独白

全くの独白

残雪の山(紙一重である生死の①)

2017-01-17 15:29:56 | 日記
世の中には骨折など大怪我をし易いタイプと、し難いタイプとがあるらしい。私は後者であるが大けがをし掛けたり死に掛けたりした事は何度かある。
或春に残雪の山を歩いて居た。冬の装備を持って居らず訓練を受けた事も無いので雪の上は春にしか歩かない。それでもピッケルは勿論、樏やスコップ、アイゼンも持参するのでザックは結構重い。春でも高い山は冬同然なので二千メートル位迄と決めている。それでも雪の降る事はある。その時も雪、当然霧も深く、良く知った山ではあるが間違えて降りてしまった。どこもかしこも雪なのでどこでも歩ける自由さが堪能できる代わりに迷い易いのである。下りるに連れて、登った時とは全く違う険しさに成り、上りでは聞こえて居なかった沢の音が大きく成って来るので、それがはっきりするという事が多く、この時もそうであった。
私は予備日を一日取る事にしているし、残雪の時期には良くある事なので別に焦りはしない。冬のように長く荒天が続く事も先ず無いので下山は一日伸ばす事にして上り返した。だが何せザックは重く険しさはひどく、殊にそれが無駄なアルバイトであるが故に、幕営に適した場所に辿り着いた夕刻には予想以上に疲労困憊して居た。途中、疲れて眠くなり前のめりに雪中に倒れ込んでみると、不思議に冷たくも寒くも無い。さわさわと顔に当たる風が寧ろ心地よい。此の儘にして居れば軈て眠り込んでしまって死ぬ事が「できそう」な気さえした。
ザックを下しても体は重く、やっとの事でテントを張ると靴を脱ぐのももどかしく中に入りコンロとランタンに火を点けた。そして乾いた服に着替えようと靴下を脱ぐと足が冷たさで濃い紫色になっていた。寒くて唇が、という時とは全く違うその色を初めて見たので、青くなってカイロをあてがったり懸命に撫でたりさすったりして居たが色は全く褪せない。軈て食欲の全く無い中、猛烈な睡魔に襲われて寝袋に潜り込むと、夢現に「切断か、とんでも無い親不孝をしてしまった」等と思い乍らもすぐに寝入ってしまった。(続く)