
個人的なお話ですが。
年間に何本も芝居をやる生活が、10年ほど続きました。
色々な集団・劇団・企画で、通算50本以上。
それだけの数の座組みがあり、それだけの数の顔合わせがあり。
初日があり、打ち上げがあって別れていきます。
全く同じ座組みになったことは一度としてなく、
今回の、この座組みでの芝居も二度ある確率はかなり低いのです。
座組みだけではないのです。
作品だって同様。
そして、全く同じ組み合わせのお客様でのステージももちろん二度とないのでしょう。
「作品」 は、出演者とスタッフと脚本と、お客様とで創るその時だけの「夢の時間」。
同じものは二度とできない。だってそこに居る人が違うんだもの。
50本以上の芝居をして、それぞれのステージ数だけの「作品」を作ってきたんだなぁと思う
と、
「作品」を「消耗品」にしてはいけないなぁ
と当たり前のことを今更再認識した夜でした。
あと2ステ。
大事に大事に。
写真は、そんなことに気付かせてくれた、昨晩の楽屋でのバカ呑み。
キャスト・スタッフはもちろん、バカどれゲストも交えての大騒ぎ。
劇団員ならこのあと、次へ向けてのミーティングや、稽古などで
確実に顔を合わせることが約束されているでしょうが、
そのとき限りの"傭兵"的 客演としては寂しさが迫ってくる時期です。
離れ離れになるのが今から怖い。
年間に何本も芝居をやる生活が、10年ほど続きました。
色々な集団・劇団・企画で、通算50本以上。
それだけの数の座組みがあり、それだけの数の顔合わせがあり。
初日があり、打ち上げがあって別れていきます。
全く同じ座組みになったことは一度としてなく、
今回の、この座組みでの芝居も二度ある確率はかなり低いのです。
座組みだけではないのです。
作品だって同様。
そして、全く同じ組み合わせのお客様でのステージももちろん二度とないのでしょう。
「作品」 は、出演者とスタッフと脚本と、お客様とで創るその時だけの「夢の時間」。
同じものは二度とできない。だってそこに居る人が違うんだもの。
50本以上の芝居をして、それぞれのステージ数だけの「作品」を作ってきたんだなぁと思う
と、
「作品」を「消耗品」にしてはいけないなぁ
と当たり前のことを今更再認識した夜でした。
あと2ステ。
大事に大事に。
写真は、そんなことに気付かせてくれた、昨晩の楽屋でのバカ呑み。
キャスト・スタッフはもちろん、バカどれゲストも交えての大騒ぎ。
劇団員ならこのあと、次へ向けてのミーティングや、稽古などで
確実に顔を合わせることが約束されているでしょうが、
そのとき限りの"傭兵"的 客演としては寂しさが迫ってくる時期です。
離れ離れになるのが今から怖い。