シュガークイン日録3

吉川宏志のブログです。おもに短歌について書いています。

小紋潤『蜜の大地』書評

2017年04月07日 | 日記

小紋潤さんの第一歌集『蜜の大地』が、前川佐美雄賞を受賞したとのこと。とても嬉しいことである。

以前、「短歌往来」に書いた書評を、再掲しておきたい。

興味をもたれた方は、ぜひ読んでみてください。

 

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 一九七〇年代までだろうか。観念を自然と結びつけ、張りつめた韻律で歌おうとする志向は、確かに存在していたように思う。私が短歌を始めた八〇年代には、都市生活の日常を、軽やかなリズムで歌う方向に、潮流が急速に変化していた。ただ、それ以前の空気も、歌壇には残っていて、小紋潤が編集していた「現代短歌 雁」には特に濃厚だった。『蜜の大地』を読むと、当時の熱さが懐かしく蘇ってくる。

 若い世代にはその雰囲気がうまく伝わらないかもしれない。たとえば冒頭二首目、


   劫初には優しき風としるべなき明日のために青きシャツ着る


など、なかなか難解である。世界の初めには優しい風が吹いていたはずだ。しかし今は世界が複雑になり、明日のことも分からない。けれども自分は、風のように青いシャツを着て生きよう。無理やり意訳すれば、こんな感じになるだろうか。

 思索的だが、風(自然)に憧れる思いが一方にある。「優しき風」の「と」は微妙な置き方なのだが、そんな助詞の響きによって、日常を超える文体を生み出そうとしていた。前衛短歌の名残りであるが、今読んでも新鮮な躍動感がある。

 初めにも書いたように、こうした歌い方をする歌人はだんだん少なくなっていく。しかし小紋潤はそれを守り続けた感が強い。生活の具体などをあまり歌にしようとせず、キリスト教につながる思想を核にかかえて歌いつづけた。


   殉教の地なるふるさとのそのかみの一族(うから)ら草木のごとき団居(まどゐ)


 小紋は長崎の出身。殉教者の末裔という意識があったのだろう。だが、激しい刑死を思うのではない。「草木」のように静かに犠牲を受け入れようとする。そんな孤独感が、彼の歌には漂っている。


   ノアのこと我は知らざりきさらぎの雨水を待ちてゐるさくらさう


 ノアのように生き残ることを望まない。むしろ、雨の地上で滅びまでの時間を過ごす。「人を憎むその前みづからを憎むかな寂しきものか一人の我は」という歌もその近くにある。争うよりも孤独を選ぶのである。


   肩車よろこぶ声は父よりも高きところに麒麟を仰ぐ


など、幼い子を詠んだ歌が、歌集の中でいきいきとした明るさをもつが、


   一人とは孤独ならねど地図の上にミシシッピーのかなしき蛇行


という寂寥感のある歌が、その背後に息づいている。ただ、ミシシッピーへの飛躍がおもしろい。一人であるからこそ、大きなものに向かっていける。孤をよろこぶ気概も、小紋の歌には確かに存在している。


   寄り添ひて流るる雲と思へるに秋の時雨の過ぎてしづけし

   ゆふぐれは今日も来たりて一本の煙草のやうな我であるのか

   雨となる気配はみなみより来たりわがふるさとは雨のみなもと


 悠然としていて、伸びやか。そしてどこかに人を恋う思いが滲んでいる。そこに、小紋の歌の美質が最も表れているように私は感じた。ベテランであり、編集者として短歌を支えてきた人の、ようやく誕生した第一歌集である。

 

 

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講演会のお知らせ

2017年04月06日 | 日記

下記のような講演会があります。関心のある方はおいでください。

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講演「平和と戦争のはざまで歌う」


戦後71年を経たいま、平和と戦争とのはざまと言われる危機の時代、私たち歌人・短歌愛好者は何を詠い、また何ができるのでしょうか。

2017年の新日本歌人協会関西近県集会は、吉川宏志さん(塔短歌会主宰)に記念講演をお願いしました。

短歌愛好者はどなたでもご参加いただけます。皆さんのご来聴をお待ちしています。

 

日時 2017年5月14日(日)10:00~12:00
会場 ピアザ淡海(滋賀県立県民交流センター)
参加費 1000円


参加希望者はメールで下記へ申し込んで下さい。

yoshibue2017@gmail.com

募集人員は80人、定員になり次第締め切ります。

 

吉川宏志 プロフィール
1 969年宮崎県生まれ。歌集に『青蝉』、『鳥の見しもの』など7歌集。

評論集に『読みと他者』、『時代の危機と向き合う短歌』など。
現代歌人協会賞、若山牧水賞など多数。京都新聞短歌欄選者。

【「中日新聞」2 0 1 5 年9 月11日夕刊より転載】
・・・・私は今、時間があればデモに参加するようにしている。

一人一人は弱小な存在だが、デモに行くと、決して無力でないことに気づかされる。

肉声を出すことによって政治の力に押し流されているだけでない自分を確かめることができるのだ。
短歌を作ることもそれと同じではないか。
一首一首はささやかだけれど、自分の言葉を発することが大切なのである。自分の視点を持ち続けたい。

【「平和万葉集」巻四より】
耳、鼻に綿詰められて戦死者は帰りくるべしアメリカの綿花

はじめから沖縄は沖縄のものなるを順わせ従わせ殉わせ来ぬ

吉川宏志

主催 新日本歌人協会関西近県集会実行委員会

吉川宏志

■鉄道をご利用の場合
○JR膳所駅から徒歩12分
○京阪電車石場駅から徒歩5分
■JR大津駅からはタクシーで数分
○バスは8:55と9:35発です
■車をご利用の場合
○名神大津インターから7分
●ピアザ淡海地下駐車場またはびわ湖ホール駐車場をご利用下さい
※駐車場は有料となります。

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