シュガークイン日録3

吉川宏志のブログです。おもに短歌について書いています。

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三枝昂之『遅速あり』

2020年04月16日 | 日記

三枝昂之『遅速あり』が、第54回迢空賞を受賞されたとのこと。

おめでとうございます。

この歌集について、ある会で話すつもりが、コロナウイルスのために中止になってしまいました。

その資料に、短いコメントをつけて掲載します。

 

くぬぎは深くコナラは浅く身を鎧い樹の肌に樹の温かみあり

木肌の特徴をよく見ています。クヌギの木肌は特に襞(ひだ)が深いです。冬の雑木林でしょう。自然に対する親近感がよく表れている歌です。

 

里山に木の葉すくいて挙がる声おのこごの声その父の声

下の句がシンプルな対句で、落葉で遊んでいる男の子と父親の楽しそうな様子が伝わってきます。素朴な作りの良さがあります。

 

ここが故郷であるかのように如月の樹々の高さを風が響(な)りたり

故郷から離れて生活している人の歌。ここは故郷ではないが、暮らしているうちに故郷のような懐かしさを感じるようになってきた、という思いが詠まれています。「樹々の高さを風が響りたり」がいい表現。「高さを」の「を」という助詞もいいですね。「高さに」ではない。「を」のほうが空間の広がりが生まれる感じがします。


いちはやき春の河口が見えるはず父と息子の肩車あり

これも、(他人の)父と子の歌ですね。自分の息子は、もう子育ての時期を過ぎてしまい、他人の父子関係が懐かしく、うらやましく見えてしまう、という思いも背後にあるのかもしれません。肩車の視線の高さだと、遠くの早春の河口が見えるだろう、という想像が、さわやかな一首。


二十日月の明るさを言うメールありいつの世も人は人に告げたき

月の美しさを他人に告げたい思いは、古典和歌のころから変わらない。今は、それをメールでやっているだけなのだ、という思想が歌われています。はるかなものへの思いが、ときどきこの歌集にはあらわれますね。「二十日月」という選択もいいし、下の句の愛誦性のあるリズムもいい。

 

岸に待つ暮らしがあればひと筋の水脈(みお)を広げて帰りくる船

漁をして暮らしている人でしょう。家族が岸に待っているんですね。昔ながらの生活を営んでいる人々へのあこがれがこうした歌にあります。下の句が美しい。

 

寒林に枝打つ音が響きたり一人の男の一つの戦後

これは林業をしている男。この歌も、質朴な暮らしをしている人々への親近感があらわれた歌といえるでしょう。「寒林」から、決して楽ではない暮らしがイメージできます。自分とは全く別の世界に、ともに戦後の時間を過ごしてきた男がいる。共感と、距離感がないまぜになったような思いがあるのだと思います。

 

遠くにてかなかなの声湧きあがりわれのみが聴くあかつき方を

これはリズムが柔らかくて、美しい一首ですね。こういう歌は、あまり解釈をしなくてもよくて、快い調べを味わえばいいのだと思います。

 

落葉松の針をつまみて手に載せるわれの肩からかたわらの手に

隣りに誰かいるんです(たぶん妻でしょう)。自分の肩に落ちてきた落葉松のとがった葉を、かたわらの人の手に載せてあげる。行為だけを詠んでいますが、ほどよいロマンティシズムがある感じがします。


ひとり来て花を捧げる 永遠はないがしばしの陽だまりはある

墓に献花している場面でしょう。箴言的な下の句が印象的です。「陽だまり」だから、冬の日なたのイメージ。日なたといっても、とてもはかない。でも、そんな冬の日なたに、永遠的なものを感じることは、ときどきあるのではないでしょうか。そんな感覚を掬い取っている歌だと思います。


翳りなきあかるさとして素枯れたる一樹一樹も甲斐のみほとけ

これも冬の林の歌。寒林の歌が多いですね。枯れた木の一本一本を、仏像のように感じている。とてもおもしろく、すごくスケールの大きなイメージです。甲斐は、三枝さんの故郷でもあります。

 

うつしみを抱く蒼穹よ胸中に農鳥岳があれば帰らず

農鳥岳は、山梨と静岡の境界にある山だそうです。故郷の山なんですね。自分は今、農鳥岳が見えない地に暮らしている。しかし、自分の心の中に農鳥岳があるから、故郷には帰らないんだと歌っている。啄木みたいで、ちょっと古風でしょうか。でも、私はこの気持ちがよく分かるので、好きな一首です。

