「『風と木の詩』を通しで読んでいたら牛乳屋さんが来ちゃった。」
と、里帰り中の、私がこよなく愛する友人S・M夫人が言ったのを聞いて、そう言えば私はそれを通読していないのでは?と気がついた。
それとは竹宮惠子の『風と木の詩』である。
発端は、S・M夫人のブログ。
『ファンシィ・ダンス』に出てきたロスマリネと呼ばれていたお坊さんの名前はなんだったか?』で、これは記憶力確かな友人がソッコーで解決してくれたという話。
ちなみに答えは『明軽寺のロスマリネ・晶慧さま』。
「ロスマリネってよくわからなかったんだよね~。」
「え、読んでないんだっけ?『風と木の詩』。」
「多分、全部は読んでない。綺麗な男の子たちの話だよね。」
「そうそう。」
「セルジュとベルナールだっけ?」
「…ジルベールだよぉ。きしちゃ~ん。」
「…申し訳ない。」
こんな私に、S・M夫人は翌日『風と木の詩』の文庫版を持ってきてくれた。
全8巻。私も新聞配達屋さんのバイクの音を聴くまでかかってしまった。
かの有名な『風と木の詩』。
一家言お持ちの方も多い作品だと思う。
S・M夫人の妹君の友人R嬢は、最終巻を読んだ翌日、泣き腫らした眼で出かけざるを得なかったという物語。
Amazonではこのように説明されている。
『19世紀後半、フランスのラ・コンプラード学院 ― 美少年二人の生き方を通して 愛と制を大胆に描いた、話題の大長編ドラマ!! 』
え~と、おそらく「制」は「性」であろうと思われます。
天使と見紛う美貌、柔らかな金髪の少年、ジルベール・コクトー。
黒い瞳と鳶色の肌を持つ聡明な少年、セルジュ・バトゥール。
愛されること、自分の存在を無条件に受け容れてもらうことへの満たされぬ渇望を抱えるジルベールと、健やか過ぎるほどの健やかな精神を持ちながら、やはり癒されぬ孤独を奥底に秘めたセルジュが出遭うことから始まる物語。
清廉なセルジュは、常識的な尺度でいうと背徳にまみれたジルベールに果敢に歩み寄り、真っ当な道へ、光溢れる世界へ連れ出そうとするなかで、反目しあいながらも、ジルベールに強烈に惹かれていく。
神という概念を持つということは罪という概念を持つこと。
西洋の神はそれはそれは厳しい。
その世界において同性愛は罪とされる。
さらに、その美貌と特殊な幼年期から、ジルベールが幼くして、愛されることを肉を伴う行為として知ってしまっていること、それを求める体質ということが問題を大きくしているが、この物語は、最終的には理解しあうことができないだろう性質の人間が、互いを必要な存在、互いの半身とまでと感じてしまったことの悲劇だと思う。
セルジュとて、一点の陰りも無い幸せの中に生きてきたわけではないが、基本的に太陽のほうを向いて歩いて行くことを良しとする健やかさを持っている。
愚直なまでの健全さと感情の豊かさが彼の美しさの源である。
その健全さのために彼はジルベールを心身ともに愛することに躊躇しつづけるのだが、一旦、彼への自分の気持ちを自覚してしまったら、後は引き返すことをしない。
異質な存在であるジルベールを中心として歪んでいながらもそれなりの均衡を保っていた世界が、セルジュの登場によって、大きく激しい感情の渦をつくる。
ジルベールという存在に近く近く寄り添っていくセルジュ。
次第に明らかになるジルベールの支配者、戸籍上の叔父であるオーギュストとの関係。
そして、オーギュストからの略奪。
庇護から離れたふたりだけの生活。その果てに訪れる永遠の喪失。
残るのはジルベールの想い出という甘美な呪縛のみである。
最後を迎えて、私は泣くよりもほっとしてしまった。
これで、ジルベールは完全に開放された。
生きるという最大の束縛から。
自由になった魂は白い鳥となって愛する者のところへ戻るのである。
読み終えて疲れ果てた。
登場人物たちが繊細すぎてつらいのである。
ところで「ロスマリネ」だが、セルジュとジルベールたちのいる学院寮の生徒総監だった。
金髪碧眼。プラチナブロンドの長い髪。白の王子と呼ばれる美貌の少年。
生徒たちを厳しい規律で従える彼。
なるほど晶慧さまは「明軽時のロスマリネ」。
納得である。
書名:風と木の詩
著者:竹宮 惠子
発行所:中央公論社
セルジュのお父さん、アスラン(?)が病弱な身体に、暖かな日差しのような心をもち
ジルベールの父・・・名前が出てこない(わすれちゃったです)・・がガラス細工のような容姿に、月の光のような青白い心をもったひとだったのが印象的
お母さんのパイヴァ(?でしたっけ)がとてもすてきで好きだった記憶があります。
最後のあたりは実は覚えていません。
コミックでまとめ読みをし
苦しくなってよまなかったのかもしれません。
吉田秋生のバナナフィッシュをなんとなく思い出しました。
これは色合いは違いますが、むぎこにとってよんでて苦しい、ただ魅力的な作品だった気がします。
私は初めて読んだのは高1の時ですが、友達が途中までしか持っていなかったので、ず~っと後になってから自分で文庫版を買って、やっと最後まで読めたのでした。
学園を出てからが読めてなかったので、衝撃が大きかったですねぇ。
ん?ジルベールの父親って、確か実はオーギュでしたよね・・・? ん?
>読み終えて疲れ果てた。
さもありなん、と思います。 もし今、読めと言われたら・・・、つ、つらい。
ところで、ロスマリネって今聞くと、“マリネ”の響きがちょっと笑えます。
これと、栗本薫の『翼あるもの』(題名、うろ覚え・・・)だったと思います。
彼女は、JUNEを毎月、購入しているような人だったので、素直に言うことをきいてしまいました。
むぎこさま
私も、2人の父親は印象強いです。もし、アスラン(です)がオーギュスト(ジルベールの実の父親)と友達になっていたら、息子2人はああはならなかったかもと思ったり。
>吉田秋生のバナナフィッシュ
未読ですが、それと『トーマの心臓』と『風と木の詩』は並んで賞賛される作品だそうですね。
ちょっと検索をしたらラジオドラマ化されていたという情報がありました。声に橋本じゅんさんとか古田新太さん、佐々木蔵之助さんとかが出演でびっくり。
りなっこさま
再読、いかがですか
私の読んだ文庫版には後日談としてロスマリネ(確かにちょっと笑えるかも。)とジュールの再会のお話がありました。
>ジルベールの父親って
そうです、そうです。わかりやすく屈折してましたねぇ。いっそ、180度回転してわかりやすい愛情を示せるくらいだったら…。
koharuさま
>あなたには、刺激が強すぎるから
連載当時としてはそうだったかもしれませんね~。
でも今は現実にしても小説にしても何にしても、もっとすごいですから、今ならいっそ慎ましいくらいかもしれません。