裏表紙の説明文はこう。
『オンボロ車でふらりと牧場に乗り込んできたカウガール、友人の姉と恋に落ちる15歳の少年、泥棒を殺害した移民と奇術師の友情、トラックが故障してひまわり畑で立ち往生する兄妹―表舞台とは無縁の彼らにも人生の落とし穴があり、喜びと悲しみの溢れる一瞬がある。孤独、挫折、そして愛をかみしめながら生きる人々の姿を、シンプルに文章と独特にリズムで丁寧に描いた短篇12作。』
改めて読んで、ああ、そういう物語があったと思った。
表紙の装画は松尾たいこという方。
巡礼者たち
著者:エリザベス・ギルバート
訳者:岩本 正恵
発行:新潮社
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これは『オンボロでふらりと牧場に乗り込んできたカウガール』の物語のイメージかと思う。
12篇の短篇のうち、最初の1篇なので印象深い。
物語の中での、その夜、彼女は旅立ちはしなかったけれど、いつか来たときと同じようにふらりと出て行くのだろうか。
冷たい空気と冴えた夜空と、意志の強い女の子の横顔が浮かぶような作品だった。
訳者のあとがきによれば「巡礼者」は”PILGRIM”。
「新たな土地を目指す人」という意味を含むそうだ。
彼女はいつかまたどこかへ旅立つのだろうか。
好きな作品だったのは『花の名前と女の子の名前』。
将来画家となる青年が最初の一枚の絵を描いたきっかけの物語。
世間知らずの青年がナイトクラブの舞台で見た魅力的な歌手。
前座でしかない彼女に魅せられた青年は夢中で彼女に会いに行く。
彼女を絵に描きたい、と。
彼は、彼女の歌も何も覚えていなかったけれど、その姿は口紅の色さえも目に焼き付けていた。
彼女の楽屋を出た後、彼は絵を描き始める。けれど彼自身を満足させるものには永遠にならない。
『魅力的な人物を描ける自信はあった。それでもその絵は、あのつかの間の夢のような瞬間を不器用に描いたものにしかならない定めであることも、心のどこかでわかっていた。』
若くして満たされないものを知ってしまった彼は、一緒に住んでいる大叔母が、ゆりいすで何かつぶやいているのに気がつく。
老いてしまった彼女は、花の名前と女の子の名前を繰り返し口にするばかりだったが、その姿はそれでもどこか堂々として見えた。
彼は『お話をしてもらうのを待つ子どものように』大叔母の膝に頭を乗せる。
彼女の老いて萎びた、恐らくは小さくなってしまった手が青年の頭を撫でてくれる。
彼女が過ごしてきた年月がそうさせた条件反射のような動作だが、その単純さがとても優しいものに思えた。
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