 

水張田となりてととのう出羽の国かなたに雪の月山を置き

五月くらいの東北に行くと、水田が見渡すかぎり広がる風景に驚かされます。田に水が入って風景が「ととのう」感じはよく分かる。一面に広がる水田の端のほうに、月山(がっさん)がちょこんと見えている。「ととのう」「置き」という動詞の選びがおもしろい。

 

冬枯れのこの国原に薪を割る音がひびきて年あらたなり

これも日本の風土に対する心寄せ、というべき歌でしょう。「国原(くにはら)」ですから、古代的な、土地に対する敬意があります。現代では、こうした「くに」への思いは、実感しにくくなっているし、抑圧されてもいます。でも、新しい年を迎えるとき、「薪を割る音」が響いて、古代から連綿と続いてきた時間と空間の中に、自分も存在しているのだ、という思いを抱くこともある。この歌はいかにも短歌的な歌かもしれない。様式的、といってもいいでしょう。でも、こうした歌も、とても大切なんじゃないかと私は思いますし、「薪を割る音」が確かに響いてくる感じがします。

 

読んで、来て、訊いて、語って、泡盛を飲んで、沖縄はいまなお見えず

これは沖縄で短歌のシンポジウムをしたときの歌で、私もいっしょだったので、共感する歌です。沖縄に来る前にいろいろな本を読んで、現場の人の話を聞いて、シンポジウムで語り、その後の打ち上げで泡盛を飲んで、濃厚な時間を過ごしたのですが、それでもまだやはり、沖縄の人間ではない自分には、見えないものがある。しかし、見えないからこそ、また読んで、また来て、また泡盛を飲もう、という思いになるのではないでしょうか。

今年も沖縄に行きたかったのですが、コロナウイルスの影響で難しいかな……

 

枇杷釉のぐいのみに呼び止められて二、三歩戻る菊屋横町

「菊屋横町」は萩市にある古い町らしいです。萩焼なんでしょう。枇杷色のぐいのみ、というのが、色彩感があっていいですね。通り過ぎたんだけど、欲しくなってまた店の前に戻ってきた。「呼び止められて」という擬人化が、この歌では効いています。楽しい旅の歌です。

 

もうニュースは消しておのれに戻りたり非力な非力な言葉のために

これは、東日本大震災のときの歌ですが、現在のコロナウイルスの蔓延の状況でも、通じる一首だと思います。テレビのニュースで報道される圧倒的な現実を前にすると、もう何も言葉が出てこない。けれども、「非力な非力な」自分の言葉に戻っていって、そこから表現を立ち上げていくしかない。非力であっても、自分自身の言葉を拠点にするしかないんだ、という決意です。これはとても重要な歌だと思います。

 

(二〇一九年四月二〇日・砂子屋書房)

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大口玲子歌集『ザベリオ』

2020年04月16日 | 日記

大口玲子さんの歌集『ザベリオ』が第12回小野市詩歌文学賞を受賞したとのこと。おめでとうございます。

「うた新聞」の10月号(だったはず)に書いた短い書評を転載します。

とてもいい歌集なので、興味がありましたら、ぜひ読んでみてください。

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子は不意に死を怖れつつ指さして冬の星座を教へくれたり


 子どもは、本当は大人よりもずっと強く、死の不安を抱えて生きているのだと思う。永遠の星空を見つつ、生のはかなさをふと思い出す息子。簡潔な中に、深い感情の襞がある。
 大口玲子も、子どもと同じ怖れを持って生きている人だ。それも漠然としたものではなく、戦争や核兵器の恐怖を、身体の奥底から想像してしまう。そして、子どもの抱くおびえに、身体が激しく共鳴する。


子は読書感想画を描き戦争孤児の涙をみどり色に塗りたり

 

 不安を打ち消すには、行動するしかない。大口の社会詠には、行動へと掻き立てられる切迫感と、気の焦りが生み出すユーモアが同居している。そこに独特の分厚い存在感がある。


押し黙り橘通りを歩きゆくデモに見惚れて転ぶ人あり
まづわれは一礼したりおそれながら傍聴人にはお尻を向けて

 

