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まさか日本でカルチャーショックを!

日本で技術者→中国広東省にて日本語教師→日本で技術者復帰→技術者+?
旧題名:まさか私が日本語教師に!(NO.3)

政府の批判は避けたいけれど

2021-12-03 23:33:17 | 中国生活

「本日は愚痴も泣き言も批判も記しているので、閲読にはご注意ください。読みたくない方は(今回は」これ以上読まないことをお勧めします」

 

同じ時期に中国の同じ都市に住んでいた日本人。

ひとりは街中、ひとりは郊外に。

街中に住んでいたほうはデモに遭遇しても何とも思わなかったとか。

だが、郊外に住んでいたほうは大変な苦労をした。

 

(もちろん街中に住んでいらっしゃった日本人でも大変な思いをした方は当然いらっしゃる。

当時中国に住む多くの日本人が怖さを感じていた。)

 

2012年の8月下旬から秋の尖閣問題の頃の話。

郊外に住んでいたのは私。

公安からの要請で、9月18日の満州事変記念日の前の1週間は自宅ではなく、学内の学生寮にいてくれという連絡。

数日後それが緩和され、「少なくとも前日と当日は自宅を離れてくれ」ということに。

最低2泊する予定てあったが、1泊して迎えた記念日当日の晩には沈静化され、

同僚や学生たちと隣の村で飲んで過ごし、日付が回ってから帰宅した。

 

だが、二度と自分が借りているアパートに戻れなくなっても良いように、パスポートも日本の財布も実家の鍵もパソコンも持って行った。

事務所(職員室)には数日分の衣服や薬の類も置いておいた。

 

自宅に戻ってからも、しばらくはいつでも周辺の国際空港(広州白雲、マカオ、深圳)のいずれかに逃げられるだけの装備で登校していた。

晴れでも護身用としての折り畳み傘を手にして・・・。

 

当時の東京都知事の発言と顔は今でも忘れられない。

 

私は自分の意思で中国に来て、現地採用での日本語教師をしていた。

であるから、大変な思いをするのは自己責任であった。

 

だが、当時も中国には多くも日本人がいた。

私のような現地採用者だけでなく、大手企業の方や国から派遣されてきた方、その方々のご家族もいた。

転勤で赴任した当人の中にも、一緒に中国に来たご家族の中にも本当は来たくなかった方もいらっしゃったことであろう。

 

そんな方々に対する安全など考えてはいない。

私がそう感じたのは都知事だけではなく、日本政府にも感じている。

もちろん、毅然とした態度を取ることは絶対条件である。

だが、仮に国と国はある程度の駆け引きの具合がわかっていたとしても、一般国民はそこまでは読めない。

暴動は凄かった。

もっとも、自国民の店や中国資本の店までも壊してしまったという笑えない話こそもっと怖い。

つまり、多くの国民は知らないのである。

そうなると、国同士の駆け引きなどまったくわからない。

強気な発言をするのは当然必要なことなのだが、中国に住んでいる日本人やその家族のことまで考えない政治家って・・・。

 

 

2021年11月30日。

突然外国人の日本への新規入国が閉ざされた。

翌12月1日には日本に到着する国際線の新規予約受け付け中止のニュース。

 

仕事や留学などの予定の新規入国の外国人が困っただけでなく、日本に帰る予定であった日本人や再入国許可を持つ外国籍の方も困惑することとなった。

 

この年末で、1か月の規制がかかったかと思えば、すぐに撤廃。

政府は「国交省が」と言っている・・・。

確かに日本の縦割り構造の問題もあるが、お上がのたまったことに対する措置であり、政府に罪がないわけがない。

 

 

2020年2月。

武漢の邦人救出はよくやってくださった。

だが、運賃を請求するだの、やっぱり請求しないだの。

もちろん国のお金を使うことを良く思わない国民もいるであろう。

だが、外国で日本の代表として動いていらっしゃる方々(当然国民)を救うことに金を取ろうだなんて・・・。

自分の都合で帰国するのならともかくとして、都市封鎖で帰国したくても帰国できない国民を救うのである。

ウイルスが発生したのは中国で生活をしていた日本人のせいではない。

 

今年2021年、アフガニスタンで邦人や日本大使館やJICAで働くアフガニスタン人スタッフの救出に失敗している。

だが、他所の国は救出できている。

 

私も日本国民であり、国民として様々な保護の中にいる。

日本という国に生まれ育って良かったと思っている。

ただ、日本は海外邦人の保護の点では他の国々とは違う。

 

 

私は2014年夏に本格帰国をした。

その5~6か月前の最後となった一時帰国で両親、特に父親の老いを感じた。

大病の後、弱っていたことも大きかった。

両親を支えるためにできるだけ早く帰国しようと決意して中国に戻った。

そのひと月後の夜、瞬時にその夏の帰国を決めた。

 

