先日、「岡井隆歌集」(思潮社・現代詩文庫)について、ある会で短い発言をする機会があったので、そのメモランダムを書いておきたい。
この歌集は、黒瀬珂瀾さんが、岡井隆の初期から最近の歌集から約1200首をセレクトしたもの。大変な労作と思う。
ほんの数分だったので、次の3つに絞って話した。
①動詞の魅力
この歌集は、
暁の月の寒きに黒き松の諸葉(もろは)は白きひかりを含む 『O』(オー)
という一首から始まる。昭和20年、17歳のころの歌であるらしい。
アララギらしい自然描写の歌であるが、結句の「ひかりを含む」という表現に、のちの岡井調の前兆があらわれているように思う。
松の葉に月光が差している。この〈事実〉を、私たちはさまざまな表現で歌うことができる。
「松の葉に光が当たる」と言ってもいいし、「松の葉が月光に照る」と言ってもいい。作者によって無限の言い方がある。
しかし、岡井は、「白きひかりを含む」と表現した。そこに、紛れもない個性があるし、動詞の強さもあるのである。
松の葉が、まるで筆が水分を含むように、光を含んでいると把握する。そこにはおのずから、なまなまとしたイメージも生じてくることになる。光を物質化したような手触りを、読者は感じることになるのである。
動詞を、意外な形で用いることにより、歌に躍動感が生まれること。
岡井はそれを、最初期からよく認識していたし、現在もそれは変わっていない。
うつうつと地平をうつる雲ありてその紅(くれない)はいずくへ搬ぶ
『土地よ、痛みを負え』
泥ふたたび水のおもてに和(な)ぐころを迷ふなよわが特急あづさ 『鵞卵亭』
一首目の「搬(はこ)ぶ」、二首目の「和(な)ぐ」。
ちょっと気づきにくいが、どちらも普通の用法とは少しずらしたかたちで、動詞が用いられている。そして、この動詞のゆるぎなさが、歌の強さを確かなものにしている。
動詞とは、文体の根底にあるものであり、非常に身体的な言葉でもある。だから、動詞が生きている歌は、のびのびとした自在感を得ることにもなるのだと思う。
ライ麦の麺麭(パン)がこなれてゆくやうに風はふたたび南風(はえ)に変はりぬ
『ヴォツェック/海と陸』
近年のこの歌の「こなれてゆくやうに」なども印象的。
天動説を地動説が凌駕したときに、世界のあり方も変化したわけだが、
どのような動詞を選ぶか、というのは、世界をどのように見るか、という認識に深く関わっている。
これまでと異なるかたちで動詞が用いられたとき、私たちは、世界が少しだけ揺らいだような衝撃を受けるのである。
② 複数的な〈私〉
つめたさも此処までくれば射(さ)しこみてすがしと言はむ月光の父
『歳月の贈物』
不思議な歌であるが、あえて解釈すれば、次のように読むのであろう。
つめたさも此処までくれば(射しこみて)すがしと言はむ(月光の)父
つまり、
「つめたさも此処までくれば、すがしと言はむ父」に、「月光の」「射しこみて」が挿入されているような感じである。
この歌の中心には、あまりにもクールで、そこまでクールなら、あっぱれな父親だなあ、という感慨がある。俗な例をあげれば、息子が金銭的な苦境に陥っても、息子とは別人格だと割り切って、一切援助をしない父の姿を想像すればわかりやすいだろうか。
作者が自分の父に対して感じたのか、あるいは自分の子に対してそんなふるまいをしたのか、それはわからないが、何か作歌の動機になるような体験はあったのだろう。
ただそこに岡井は、〈月光が射しこむ〉というイメージを挿入する。
一首の中に、二つの意識の流れが入り込んでいると言っていい。
こうした複数の自己が同時にものを考えるような歌の作りが、岡井の歌の系譜には、いくつか存在しているように思う。
これは、永田和宏のいう「合わせ鏡構造」とも少し違っていて、上の句と下の句で、明確に分離されるものではない。意識が混じり合っていることが、あらわに見えてくる文体なのだ。
それがもっともわかりやすく表れているのが、カッコを用いた表現だろう。