 二首目は安保法制を違憲とする訴訟の原告となったときの歌。深刻な場面だが、ぎこちない動きや恥じらいが伝わってきて、そこに生身(なまみ)の〈私〉が鮮やかに立ち現れるのである。
 神の問題も、大口の歌を論ずる上で外すことができないが、紙面がわずかなので簡単にしか書けない。


宮崎でもつとも広き法廷に空席ぽつり イエスが座る

 自分の行為を遠くから見つめるものとして神は存在する。闇の時代にも神のまなざしはあり、その中で命を繋いでいこうとする願いが、次の歌に込められていて、胸を打たれた。


たいまつの火を掲げ先を歩みゆく子を見失はぬやうに歩めり

(青磁社・2860円)

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2009年年間時評 評価の工夫

2020年02月27日 | 日記

内田樹さんの「雪かき仕事」について引用した文章です。

初出は、「歌壇」2009年12月号。

当然、震災の前に書かれたものです。

「雪かき仕事」というのは、災厄が来る前に行うものなので、災厄の後に〈日常回帰〉を訴えるのとは、全然別物だと思います。 

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「〈2009年 年間時評〉 評価の工夫」

 

 九月二十一日、福岡県で行われた筑紫歌壇賞の贈賞式を初めて見に行った。この賞は六十歳以上の第一歌集を対象としているもので、小島ゆかり・伊藤一彦・山埜井喜美枝の三氏が選考を行っている。かつて太宰府では、大伴旅人や山上憶良などの六十歳以上の歌人が集まって筑紫歌壇を形成した。この賞は、そうした和歌史を踏まえて生まれたもので、今年が第六回だという。
 この贈賞式を見て感じたことを、まずいくつか書いておきたい。それはおのずから、現代短歌の一つの側面を照射することになるはずだからだ。
 この賞を受賞するのは、(作者には失礼だが)無名の歌人であることが多い。けれども作品が平凡かといえば、そんなことはない。新鮮な発想があったり、長い人生経験に基づいた味わい深い表現があったりする。今回受賞した『春港』から一首だけ引いておこう。

 

  しろやまざくら見上ぐるたびに私も小さくなつてゆくから 寿美子           佐近田榮懿子(さこんだえいこ)

 

結句の「寿美子」は死んだ妹の名らしい。自分もやがて老いて死んでゆくことを妹に語りかけているのだが、上句の言葉運びがやわらかく、ほの明るさのなかに哀感の籠もる一首になっている。
 おそらく全国には、知られていないけれど優れた歌をつくる人は何人もいるのだろう。けれども、話題になる機会はめったにない。毎年、膨大な数の歌集が出版されているので、どうしても読み過ごされてしまいがちなのである。新人賞もあるのだが、どうしても若い人の作品や目立つ作品・派手な作品が注目されやすい。静かでしみじみとした歌が埋没してしまう傾向があるのは、否定できないことだ。
 それでは、どのように目立たない作品を評価していくか。その一つの答えが、筑紫歌壇賞であるだろう。六十歳以上ということが注目されがちだが、それは評価のための一つの工夫にすぎない。その他の年代にも、いい仕事をしている歌人がいるはずである。方法を工夫すればそんな人々の評価が可能であることを、この試みは示唆している。
 筑紫歌壇賞のもう一つの特徴は、福岡という東京以外の地から情報発信しようとしていることである。今この文章を書いている「歌壇」も含めて、短歌総合誌はみな東京から刊行されている。それはしかたがない。ただ、それに任せきりにしていると、文化の多様性が失われるおそれがある。東京からの情報を受信するだけでなく、自分たちの生きている土地から、情報発信をしていこうとする姿勢・態度が大切なのである。
 昨年亡くなった前登志夫の著作が、今年も次々と刊行された。歌集『大空の干瀬』、エッセイ集『林中鳥語』、『羽化堂から』と続いている。思えば、前登志夫ほど土地からの言葉を発信しようとしていた歌人はいないのではなかろうか。今回のエッセイ集にも、山の生活に根ざした滋味深い言葉が残されている。一箇所だけ引用しておこう。

 

 「もともと出逢いの語らいなど、夢のようにはかなく無内容なものだろう。そんなとき大方の言葉は沈黙のうちに在る。
――ホトトギスが鳴いてるわ。
――どこかに朴(ほお)の木が咲いているらしいね。さっきから風が匂うんだ。
 (中略)自然や他者を語ることによって、おのれを語る、詠み人知らずの世界である。
 わたしは今あらためて、詠み人知らずの歌の〈私〉について考えさせられている。その〈私〉は、無いというかたちでのみ在りつづけるものであることを――。」
(『林中鳥語』)

