ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

マシュー・ニール【英国紳士、エデンへ行く】

2012-06-27 | 早川書房
 
1857年、マン島人のイリアム・クイリアン・キューリ船長が密輸にあえなく失敗したところから始まる長編。
本編568ページ。

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 英国紳士、エデンへ行く
 English Passengers


 著者:マシュー・ニール
 訳者:宮脇孝雄
 発行:早川書房
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キューリ船長は事の成り行きで、3人の英国人を客として乗せ、出航することになる。
どこへ?
タスマニアへ。
何のために?
エデンの園を見つけ出しに!

そしてもうひとつ、<シンセリティ(誠実)号>の誠実ならざる面々の珍道中の始まる20年以上前にある出来事が始まっている。
英国によるタスマニアの植民地化。
略奪・強姦の結果として、先住民の女性と白人の男性の間に生まれた混血の少年を通し、先住民の絶望的な減少に至る過程をたどることになる。

ページが進むごとに少しずつ時間と距離を狭めていくふたつの出来事。
<シンセリティ号>がタスマニアに到着するとき、何が起こるのか。
著者は、19世紀半ばの30年ほどを、多くの人物を登場させ、それぞれの立場、視点から語らせていく。

エデンの園についての自分の学説にやる気満々の牧師。
人種についての自分の学説にやる気満々の医師。
なんにせよやる気のない植物学者。
キューリ船長にしても、最大の目的は手元に残った密輸品を売りさばき、損をせずに済むようにすること。
海の上では他に逃れようもないという事実だけが、かろうじて彼らをひとつの船に乗せているようなものだ。
<シンセリティ号>の上では、「同じ釜の飯を食う」ことの効果はさほどないらしい。

時を遡ったタスマニアでは、先住民たちが狩られ、あるいは、保護という名で拘束され、その数を減少させていく。
故郷から引き離された少年は、白人たちのことを知ろうと決意する。彼らに勝つために。
その母は、かたくなにに白人を憎み、殺そうとし続ける。
森に潜むことを選んでいた仲間たちも、やがてそれも叶わなくなる。
入植者たちは、先住民たちにとっては何の意味もない権威や彼らの神をふりかざす。
流刑地でもあったこの地では、脱獄囚も後を絶たない。

どのような事柄も多面的であり、それぞれの人にさまざまな思惑、言い分がある。
それは往々にして、我が身かわいさのものでしかなく、嫌になるほど、人々はわかりあうことができない。
少しずつ入り交じるさまざまな感情のなかで、もっとも率直に伝わるのが蔑みや敵意だとしたら、わかりあえるなどと思うところから始めてはいけないのだ。
では、どこから始めればいいのか。

それを探りながら読むことになる物語は、キューリ船長率いる<シンセリティ号>のドタバタでゆるくつなぎ、著者が辛口のユーモアで全体を包むため、思うほどには重くない。
ああ、ヒトってこんなにダメなのね、と、半ば笑ってしまうのだ。

やがて旅は終わる。
著者が準備した<シンセリティ号>の面々それぞれの行く末は、わかりあうためにはどこから始めればよいのかについての、この作品での答えでもあるだろう。


[読了:2012-06-20]






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