冬螢飼ふ沼までは(俺たちだ)ほそいあぶない橋をわたつて 『神の仕事場』
*「冬螢」には「ふゆぼたる」のルビあり。
言葉の背後から、(俺たちだ)という自意識が、にゅっと顔を出すようなつくり。
解釈の難しい歌だが、(俺たちだ)という別の主体が唐突に割り込んでくる、意識の危うさのようなものは、確かに伝わってくる。
あるいは、口語と文語の混用も、二つの意識のせめぎ合いを感じさせるときがある。
自転車は弱者かすこし言はせて貰ふよろよろと輪がななめに危(あやふ)
「ななめに危(あやふ)」は文語体だが、そこに「少し言はせて貰ふ」という口語が入り込んでくる。自分のなかで、文語の〈私〉と口語の〈私〉が、いつのまにか会話をしているような趣である。自分のなかに、二つ以上の〈私〉を放し飼いにしているような感覚がおもしろい。
これは、特殊なことのようだが、私たちも日常的にはしばしば体験していることであろう。
さまざまな意識が、自分のなかに存在しており、あるときは勝手に動いている。だから、自転車を漕ぎながら別のことを考えるような芸当ができたりする。
あるいは、若いころの純粋な自分と、中年の感覚を身につけたずるがしこい自分が、同居していたりもする。
分裂しながら共存している〈私〉。それが、リアルな自己というものであろう。統一された自己なんてものは、本当は無い。
しかし、文学の表現においては、ついつい私たちは、統一的な自己・一貫した自己を求めがちである。だが、岡井隆の歌は、分裂しながらも緩くまとまっているような〈私〉の姿を、非常に生き生きと感じさせる。
岡井の自意識はじつに強烈だと思うが(つねに挑発しつづけ、批判と注目を浴びていたいという欲望はすさまじいものがある)、その意識は一定のかたちをとらず、つかみどころがなく揺れている。意識と無意識が融合したような、不思議なありかたを、言葉によって体現しているのだとおもう。
カッコつきの歌など、岡井の技法を摂取する歌人は少なくないが、ほとんどがうまくいっていないような気がする。
それは、岡井隆の〈無意識の豊かさ〉を、我々は容易に真似できないからではないだろうか。
③時代に対する敏感さ
2000年に刊行された『臓器』(オルガン)に、次のような歌がある。
後日、カザフの大統領が来日して天皇に語つた。「アフガニスタン
に大親分がゐましてナ、指令はそこから出るらしい」と
キルギスの辺境儀礼ひそやかに桂の枝を折りて焚きゆく
これは、日本人技師がキルギスで誘拐された事件(1999年)を詠んでいるのだが、この歌につけられた詞書(ことばがき)が興味深い。おそらくこれはビンラディンを指している。
アメリカの同時多発テロ事件が2001年だから、その少し前から、テロリストの存在を意識していたわけであろう。私を含めて、多くの日本人が、テロが起きて初めて、タリバンなどの暗躍を知ったはずで、こうした点における岡井のアンテナは、じつに敏感だと思う。
私は、福島の原発事故に対する岡井の認識については、明確に批判的な立場をとっている。
ただ、時代の流れをキャッチする動体視力のすごさには驚かされることが多い。
原発関係についても、『ウランと白鳥』(1998年)で、六ヶ所村の核燃料リサイクル施設を視察したときの歌を作っているのである。
つねに時代を先取りしようとする好奇心。そして、それが非常にうまくポイントをついていることは認めなければならない。
岡井はしばしば、皆の非難を浴びるような発言を平気でする。だから、それを批判するのはある意味でたやすい。
だが、私たちが岡井を批判するとき、後追いの立場で非難していることが多いのではないか。
比喩的な言い方をすれば、岡井を先回りした地点から、岡井を批判しなければ、本質的な批判にはならないのである。
* *
こんな長い内容、よく数分でしゃべりましたね。
そんなわけないでしょ。後知恵でいろいろと付け加えているのさ。
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