 

 短歌の〈私〉について、静かに考えさせられる一節である。必ずしも自己主張することが〈私〉なのではない。
 もちろん、情報発信といっても、大げさに考える必要はないのである。たとえば評論などを書くとき、メディアで話題になっているものばかりを書くのではなく、自分の目で発見した作品や、自分がいいと感じた歌人を取り上げてみる。それを心がける人が増えるだけでも、状況は大きく変わってくるはずだ。
 たとえば私が今年読んだ歌集の中で、米田靖子の『水ぢから』が印象に残っている。その中から一首紹介しよう。

 

  足うらに淤能碁呂島(おのごろしま)の泥つちがわつと粘りつく田植をすれば

 

 作者は奈良県で農家をしている人らしい。『古事記』の「淤能碁呂島」を比喩にもってきたところが知的であり、新鮮である。また「わつと粘りつく」にも、なまなましい身体感覚があらわれている。この歌集と、従来の農村の歌(たとえば結城哀草果など)と比較してみてもおもしろいだろう。短歌について書くことの題材は、いくらでも存在しているものなのだ。
 パソコンが使えるなら、インターネットで情報発信することもそう難しいことではない。工夫と根気さえあれば、魅力的な情報発信が、誰にでもできる時代なのである。

* *

 

 「雪が降ると分かるけれど、「雪かき」は誰の義務でもないけれど、誰かがやらないと結局みんなが困る種類の仕事である。プラス加算されるチャンスはほとんどない。でも人知れず「雪かき」をしている人のおかげで、世の中からマイナスの芽(滑って転んで頭蓋骨を割るというような)が少しだけ摘まれているわけだ。私はそういうのは、「世界の善を少しだけ積み増しする」仕事だろうと思う。」
(内田樹『村上春樹にご用心』2007)

 

 評論家の内田樹はこう書き、村上春樹の文学にはスケールの大きなイメージ世界がある一方で、「雪かき仕事」を大切なものとして見つめる視線があると述べている。村上春樹には、料理や掃除などの〈家事〉をていねいに行うことによって、邪悪な存在がもたらす喪失に耐え、抵抗するという話が多い。〈家事〉というのはむろん、「誰かがやらないと結局みんなが困る種類の仕事」である。
 やや我田引水になるのだけれど、短歌という文学の本質には、この「雪かき仕事」があるのではないかと私は考えるようになった。短歌はいくらかの例外を除いて、社会的にはほとんど注目されることのないジャンルである。だから短歌は閉塞しているのだ、という議論は昔から、そして今でもしばしば繰り返される。
 けれども、短歌という形式にかかわる幾人もの人が、身の回りの小さな自然を表現したり、家庭や仕事のなかの哀歓を詠んだりすることは、どこかで世の中の「マイナスの芽」を摘み取ることにつながっているのではなかろうか。それがなければ、世界はもっとぎすぎすとした息苦しいものになるはずだ。そして、短歌の中で文語や古語を使い続けることは、現代口語だけが蔓延して日本語が薄っぺらになっていくことへの、ささやかな抵抗になっていると思う。
 文学の中には、目立たないけれど、「誰かがやらないと結局みんなが困る種類の仕事」が存在する。別に短歌がそういう仕事をしていると言って誇示する必要はないけれど、そんな視点から短歌というジャンルを見つめることも大切なのではないか。
 今年の迢空賞は石川不二子の『ゆきあひの空』と河野裕子の『母系』が受賞した。この二人の作品は、これと言って大きな主題が歌われているわけではない。もちろん病気や死を詠んだ歌が注目された面もあるけれど、その基盤にあるのは、日々の暮らしをねんごろに歌うという姿勢である。家事や身の回りの自然を、この二人の歌人は繰り返し繰り返し歌ってきた。それを歌うことによって、病気や死というつらい体験に対峙しているともいえる。その集積が、豊かな迫力(変な言い方だが)を生み出しているのだ。

 

  咲きはじめの花のおほきく見ゆること年々にして庭の白萩         石川不二子『ゆきあひの空』
  子供用のお茶碗を出して飯を食ふ今日は十三夜今日もひとりよ            河野裕子『母系』

