたんだ。」
リアンは何気ない風に答えながら、不審がる私の様子を面白がるようにちょっとニヤけてみせた。近くで親戚の女の子がそわそわしながらリアンの後を付いて回っている。
「ふーん。」
私は既にリアンと女の子などそっちのけで、どう見ても獣らしきその物体に目を丸くして見入っていた。短い毛がまばらにツンツンと生えているその鼻先は、少し湿り気を帯び、表面のしわの溝の辺りから今にも独特の獣の臭いが漂ってきそうなほどリアルだ。

「やるか。」
しばらくしてリアンはその籠から獣を取り出し、台所のシンクの上に無造作にドンっとそれを置いた。


日本でも、この一人旅に出るちょうど直前にシシ鍋をご馳走になったばかり。
「イノシシってどうやって解体するんですか?」
私は一人目を丸くして聞いていた。

狩った獣を解体するには、まず血を抜いて内蔵を取り出し、いくつかのパーツに切り離す。そして表面を軽く焼くか、もしくは熱湯をかけて柔らかくし、一気に毛を剥ぎ落とす。

全てこっちで見て知ったことだが、この毛剥ぎの作業がなかなか面倒で手間がかかる。毛さえなくなれば、あとは細切りにして調理するだけ。
こっちでは、鍋に放り込むまでの全ての過程が「男の仕事」と決められている。


「頭は欲しがる人が少ないんだよね。」
リアンはそう言いながら、その頭の毛に付いた寄生虫を手でつまんでは捨てた。すぐ隣では女の子がその手さばきを観察している。私は、まだ目の玉が青いイノシシの頭をレンズ越しに眺め、2人の様子も眺めながら、声も出せずにただシャッターを切っていた。





日常の中に、真っ赤な血のついた肉の塊や、まだ顔の付いた獣がフツウにある、というのは何とも不思議な光景だ。日本でこの光景を再現したら、きっと教育委員会かどこかからお叱りが来るに違いないが、ここではこれが「当たり前」。初めこそ驚いたものの、いちいち首をすくめてもいられない。

それでもやはり、台所に獣がもたらされる度に “不思議な” 気分になる。単なる “抵抗感” ではなく、“好奇心” でもない。心がシーンと静まりかえり、どこか安心するような、納得するような、しかし本当は逃げたいような、逃げたくはないような・・・。
ただ「これが現実なんだ」と目の前の光景を受け入れ、一体化していく感覚に、ある種の爽快感を覚えたりもする。


大学の頃に、友達同士で鶏の解体をしてみたことがある。
養鶏場で一羽の鶏をもらってきて、川辺で皆で首を絞めた。
肉を食べるということはどういうことなのか?・・・“いのち” に対するそんな “分からなさ” が、じわじわと広がり始めていた頃だった。

去年暮れから再びそういった類いの話題や議論を何度か聞いている。けれど、家畜を殺めて肉を得る過程は極端に私たちの日常から離れていて、教育やら食育やらで “いのち” の大切さが謳われる割に、一番大切な血なまぐさい部分は相変わらずタブーなまま。私を含め社会派の人たちがいくらその現状を疑問視したところで、“いのちを食べる” 実感が得られるようになるはずはない。


ところで、血を見たあとに食べる肉は、別に血の味がするわけではない。
・・・いやしかし、大学のあの時は確かに食べる時に抵抗感があったことを思うと、私が精神的に強くなったのか? それとも図太くなったのか・・・?
肉は肉の味がして変わりなく美味しいし、逆に丸々と肥えた鶏なんかを見たら、つい「おいしそ~・・・」と思ってしまう。

もちろん、仕留めた獲物の肉を無駄にすることはない。
村の誰かが大きなイノシシを担いで帰った日には、村のあちこちでバーベキューの煙が上がる。解体した肉がそれぞれに配られ、もしくは売られて何十人分もの御馳走になるのだ。



「狩り」や「獣」や「解体」など、日本の今までの生活ではまるで経験したことのない現代っ子の私が、それらを目の前にし、受け入れ、自分の日常感覚の一部にまで昇華させようとしている。そしてなぜかそれが、私にとっては実に “心地いい” 毎日で、とても “落ち着く” 空間になっている事実に、何より “不思議な” 感覚を覚える。
きっと、少なくとも人生の中で一度でもこうした経験を得られたことは、すごく幸せなことなんじゃないかと思う。


今夜も、村の誰かが銃を持って森に入る。

明日のご馳走は・・・・・サル? かもね。




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