社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

芝村良「R.A.Fisher の有意性検定論とK.Personのχ^2適合度検定論について」『九州経済学会年報』(九州経済学会)第38集, 2000年12月

2016-10-17 20:23:55 | 4-3.統計学史(英米派)
芝村良「R.A.Fisher の有意性検定論とK.Personのχ^2適合度検定論について」『九州経済学会年報』(九州経済学会)第38集, 2000年12月, 『R.A.フィッシャーの統計理論-推測統計学の形成とその社会的背景:フィッシャーの統計理論とK.ピアソンの統計理論(第3章)』九州大学出版会, 2004年

 標題のとおり, フィッシャーの統計理論とK.ピアソンのそれとを対比し, 類似点, 相違点, 継承関係を学説史的にフォローした論文。K.ピアソンはピアソン系分布関数, モメント法, 確率誤差論, χ^2適合度検定論などで「記述の方法」としての統計学を完成させたといわれている。対してフィッシャーは, 今では自然科学から社会科学にまたがる広範な領域で使われている有意性検定論を仕上げた数理統計学者として知られている。

本稿は, フィッシャーの有意性検定論と, その嚆矢であるピアソンのχ^2適合度検定論との関連を考察すること, 両者の検定論の差異を生んだ背景を明らかにすることを課題としている。このことを課題としたのは, 筆者によれば, フィッシャーの有意性検定論に大きな影響を与え, そのフィッシャーによって「統計的方法への偉大な貢献」といわしめたピアソンのχ^2検定の中身と意義とを考察することが重要だからであり, フィッシャーの有意性検定論を具体的な実践上の問題との関連で検討することに大きな意味があるからである。

 構成は以下のとおりである。まずピアソンのχ^2適合度検定の概説, 応用例からのその特質の考察, χ^2適合度検定に関連する範囲でのフィッシャーの統計理論の検討, それらをふまえてのフィッシャーの有意性検定とピアソンのχ^2適合度検定の比較, 両者の差異を生んだ背景の解明, 以上である。

 筆者の結論を示すと, フィッシャーの有意性検定とピアソンのχ^2適合度検定の類似点は, ①確率標本-無限母集団の図式, ②精密標本分布に依拠した統計的観測, ③一度の検定結果の持つ意味の限定, である。両者の相違点は, ①検定の目的の違い, ②自由度の概念の有無, ③有意水準の設定の有無=明確な判定基準の有無, ④帰無仮説の明示化の有無, である(P.108)。

ピアソンの統計的検定論は, 彼に続くゴセット, フィッシャーの統計的推計理論の先鞭をつけるものだった。しかし, ピアソンの統計的検定論とフィッシャーのそれとでは, 適用対象が異なっていた。ピアソンにあっては, 母集団の特性は大標本からの要約の記述でことたりた。そこでは, 標本を生み出した確率的メカニズムはほとんど問題とならなかった。標本としての統計は, 母集団そのものと想定されていたから, 後者の要約や記述は不確実性をともなわないからである。ピアソンのχ^2適合度検定についていえば, その目的は獲得された観測値が特定の確率的分布族から生起したという仮説を検定することであり, 換言すれば, 経験分布と理論分布とが整合することを想定したうえで, これらの間に乖離が偶然誤差によるものといえるほど小さいことを確認することにあった。フィッシャーの有意性検定のように, ある一定の確率的条件を定めて, それを基準に仮説を棄却するか, 採択するかという発想はそこにはない。

 したがって, ある, 見方をとれば, ピアソンの統計理論は記述統計学の範疇にとどまらず, むしろ記述統計学から推測統計学に橋渡しをした統計理論ということになろう。また別の見方をとれば, ピアソンのχ^2適合度検定は, 統計的推測の理論としては未熟な形でしか展開されていないため, それを推測統計学への契機としてみとめることはできない, ことになる。
 フィッシャーの統計的推論は, 実験の計画・解析を実験計画法として数理統計学的に精緻化させることで, ピアソンのχ^2適合度検定の推測統計の方法としての上記の不十分性を乗り越えたものと評価される。実験計画法によって, 標本誤差は極小におさえる対象から, 正確に推定されるべき対象と, 評価が変わることになった。フィッシャーはその目的のもとに, 誤差を正確にする自由度概念を取り入れ, 有意水準や帰無仮説の概念を導入し, 検定手続きの数理的精緻化を図った。フィッシャーによってこのように確立された(実験の結果と解析との数理的一元化をとおして)有意性検定は, 旧来の経験と直観による農事試験結果の判定にとってかわるものとして評価され, 以後, 誰しもが納得しうる判定を示す方法として位置づけられていくことになる。

 筆者は書いている, 「K.ピアソンの統計理論は記述統計学と称され, 推測統計学と呼ばれるフッシャーの統計論とは一般に区別されているが, ・・・応用の場の論理の違いに起因して生じた両者間における標本誤差に対する認識の差異が, 両理論を分ける決定的な要因になったとの結論を得た」と。(p.157)

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