 

 こうした歌には、自分の手で作り出してゆく暮らしの、たっぷりとした感触があらわれている。もう一人付け加えれば、今年亡くなった森岡貞香も、そのタイプの歌人であっただろう。森岡の歌は難解だと言う人もいるが、私はあまりそう感じたことはない。

 

  何事の無くに一日の過ぐるにもわが髪乱れゐてこの夕間暮       角川「短歌」二〇〇九年一月号

 

 何事もない時間を描きながら、特異なリズム感覚で、身体の仄暗さのようなものを伝えてくる歌人であった。
 もちろん、このような日常の手触りを歌っていくという方法とは逆に、従来とは異なる新しい感覚や題材を取り入れようとする試行も、非常に大切なことである。

 

  中心に死者立つごとく人らみなエレベーターの隅に寄りたり             黒瀬珂瀾『空庭』
  下痢止めの〈ストッパ〉といふ名づけにも長き会議のありにけんかも     大松達治『アスタリスク』
  自転車の学校名のステッカーひりひり剥がす 忘れずにいる       野口あや子『くびすじの欠片』
  待つことは天秤のやうからだからひとつづつ錘(おもり)をとりだして       森井マスミ『ちろりに過ぐる』
  どんぐりは家の中でもどんぐりでさびしさの数かぞえていたる             江戸雪『駒鳥』
  八月以外の十一か月の広島にしずかな声の雨は降りくる     谷村はるか『ドームの骨の隙間の空に』
  氷河期を火をもたず越えしものたちのまた鳴きいでてわれは目をあく       坂井修一『望楼の春』

 

 死に対するひんやりとした体感を持ち味とする黒瀬。言葉そのものに徹底的にこだわる大松。青春の痛みを身近な物に託して歌う野口。新しい〈本歌取り〉に挑む森井。ぼんやりとした不安感を言語化しようとする江戸。現代の広島を通して遠い戦争に触れようとする谷村。宇宙的な視点と日常的な視点との混交を目指す坂井。それぞれの方法や主題が、明確にあらわれた歌集が刊行された。その意図があからさますぎて、必ずしも成功していない歌も歌集中には含まれているように思うが、ここに引用した歌には、はっとさせられるおもしろさや、現代について考えさせられる深い批評性がある。それぞれの歌集をベースにして、多様な論議をしていくことが可能なのではないか。

 

  隠岐みれば光と影のひだひだの翳より出でて人は土打つ           馬場あき子『太鼓の時間』
  その齢にもなつて未練が有るのかとさう言はれればさうかと思ふ        清水房雄『蹌踉途上吟』
  仏像の写真を産の守りにと持ちゆき子を得て返しに来たる          大島史洋『センサーの影』
  あぢさゐの間(あひ)をめぐれるをとこ傘をんな傘見ゆ時にふれつつ            桑原正紀『一天紺』
  そのほかに二十余名が死すと伝ふ「そのほかの人」生きたかりけむ          柳宣宏『施無畏』
  浮橋の揺れ船の揺れひと呼吸ためらひてのち妊婦が渡る               真中朋久『重力』

 

 ベテランや中堅の歌集には、韻律そのものの力によって、感情や意志を伝えてくる歌が多かった。たとえば、繰り返し表現に注目してみよう。「さう言はれればさうかと思ふ」「をとこ傘をんな傘見ゆ」「浮橋の揺れ船の揺れ」といった伸びやかな調子。また柳の一首は「そのほか」という語を繰り返すことで、そこに括られる無名の死者の悔しさを歌う。長年、文語の歌をつくり続けることによって生みだされる身体的なリズム感覚がある。それは新人の歌集には無いものだ。そのリズムは、あるときは表面的な意味以上に雄弁であり、一冊を読むときに快い疲労を感じさせるほどである。歌集とはまさに、身体で読む書物なのだろう。
 今年はまた、力作の歌人論がいくつも出版された。松村由利子『与謝野晶子』、楠見朋彦『塚本邦雄の青春』、小高賢『この一身は努めたり 上田三四二の生と文学』、川野里子『幻想の重量 葛原妙子の戦後短歌』などが挙げられる。

 

