ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

イサク・ディーネセン【不滅の物語】

2013-06-23 | and others

『バベットの晩餐会』から続けてイサク・ディーネセン。
7編を収めた短篇集です。

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 不滅の物語

 著者:イサク・ディーネセン
 訳者:工藤 政司
 発行:国書刊行会
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表題作の『不滅の物語』。
血も涙もなく仕事一筋で生き、老いた商人ミスター・クレイは、昔、ある船乗りに聞いた話を思い出し、自分に仕えるエリシャマに話しかけたところ、その話は自分も知っていると言われてしまう。どの船でもどの港でもきくことのできる船乗りたちのおとぎ話だと。
それをきいて、ミスター・クレイはどうしたか。
それが実際に起こったことではないのだとしたら、私がそれを現実に起こし、事実にしてみせようと言いだすのです。
人を思うままに動かそうとするミスター・クレイ。
その老人の命令を自分の思惑によって実行するエリシャマ。
おとぎ話を演じるために選ばれる女性ヴィルジニと、船乗りポール。
事の顛末はいかに、という物語です。

収められているのは他に、『満月の夜』、『指輪』、『カーネーションを胸に挿す若い男』、『悲しみの畑』、『エコー』、『女人像柱』の全部で7編。
ひねり過ぎていない、でも、全部が想像通りではなく、読んでいてほどの良いおもしろさがありますが、そのおもしろさが私にとっては、意外というか、ちょっと妙な感じです。
登場するのは著者の略歴からも想像しやすい富裕層の人々で、物語は、その境遇はどうあれ、彼らにとっての日常を描くところから始まります。
そこから物語を転換するのは、非日常的な飛躍。

例えば『エコー』。
歌うことをやめたプリマドンナが、かつての自分の声で歌う少年に出会う物語です。
少年とのレッスンの日々が描かれ、読みながらも、この蜜月にやがてくる終わりを予感するわけですが、その終わりのきっかけは「血」。
血を吸われた!彼女は魔女だ、悪魔だ!と少年はパニックを起こしてしまいます。

…はい?

たとえば、『満月の夜』。
主人公の若き領主が恋人と散歩を楽しんでいるところです。お天気も良く、恋人も愛らしい。
まあ、彼女が人妻であることはイレギュラーかもしれませんが、そう珍しいことでもないでしょう。
そんな前半から一転、主人公の心に差す一族の暗い過去。
ある男の陰惨な死の光景です。
『悲しみの畑』にしてもそうです。
静かな夜明けから始まるのは、人の命のかかった過酷な収穫作業なのです。

読んでいる時には流れで読んでしまっていますが、ちょっと立ち止まって考えると、すごいな、なんだか、と思ってしまいます。
思えば、物語とはそういうものなのでしょうね。
読んでいておもしろかったのは、この作りものっぽさだった気がします。
それでいて、作品自体はとても静かな印象であり、その余韻もしみじみとしたもの。
こういうわけのわからない転機を迎えいれながら、人の物語はいつの間にか終わってしまうものなのかもと思わされてしまいます。
バベットさんもいきなり宝くじ当たってたしね、と、なんとなく納得。

私としては『指輪』の若妻と、『カーネーションを胸に挿す若い男』の当の青年のその後がとても気になります。
結婚指輪を失ったことで何とも言えないものと繋がれてしまったと思う若妻は、それを嘆くより、時折、その得体の知れなさを楽しみながら生きるのか、それともやっぱり恐れながら生きるのか。
勝手に、幸運の象徴とも、不運の象徴ともされてしまった青年自身の物語はいったいどのようなものだったろうか。
やっぱり、何だか妙なおもしろさだったと思います。
ほんとはもっと深読みするものなのでしょうけれど。




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