ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

内堀 弘【ボン書店の幻―モダニズム出版社の光と影】

2013-02-27 | 筑摩書房

ノンフィクション続きでもう1冊。
これもタイトルに惹かれてつい買ってしまった本です。

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 ボン書店の幻―モダニズム出版社の光と影

 著者:内堀 弘
 発行:筑摩書房
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ボン書店とは1930年代にあった詩集を出版していた小さな出版社です。
…というのは、この本で知りました。
「刊行者」として記されていたのは「鳥羽茂」という名前。
ボン書店の書物は皮張りなどの豪奢で重量のあるものではなく、「鳥羽茂」のセンスによってすべてが吟味された美しく小さな詩集。
モダニズム詩の中心となって、新鋭詩人の詩集や詩の雑誌などを刊行していたのだそうです。
そのボン書店、実は「刊行者」である「鳥羽茂」ただひとりの書店でした。
古書店を営む著者は、ボン書店が世に送り出した瀟洒な書物をきっかけに、今はわずかに名を残すのみのボン書店と「鳥羽茂」が如何なる存在であったのか、そしてその背景となった詩の潮流を描いていきます。

まるで自分でその足跡を消していったかのように、と、著者が思うほどに「鳥羽茂」についての記録はわずかなものでした。
日本の詩が語られる時、ほんの一時代にその名の現れるボン書店と「鳥羽茂」。
その果たした役割の鮮やかさに反比例するように、それ以前の「鳥羽茂」も、それ以後の「鳥羽茂」も朧な像を浮かび上がらせるのみです。
けれども、著者は丹念に資料をあたり、人を訪ね、本をつくることで自らを表現した「鳥羽茂」の姿を追っていきます。
不連続な点としてあらわれるエピソード。
調べるほどに、読み進めていくほどに、その影は薄くなっていくように思えます。
詩を美しい本という形で世に送り出したボン書店と「鳥羽茂」を語れる人がこれほどに少ないとは。
わずか200部や500部ほどの発行部数でも売り切れることはなく、本を出せば出すほどに苦しくなったと想像されるボン書店。
それでも、ボン書店は詩に対しての情熱を失うことはなかったようです。
けれど、その代わりのように蝕まれていったものが鳥羽本人の命でした。
やがて、ボン書店からの新刊はなくなり、鳥羽は死んだらしいという噂が広まります。
訃報ですらが、風の便りでしかないというはかなさ。

この本はまず1992年に白地社というところから単行本が発行されました。
そして筑摩書房からの文庫化。
もし単行本を読まれ、印象深く記憶されている方には、単行本で筆がおかれたその後が語られている文庫版のあとがきは必読だと思います。
いかにもノンフィクションらしい抑制をもって対象を語ってきた作品でしたが、このあとがきでは、ようやく知り得た鳥羽茂最晩年の地を訪ねる著者の姿が描かれます。
著者が目にした風景は鳥羽茂の書いた詩に重なるものでした。
時を経て明らかになる、人の存在の跡のはかなさと、人が成したことの結果の確かさ。
これがノンフィクションであるということがあまりにもせつない終わりです。




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