弱い人、備長炭をカチ割る
時刻は午前10:時、同じフロアの角部屋に住む人がなにやら作業をはじめたらしく、
手すりを通じてガンガン音が響いてくる。落ち着けない。
せっかくだからこの機会に、以前兄からもらった備長炭の固まりをカチ割ることにした。
見かけと違って備長炭はかなり重い。
しかも硬い。話によれば鋼鉄に近い強度を持つようだ。
玄関先に新聞紙を敷き、備長炭の固まり一本の上に他の固まりを乗せて金槌で軽く叩いた。
叩く力が不足していたので、少しカケラが飛んだだけだ。やはり硬い。
今度はもう少し力をこめてみる。一本の三分の一ほどが、上手く下に落ちた。
調子よく金槌を振るって、全て手のひらに載る大きさにした。
鍋に固まりを入れて湯沸し機のお湯を鍋にため、いったん流して汚れを落とす。
もう一度鍋にお湯を張って、火にかけて煮沸。さらにもう一度湯を入れ替えて煮沸する。
後は新聞紙に載せて、窓際において乾燥させることにした。
あまりお金を使いたくは無いが、仕事を始めるにあたり色々と買い込まなければならない。
出かけるついでと言うと失礼だけど、学校時代の友人Sを呼びだして、一緒に昼食を取ることにした。彼に会うのも久しぶりだ。
現地で合流して買い物を済ませた後、近所のファミリーレストランに入る。
積もる話のある場合、いつもココだ。
お互いの近況を話す。わたしは昨日職場でみてオカシイと思った英文の話をした。
やはり彼も同意見で、その翻訳物は文法的にマズイだろうということに話が落ち着く。
彼の仕事はあいかわらずのようだけれど、カワウソ君とは比較にならない木星帰りが配属されて弱っているようだ。TK大の心理学修士、37歳、男性。ロックオンした標的(女性)は逃がさず追尾して、昼食時には集まっているメンバー全員にプレッシャーをかけまくる。顧客だろうと執筆依頼だろうと、誰が相手でも電話口で文句を言う。あろうことか、原稿を無くしても誰にも謝らない。原稿が丸ごとなくなったなんて、わたしの友人はこれまで見たことがないのに、だ。
人のことをつかまえてあそこまで怒っている彼を見るのは初めてだ。
余程の人物と思われる。話を聞けば聞くほど、ノーベル賞氏を思い出してしまう。
双方に共通する要素は、多々あるようだ。幸いなことに、木星帰りには虚言癖は無いという。わたしとしては、いったいどんな心理学を学んだのかが興味のあるところだ。
ひとしきり仕事の話をしたところで、最近読んでいるものについて、意見を交換した。
アドラーを読んで思ったことや、ヒュームを読まなければいけないことを話すうち、
またもやヒントをたくさんもらった。
忘れないうちに思いつきを書き留める。
ロマン主義:失われた統一、全体性の回復、前近代と何も変わらなかったことへの失望
ヴェーバー:学問の細分化、説得力・動機づけの力の喪失
カント美学:快・不快の判定能力、快の動機付けの力、美の抽象化・理性化(?)
理性と動機付け:「正しさを分かること」と動機付け、欲求と理性の橋渡し
ショーペンハウアー:認識レベルでの理性の評価、行為レベルでの理性支配(カント)を叩く
「美」を通じて、理性は動機付けの力を持つのか?
プラトン:真理を映すための補助としての「美」、ドイツ語訳聖書登場までのイコンの役割
近代特有の「美」の問題:神の死亡、主体の死亡(?)、自発・自律的個人、欲求への還元、マザー・テレサと犯罪者を同一視するという批判、理性と欲求の分裂、道具的理性、広義の理性の復権(大文字の理性?)、他人の説得(=対話による動機付け) コミュニケーション的理性
『ホモ・エステティカ』
イーグルトン:『美的イデオロギー』第一章
ハーバマス:コミュニケーション的理性、説得、動機づけ
フロム:新フロイト派、フロイトの非社会性批判、文化相対的な家庭・社会、フロイト発達過程と対応した社会様式(財貯蓄と前近代的資本主義社会)、社会病理としての精神病、社会批判の成功と明確な理想の欠如
心の病は欲求にとらわれすぎることが原因なので、なんとか理性的対話で動機付けをすることが必要なんじゃないかというわたしの意見を彼に話したら、木星帰りへの対応の仕方の問題と取り違えたらしく、珍しく彼が不機嫌そうになった。
心に他人の意見を取り入れる余地がなく、自分の問題に気付くことの出来ない人間は、どうすることもできないというのが彼の意見だ。さらにニーチェあたりの言う強者を具体的に思い描いて、それへ向けて努力することが、彼らの治療には不可欠だろうと言う話だ。
そういう人をこそどうすることも出来なければ、「理性」とやらも底が知れる。弱い人の理解は、彼とわたしとでは違うようだ。彼は弱さに苦しんだことはあるのだろうか。