「なぜ、何でもない風景が上田を動かしたのだろう。流動食から三分粥になるといった身体の回復過程が、風景と自分との関係に新しい横断線を生んだ。自分と世界が再統合されたのだ。それこそが、世界が違っているように見えることなのだ。手術後の回復する身体がなければ、窓の外の風景は意味をもって立ち上がってくるはずがない。
くりかえすが、上田にとっての自然発見とは、一度壊れた身体の再統合作用を支点に、関係の結び直しによって生まれたものである。一度「死んだ」身体抜きには語れないものなのだ。」
小高賢『この一身は努めたり 上田三四二の生と文学』

 

「自らの内側にあるものを外側に、外側にある物を内側に取り込むかのようなこうした手法は外界と内面の境界を曖昧にしてゆく。言いかえれば内面を保障するものが取り払われ、「私」は外界に曝されているのである。その結果ここでは「私」の眼差しや感覚は、取り出された内臓のように鋭敏であり不安だ。葛原はこのようにさまざまな素材に自らの身体感覚を及ぼし身体の内側の感覚と外界との関係を探りつつ「幻想」の可能性を模索していた。」
川野里子『幻想の重量 葛原妙子の戦後短歌』

 

 こうした記述に注目する。歌人論の中で、身体と「私(自分)」の問題が、大きな位置を占めている。世界と身体を再融合させようとした上田三四二と、身体の異和をもとに世界を捉えようとした葛原妙子の方向性は、全く違う。ただ、身体表現(リズムや発想など、さまざまなレベルがあるが)は、短歌における「私」を支えている重要な要素であることを、これらの評論集は示唆している。もちろん身体感覚に注目した評論は、従来から書かれてきているが、一人の歌人の歴史に沿って緻密に論じられている点に、一歩踏み込んだ新しさがあるといえよう。
 このように、新しい動きはさまざまなところから生まれてきている。問題は、それらがバラバラに動いていて、なかなかクロスしていかないことだ。歌人の価値観が多様化し、自分は自分、他人は他人、という感じになっている。自分の価値観を、他者の価値観とぶつけ合う場が、失われてきているのではないか。
 やや宣伝めくが、今年私は、大辻隆弘氏との共著で『対峙と対話』という時評集を刊行した。この時評集の最も大きなテーマは、短歌観の違う作者とのあいだで、どのように論争し(対峙)、どのように理解を深めていくか(対話)、ということだった。たとえば『バグダッド燃ゆ』(岡野弘彦)の読みでも、良いと評価する人と、良くないと批判する人が両方出てくる。世代によっても、言語観の違いは大きい。昔なら権威者が良し悪しを判断して終わりだったのだろうが、現在では絶対的な正しさは存在しない。それならどのように、価値観が違う人と向き合っていくのか。結局は分かり合うことは不可能にしても、あるところまでは問題意識を共有することはできるのではないか。そのような対話の努力をすることが歌人に求められているし、総合誌のようなメディアは、対話の場をつくりだすことが求められているのではないか。おそらくそれが、現在最も重要な課題であると私は考える。
 紙幅の都合で、取り上げられなかった作品も多々あると思う。お詫び申し上げるとともに、ここで漏らしてしまった作品については、ぜひ皆さんの手によって紹介や批評をしていっていただきたい。

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自分の内部に他者を生み出す読み

2020年01月13日 | 日記

短歌作品を、1首だけで読むか、作者と絡めて読むか、という問題について書いた文章。

私は今も、基本的にこのスタンスだなと思います。(違うときもあるかもしれませんが)

時評集『読みと他者』(2015年 いりの舎刊)にも収録しています。

 

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自分の内部に他者を生み出す読み

(初出・角川「短歌年鑑」2009年12月)

 

 短歌における作者名と作品の関係は、現在でも解決できていない問題であろう。
 小高賢の『この一身は努めたり 上田三四二の生と文学』の中でも、この問題はたびたび論じられている。上田三四二は、癌という大病に耐えつつ文学に生きた歌人である。そのイメージがあるため、歌の読みにどうしてもバイアスがかかってしまう、というのである。

 

  いつまで生きんいつまでも生きてありたきを木犀の香のうつろひにける    上田三四二『照径』

 

 たとえば小高はこの歌を引用して、こう述べる。

 

