抑制が効いた文章から、実直で謙虚なお人柄があふれてくるようです。
寛いだ姿勢で読みながらも、気分は「お話を拝聴」。
事物はじまりの物語/旅行鞄のなか
著者:吉村 昭
発行:筑摩書房
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歴史小説に数々の有名作を持つ著者が、様々な物事の「始め」を語った『事物はじまりの物語』が、この本の前半。
例えば、スキーの始まり。先日のソチオリンピックで活躍したジャンプの選手のお名前の由来ともなったレルヒ大佐も登場します。
歴史に根差した「はじまり」のいろいろ。
多岐にわたる話題から、著者の作品への興味も湧いてきます。
そういえば、S・M夫人お薦めのクマの話も読んでない…。
あれもこれもと、作品が頭に思い浮かべながら、読み進めていくことになりました。
後半は『旅行鞄の中』。
もともと2冊だった本を1冊にまとめたのがこの文庫です。
取材旅行で訪れた先の風物、人情を語る後半は、先日読んだ高峰秀子さん編集の『おいしいおはなし:台所のエッセイ集』よりも、胃袋直撃の感があります。
登場するのは、朝しか開いていないうどんやさんや、町の料理屋さんだったりと、グルメの旅とかそういうものではなく、なんというか、こう、少しもよそ行きではない、気取らない日常の延長にあるおいしさが伝わります。
足を運び、勘で探した良い店を載せた自分だけの地図を描けるような著者は、率直に店のもてなしを褒め、土地の物を活かした味を愛で、取材旅行を仕事の実りだけではない、人生の楽しみにして過ごしてきたのだわ、としみじみ。
そして、お土産も欠かさないのです。
そのお土産がだしとりようの小魚だったりするのも、旅慣れている証拠でしょうか。
でも、意外にお酒の量がたっぷりしているので、そこにはちょっと驚きました。
料理屋さんのカウンターで食事、町のバーで一杯、そして、その後ホテルのバーで水割りを飲み直して、就寝。
暴飲暴食な印象はありませんが、ホテルのバーで締めるところまでとは、在りし日のお写真からは想像もしていませんでした。
人が人の中で生きることの機微や禍福がふとしたところに表れる文章には、至言めいたことも説教臭いことも大袈裟には書かれていないし、肩の力を抜いて書かれた雰囲気もありますのに、義理と人情の道を踏み外すことなく、けれども、しっかりと自分の道筋を見極め歩いたの強さを感じました。
もしかしたら、史実の中に人を見つめ、描きだした作家への尊敬がそう思わせるのかもしれません。
>寛いだ姿勢で読みながらも、気分は「お話を拝聴」。
うふふ。祖父の弟の大叔父が家に訪ねてきたみたいな感覚でしょうか(^o^)/
いなかったんですけどね、実際には。
この本を読みながら、私はnarkejpさんを思いだしていました。きっとお好きかもと。