時刻は午前10:時、同じフロアの角部屋に住む人がなにやら作業をはじめたらしく、
手すりを通じてガンガン音が響いてくる。落ち着けない。
せっかくだからこの機会に、以前兄からもらった備長炭の固まりをカチ割ることにした。
見かけと違って備長炭はかなり重い。
しかも硬い。話によれば鋼鉄に近い強度を持つようだ。
玄関先に新聞紙を敷き、備長炭の固まり一本の上に他の固まりを乗せて金槌で軽く叩いた。
叩く力が不足していたので、少しカケラが飛んだだけだ。やはり硬い。
今度はもう少し力をこめてみる。一本の三分の一ほどが、上手く下に落ちた。
調子よく金槌を振るって、全て手のひらに載る大きさにした。
鍋に固まりを入れて湯沸し機のお湯を鍋にため、いったん流して汚れを落とす。
もう一度鍋にお湯を張って、火にかけて煮沸。さらにもう一度湯を入れ替えて煮沸する。
後は新聞紙に載せて、窓際において乾燥させることにした。
あまりお金を使いたくは無いが、仕事を始めるにあたり色々と買い込まなければならない。
出かけるついでと言うと失礼だけど、学校時代の友人Sを呼びだして、一緒に昼食を取ることにした。彼に会うのも久しぶりだ。
現地で合流して買い物を済ませた後、近所のファミリーレストランに入る。
積もる話のある場合、いつもココだ。
お互いの近況を話す。わたしは昨日職場でみてオカシイと思った英文の話をした。
やはり彼も同意見で、その翻訳物は文法的にマズイだろうということに話が落ち着く。
彼の仕事はあいかわらずのようだけれど、カワウソ君とは比較にならない木星帰りが配属されて弱っているようだ。TK大の心理学修士、37歳、男性。ロックオンした標的(女性)は逃がさず追尾して、昼食時には集まっているメンバー全員にプレッシャーをかけまくる。顧客だろうと執筆依頼だろうと、誰が相手でも電話口で文句を言う。あろうことか、原稿を無くしても誰にも謝らない。原稿が丸ごとなくなったなんて、わたしの友人はこれまで見たことがないのに、だ。
人のことをつかまえてあそこまで怒っている彼を見るのは初めてだ。
余程の人物と思われる。話を聞けば聞くほど、ノーベル賞氏を思い出してしまう。
双方に共通する要素は、多々あるようだ。幸いなことに、木星帰りには虚言癖は無いという。わたしとしては、いったいどんな心理学を学んだのかが興味のあるところだ。
ひとしきり仕事の話をしたところで、最近読んでいるものについて、意見を交換した。
アドラーを読んで思ったことや、ヒュームを読まなければいけないことを話すうち、
またもやヒントをたくさんもらった。
忘れないうちに思いつきを書き留める。
ロマン主義:失われた統一、全体性の回復、前近代と何も変わらなかったことへの失望
ヴェーバー:学問の細分化、説得力・動機づけの力の喪失
カント美学:快・不快の判定能力、快の動機付けの力、美の抽象化・理性化(?)
理性と動機付け:「正しさを分かること」と動機付け、欲求と理性の橋渡し
ショーペンハウアー:認識レベルでの理性の評価、行為レベルでの理性支配(カント)を叩く
「美」を通じて、理性は動機付けの力を持つのか?
プラトン:真理を映すための補助としての「美」、ドイツ語訳聖書登場までのイコンの役割
近代特有の「美」の問題:神の死亡、主体の死亡(?)、自発・自律的個人、欲求への還元、マザー・テレサと犯罪者を同一視するという批判、理性と欲求の分裂、道具的理性、広義の理性の復権(大文字の理性?)、他人の説得(=対話による動機付け) コミュニケーション的理性
『ホモ・エステティカ』
イーグルトン:『美的イデオロギー』第一章
ハーバマス:コミュニケーション的理性、説得、動機づけ
フロム:新フロイト派、フロイトの非社会性批判、文化相対的な家庭・社会、フロイト発達過程と対応した社会様式(財貯蓄と前近代的資本主義社会)、社会病理としての精神病、社会批判の成功と明確な理想の欠如
心の病は欲求にとらわれすぎることが原因なので、なんとか理性的対話で動機付けをすることが必要なんじゃないかというわたしの意見を彼に話したら、木星帰りへの対応の仕方の問題と取り違えたらしく、珍しく彼が不機嫌そうになった。
心に他人の意見を取り入れる余地がなく、自分の問題に気付くことの出来ない人間は、どうすることもできないというのが彼の意見だ。さらにニーチェあたりの言う強者を具体的に思い描いて、それへ向けて努力することが、彼らの治療には不可欠だろうと言う話だ。
そういう人をこそどうすることも出来なければ、「理性」とやらも底が知れる。弱い人の理解は、彼とわたしとでは違うようだ。彼は弱さに苦しんだことはあるのだろうか。