「上田三四二という署名がなかった時、はたして切実感が伝わってくるのだろうか。(中略)
 無署名で、歌会の批評にさらすことを考えてみよう。上三句に具体性がなく、その内実が分からない、あるいは下句の「木犀の香」が上句を支えきれていない、というような意見が、おそらく続出するだろう。(中略)ところが、上田三四二という歌人を知っている、あるいはその生涯が背景として、情報として読み手にインプットされる。すると、作品はまったく異なった顔をもって立ち上がってくる。むしろ具体性がないことが、かえって読み手の想像力を刺激する。短歌という文芸のおもしろさであり、パラドックスである。」

 

 たしかに、この歌を無署名で読んだら、上句がやや大げさに感じられるかもしれない。しかし、上田三四二の歌として読むと、どうか。木犀の花が散り、冬に入ろうとしていく季節のうつろいと、自らの生命の終わりが近づいてくる焦りや不安や悲哀が重なり、しみじみとよく理解できるような気がする。そのように読んだとき、この歌が大げさだとは、まったく感じない。
 小高が「パラドックス」と言うとおり、署名によって読みが変化することは、短歌の長所でもあり短所でもあるのだろう。短歌の読みの不確実さや不思議さを、改めて認識させられるのである。
 塚本邦雄は、かつて次のように書いた。

 

「戸籍上の私は作品の何処にも棲息しない。否生存を許さない。(中略)人間、この崇高にして猥雑極まる存在がそのようなクレドで律し切れるものではない。律し切れぬ不如意に時として私は唇を噛んだ。私は「私」を昇華しおおせたか。駆逐し追放し抹殺することに成功したか。」            (『花隠論』)

 

 塚本は、現実の自分と作中主体を完全に切り離そうとする。けれども、いくら切り離そうとしても、作者の生活の影は作品からにじみだしてくる。そのことに、塚本は絶望する――いや、絶望しつつも、言葉と生身の人間が結びついていることに、彼はひそかなよろこびを感じていたのではないだろうか。塚本ほど〈私〉を否定しようとした歌人はいないが、〈私〉を否定すればするほど、存在がたしかになっていく自己の生を、逆説的に愛していたようにおもうのである。
 短歌は作者名とともに読むべきなのか。それとも作者名を消して読むべきなのか。
 塚本邦雄の試行が示しているとおり、作品と作者を切り離して読むことは、最終的には無理なのだろう。詩歌とは、声にもっとも近い表現である。声と身体を切り離すことはできない。
 たとえば、上田三四二の歌であれば、「いつまで生きんいつまでも生きてありたきを」という字余りのリズムからは、なまなましい作者の〈声〉のようなものが響いてくる。小高賢も「くりかえしに近い祈りのような上三句の二十音が、切実な気分をかもし出している」と指摘しているが、そのとおりであろう。文字で書かれた〈声〉を感じ取ることが、短歌を読む上で、最も大切なことだが、その〈声〉がどうしても作者の身体や人生と結びついてしまうのである。
 しかし、塚本邦雄の試行が無駄だったというのではない。それどころか、非常に大きな遺産なのだと思う。
 塚本邦雄の論の最も重要な点は、「もし、無署名で読んだとしたら/作者の人生と切り離して作品だけを読んだら」という〈仮定法の読み〉を前景化したことなのである。
 つまり、こういうことだ。
 私たちは、作品を一つの見方からしか読んでいないことが多い。ところが、「もし、無署名で読んだとしたら」という問いが与えられた場合、現在の自分から離れて、別の人間――作者を知らない人間――の視線を想定して作品を読むことになる。もちろん、まったく別な人間に成りきることはできないから、その視線はバーチャル(仮想的)なものだ。ただ、自分の主観を疑うことで、他の角度からの読みが意識化される。上田三四二の歌であれば、ただ作者の病に同情しているのではなく、「無署名で読んだら」という冷静な読みが加わることによって、歌の奥行きはさらに深くなるのである。自分の読みだけを絶対化せず、別の視点からの読みを想像してみる、という余裕が、詩歌の読みでは大切なのだ。無署名の歌を、他人とともに読む歌会というシステムが重要なのは、そのためなのだろう。

 

  蛾になって昼間の壁に眠りたい 長い刃物のような一日        笹井宏之『ひとさらい』

 

 この作者は一年ほど前、二十代で亡くなった。その急逝は若い世代の歌人に衝撃を与え、追悼集会が行われたり、追悼特集が組まれたりした。
 笹井には意味を理解しにくい歌も多く、私は彼の歌の良い読者ではなかったが、この一首については、作者の生前、次のように書いたことがあった。

