ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

少女は過去を見送る。 アリソン・アトリー【時の旅人】

2008-09-30 | 岩波書店
 
夏には時間旅行もの。
これがひそかな約束事でしたのに、今年は今頃に…。
田中啓文【忘却の船に流れは光】も読み終えてみればそういうネタなのですが、でも、そのつもりで読んでいなかったので除外。

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 時の旅人
 著者:アリソン アトリー
 訳者:松野正子
 発行:岩波書店
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なんと上品で優しい物語であることか。
岩波少年文庫。こういうのを読んで大きくならなきゃだめなんだよ!ほんとは!と、思わずおもってしまうような作品でした。

19世紀、ガス燈が電燈に代ろうかという頃のロンドンに住む少女ペネロピー。
体が弱く夢見がちな幼い娘を心配した母親が故郷に住むおばさんに頼んでくれたおかげで、空気の良い田舎での暮らしがはじまります。
優しいおじさんとおばさん。のどかな農場の暮らし。
ペネロピーは生来の元気を体に取り戻していきますが、それと同時に歴史のある荘園サッカーズの土地と古くから愛されてきた家で暮らすうち、不思議な力も強まることに。
その力とは、彼女のおばあさんも持っていたという別の次元を視る力。
彼女は300年の時を遡り、その家に暮らしていた人々の姿を幻視するようになり、やがてペネロピーはその姿を視るだけでなく、彼らの生きる時代に入り込んでしまうのです。
それはエリザベスとメアリ・スチュアートの時代、イングランドの過渡期であり、サッカーズの若き当主アンソニーは幽閉されて久しい女王メアリの脱出を画策中でした。
300年後の人々からみれば未来からやってきたペネロピーは、もちろん、アンソニーにも女王メアリにも、先の希望がないことを知っています。
そうでありながらも、彼らの幸せを願い、歴史上の事実の間で心を痛めるペネロピー。
けれども、彼女は時を違えた来訪者でしかなく…。

過去の大事件に絡んだ時代に主人公が入り込んでしまうという物語は数多くありますから、主人公が過去の人々とどのように交わったか、どのような時間を共有したかが、その作品の雰囲気を決めるとなるわけですが、この物語はなんともいえずそれがあたたかいのです。
主人公が、男勝りでも、腕に覚えありでもない、おそらくは著者の少女時代が投影されている普通の少女だからでしょうか。
たくさんの植物の香りや、丁寧な手仕事の肌ざわり。
自分の生まれ育った土地を愛する人々の素朴な愛情。
働き者の手の感触や、愛情から生まれる祈り。
そういったもので、ペネロピーが行き来する過去と現在の両方が満たされていて、良い意味でとても女性的で優しい物語になっています。
過去と、ペネロピーの現在にいる、ふたりのおばさんがことに印象的。
素朴で美しい母性を感じさせる存在でした。






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2 コメント

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やはり名作ですね (ときわ)
2008-09-30 14:09:09
名作ということで名前だけは以前から知っていたこの物語を、最近読みました。そしてやっぱり名作だわ、と思いました。

私は、過去のフランシスの立場でペネロピーを見てとても切なかったです。過去の人たちの中でフランシスだけは、かなり本当のことが分かっていたのではないかしら。そしてペネロピーのことが好き。どんなにか「行かないで、ここにいて」と思ったでしょう。
映画「エリザベス・ゴールデン・エイジ」を見たあとだったので、エリザベス女王はケイト・ブランシェット、メアリ女王はサマンサ・モートンのイメージで読みました。
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ときわさま (きし)
2008-10-01 07:34:49
こんにちは。
いてほしい、いてもらえないことも分かっている。それはペネロピーの、いたい、でもいられないと分かっていることと対になって淡い想いの切なさも倍増でした。
子供時代に出会ったふたりだからこそですよね。
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