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まさか日本でカルチャーショックを!

日本で技術者→中国広東省にて日本語教師→日本で技術者復帰→技術者+?
旧題名:まさか私が日本語教師に!(NO.3)

本質を考えない授業や教案なんて・・・

2016-04-04 22:06:55 | 日本語に関係する教育
中国から帰国して1か月と約10日で就職を決めた。
そこから約3週間後に入社。

その時そこでとある講師をすることになった。
計2週間。
それは日本語とはまったく関係ない。
ただ、私は昔からそういうことに遭遇しやすい体質(?)であったりする。

そして帰国から1年8か月と約10日。
本日1年9か月と1週間ぶりに日本語を教えた。

といっても、それは日本語教育がメインではない。

しかし例え日本語教育がメインではないとしても、人に何かを教える以上、準備がなくてはいけない。
案の定テキストが間に合わなかったのだが、そんな経験は正規の教師時代にも片手の指以上ある。

それどころか開講数日前になってテキストが揃わないということで、テキスト変更という経験もしている。
こうなると準備は大変。
何と言ってもそのクラスのみを教えているわけではないので。
(他のクラスは元からテキスト変更であったので「アイタタタ・・・」)

ここで少し考えてみたい。
外国語教師はテキストやレジュメを教えるのであろうか。

答えは当然ノー。

当たり前のことなのだが、その辺を把握していない方は多い。


数か月前から職種変更をしているものの、私は日本語教師ではない。
ただ、今までの経歴のすべてが役に立つ仕事をしているだけのこと。

であるからこそ、こんな仕事まで請け負うことになる・・・。

それが嫌なわけではない。
むしろ歓迎している。
それでも正規の仕事の時間は減るわけであり、今まで以上に追われることになる・・・。

おまけにテキストがある、ないはともかく準備も必要。
本日教案があらかた固まったのは昼休みも半分過ぎた頃。
(本日が初日なのですが・・・。)

おそらく明日はテキストが手に入ると思うのだが、それでも中身を見る時間はおそらく昼休み・・・。

(本当は明日の仕事のうちのいくつかを後回しにして、テキストを観察したいのだが、明日締め切りのものもあり・・・。)

1つ当たり前のことを記しておくが、すべてのことを100%行うことは無理。
であるから(授業は手が抜けないのだが)準備も完璧というわけにはいかない。

そんな追われた状態であるからこそ、物事の本質を大切にしなければこなせない。

偉そうなことを記してはいるのだが、仮に生業が日本語教師だとしても、1日24時間ずっとそれをしているわけではない。
生きている以上、食事や睡眠、娯楽も必要。

であるからこそ余分なことは少なくしたい。
それには本質を見ることが必要になる。
(もっとも時にはその余分なことも大切であったりするという矛盾も・・・。)

ちなみに(当たり前のことなのだが)外国語教師の多くは女性。
家庭を持っており、主婦業もやっていらっしゃるのならば、それは目もまわる忙しさに違いない。
ただでさえ仕事で目が回っているのに・・・。



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ゼロ初級と突然の授業と最初の授業

2016-03-31 22:16:33 | 日本語に関係する教育
ブログの解析ツール。
その無料お試し期間に気づいたのは昨晩。
で、本日が最終日。

ゼロ初級。
この言い方が日本で通用するのかわからない。
簡単にいえば、五十音からテキストの第1課に入る前までを指している。

これについてはいくつか記した。
だが、すべての教育機関で私がしていたことが通用するわけでもない。
あくまで海外で私の好きなようにやらせてくださる機関での経験の方が長いだけのこと。

私の記したことや、他の先生方のブログに記していることをそのままやろうとしてもうまくいくことは少ないと記しておきたい。

「鵜呑みにしないでください」

教育機関どころかクラスによって教え方は違ってくる。

参考として自分なりに脚色してそれらをおこなうことをお勧めしたい。

「鵜呑みにしないでください」

私たちの記していたことが間違っていたり、それを参考にしたい方々の解釈が間違っていたら・・・。


海外での日本語教師の次は日本で前職に戻った。
そして数か月前からまた違う職種に就いている。

最初は「俺、なんて下手なんだろう・・・」と落ち込んだことも、今では何とかこなしている。
仮に上手くいったとしても、それは形だけ。
物事の本質に気づいていない。

それに気づいていくから段々と良くなっていくのだと思う。

何をどうやっても、初心者は初心者。

私が言いたいのは「気負わない方がいいですよ」ということ。


教室に入る前に準備は必要。
教案は必要。

だが、時には何の準備もなく教室に入らなければならないこともある。
「教案を作る時間をください」などと悠長なことを言っている時間などない。

授業の後の休憩時間に慌ててテキストやレジュメなどを読みながら、頭の中で簡単に教案を考えて授業に飛び込んだ数はかなりある・・・。


今の仕事は今までの私の生き方がそのまま参考になるような職種。
当然日本語教育もまったく関係がないわけではない。

ただ準備をしている時間などなく、ぶっつけ本番でこなす業務も多い。

そうであっても、せめて人に何かを教える時は準備時間が欲しいものだとは思う。

だが突然それをお願いされ、その時間までに何の準備もする時間などないという経験は今の業種に移る前から経験していること。

今回も資料が手に入るのは当日の朝で、それを教えるまでにその資料など表面だけざっと見る時間もあるかないか・・・という状態になると予測している。

それでも受講者は待っているし、私もやらざるを得ないに違いない。

というわけで、今そのテキストもないのに、頭の中で思い描いていることがある。
それはある意味時間稼ぎでもあり、かつ受講者の力量を知るためでもあり・・・。

「どうしよう、どうしよう・・・」などと焦った姿を見せてはいけない。
それが当然というような感じて進めるだけのこと。

もちろん大切なことは相手の心を考えること。



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