 

 「「長い刃物のような一日」という比喩もおもしろい。上句の「昼間の壁」とも響き合っているところがあって、壁に射している日光が、長い刃物の感じを生み出したのかもしれない。」     (『対峙と対話』)

 

 私は、日光の輝きを刃物の光る様子に喩えた、ユニークな歌として味わっていたのである。この読みが間違っているとは思わない。しかし、作者の人生が、死後になってわかってくると、別の読み方も存在することに気づかされた。
 作者は、つねに激痛を感じつづける病気に罹っていたため、一日中寝たきりで生活しなければならなかったらしい。それならば、「長い刃物のような」は、むしろ痛みの比喩ではなかったのだろうか。長く続く痛みのために眠れない昼、「蛾になって眠りたい」とふとつぶやいた言葉を一首にしたのではないか。一見軽い口調の背後に、どうにもならない苦痛があったのかもしれない。
 作者の情報に寄り添って解釈することが、ほんとうに正しいかどうかはわからない。だが、そう読むことによって、私には遠く感じられていた歌人の作品が、ふいに生々しく見えてきたのも事実である。自分の内部に、別の読み手を作り出すことで、読めるようになる作品もあるようだ。

 

  「好きだつた」と聞きし小説を夜半に読むひとつまなざしをわが内に置き
            横山未来子『水をひらく手』

 

 この歌を、私は最近とてもおもしろいと思っている。
恋人が「好きだった」と言った小説を読んでいるとき、恋人のまなざしを意識しながら読んでいることに気づいた、という歌だ。「あの人はきっとこの場面に感動したのだろう」とか想像しながら小説を読んでいるわけである。そのような体験は、誰にでもあるのではないか。横山の歌は「読む」という行為の本質を、じつに鋭く捉えている。
 読むということは、一見、個人的な行為のようだが、じつは自分ひとりで行うものではない。自分の内部に、仮想的な他者を棲まわせながら、言葉を認識していく行為なのである。読者である〈私〉を固定させず、変化させたり分裂させたりすることによって、初めて他者の言葉に触れることができるのだ、と言ってもいい。自分の内部に、自分以外の「まなざし」をもつことは、歌の読みをたしかに豊かにしてくれるのだ。

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高野公彦『明月記を読む』書評

2019年12月23日 | 本と雑誌

現代短歌大賞を受賞した高野公彦氏の『明月記を読むー定家の歌とともに』(短歌研究社)の書評です。

初出は現代短歌新聞3月号です。短い文章なので言い尽くせていませんが。

 

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 藤原定家の歌は難解というイメージがある。また、『明月記』も、大変読みにくい漢文の日記である。

 思わず身構えてしまうのだが、高野公彦の文章はじつに分かりやすく、自然に中世の時代に読者をいざなってくれる。ユーモアも含まれ(これは定家という人のおもしろさでもあるのだが)、楽しく読み進むことができる。
 それはなぜなのか。書く姿勢に、無理がないことが大きいのだろう。読者が難しく感じるところでは、高野も立ち止まり、一緒になって考えてくれる。そんな親身さが嬉しいのである。たとえば、


かすみ立つ狩場(かりば)のおのれまちまちに夏越(なごし)夏越の春のあけぼの

という歌を「男女の事」を思って夢の中で作ったという不思議な記述がある。難解な歌である。

 高野は「なごし」は「和(なご)し」(やわらかい)ではないかと考え、

「男女がそれぞれ『やはらかい、やはらかい』と言ひながら春の曙を眠つてゐる」

という情景を想像する。エロティックで魅力的な読みである。
 このように一首一首をこまやかに鑑賞し、現代の私たちの作歌にも通じる定家の歌の美質を引き出している。それがとてもありがたいのである。
 また、明月記の名場面を選び、現代語で紹介しているところも味わい深い。良経の死を聞き、瓜を食べるシーンなど、色彩が目に残る感じがする。
 定家は職業歌人である。調子が悪く満足な歌を作れないときも、作歌を断ることはできない。


「だが、その苦渋に打ち克つ力、すなはち芸術家としてのパワーと精神的な粘り強さが定家にはあつた。」

 病弱でもあった定家だが、自分の宿命に耐え、息長く歌を作り続けた。その執念に対する尊敬と共鳴が、高野の文章から滲み出ており、読後に優しい温もりに包まれる。貴重な著作である。

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