背景にあったのは2012年の尖閣問題。

小さな日本語学校に入学する学生がさらに減ってしまったことによる学校経営の悪化。

そして、その尖閣問題で私自身も年末に「もう、いいかな・・・」と感じ、いつ日本に帰ることになっても良いように、今まで以上に中国生活を楽しむようにしていた。

 

尖閣問題の夏から秋。

いくら様々な店が揃っていたとはいえ、郊外にある村の外れのアパートに住んでいた私。

とにかく大変であった。

 

普段は日本人の私に親切であった村の様々なお店もとばっちりを避けるためによそよそしくなった数か月間。

(そんな状態でも変わらずに接してくださったお店もある。後にあることでそのお店が風評被害に遭ったときは毎朝のように通って朝ごはんを買った。)

 

気晴らしにマカオに出ようにも、晩秋直前までは珠海市拱北口岸まで行くことすら怖かった。

久しぶりのマカオでの日曜日は心底リラックスできた。

 

晩秋に長く続く病気になったのも、精神的なストレスが大きかったのかもしれない。

完全に良くなったのは2014年に帰国してからであったし。

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お尻に・・・

2021-03-03 21:26:48 | 中国生活

お尻に綿棒。

以前中国の健康診断でそれを行っていたところもあり、ビザ更新などでかなりの経験者がいらっしゃるであろう。

もちろん私も経験している。

新規と最初の更新で。

二回目の更新に伴う健康診断では大都市に行ったせいかなかった。

以降は更新でも新規でもそれなりの都市で受けたが、そこでもなかった。

確かに羞恥を伴う屈辱でもあるが、私の場合は生まれつきお尻に問題があるので、そちらの恐怖のほうが大きかった。

しかし、PCR検査それを行ったとすれば、将来また経験することもあるかもしれない。

覚悟しとこう・・・。

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湧き上がるノスタルジー

2020-10-10 02:29:36 | 中国生活
2014年夏に日本へ帰国した。
と記すと、自分でも良くわかる。
仕事でも文章としての日本語と対峙することも多いので。

私も一応ブロガーの端くれ。
当然このブログでどんな記事が検索によりヒットされたのか確認している。
そしてそれを感謝しながら分析する。

すると、「今ではすっかり忘れていた己の気持ち」と遭遇することもある。
それは中国へのノスタルジー。
あえて郷愁としていないこだわりは日本が故郷であるので。
また、ノスタルジアではなく、ノスタルジーとしたのも私のこだわり。


大好きな国中国。
しかし、今年は様々な面で中国の嫌なところばかり見えてしまう。

・新型コロナウイルス感染症に対する不手際の大きさ
もちろん中国の人民を悪くいうつもりはないけれど。

それが自然発生であるのか、某所から漏れたのか、他所から持ち込まれたのかはわからない。
ただ、その対応に関する面で、実に罪なことをやってしまったことには違いない。

・香港での一国二制度崩壊。
10代から中国を観察している者として、中国が50年も香港を自由にさせておくとは思っていなかった。
そして今香港に介入する理由もわからなくもない。
それでも私が中国広東省で生活するほど中国に魅せられたのは香港あってのこと。

また、それなりに長く広東省で生活できたのも、すぐ近くに自由な香港・マカオ地区があればこその話であった。

今の私は日本に住んでいながらも、Wechat等を用いての中国本土の方々とのやりとりにおいて、香港についての話題にはかなり注意している。
私の発言で仲間たちに変な監視がかかってはいけないので。

とにかく、中国共産党の香港に対する行動により、私の心はかなり傷ついてしまった。

もっとも一番苦しんでいるのは香港の方々であることを改めて記しておきたい。

・ウイグルやチベット、内モンゴル等でのやりたい放題
中国に住んでいたからわかる部分もあるのだが、住んでいると入ってこない情報は多い。
そして情報コントロールにより、本当のことを知らない中国人民は多い。
もちろんその地域の出身者の方はわかっている。
だが、私が日本人だからと言って、それについて多く語ることはしない。
ただ、「知っている」とはいうけれど。

この数年さらに締め付けが厳しくなっている。


これらの中国の行動。
その理由について、中国に関係して生きてきた私にはわかる部分も大きい。
中国の歴史を知っているので。
つまり、「内政干渉」といえば、確かに内政干渉となる。
そして下手に中国を分裂させることも、世界への大きな経済ダメージを与える。

しかし、人道的には決して許されないこと。
許されないことであるとはっきりと記しておく。

正直、今年は中国をかなり嫌いになっている。
であるから、今まで以上に台湾やマレーシア等に注目することで中国文化に染まった自分を癒している。

それでも、中秋節であれこれ中国生活を思い出している。
台湾などからの情報でその独特な文化に触れると、中国での生活が懐かしくてたまらない。
中国で生活をしていた二つの市とその近辺の市に行きたくて仕方がない。


故郷が嫌いで、二度と戻りたくない方もけっこういらっしゃる。
嫌な思い出が強ければ、それは仕方がないこと。

だが、多くの方々は折に触れて故郷での生活や文化・風習・習慣を思い出すもの。
私にとっての故郷は日本であり、ずっと生活している愛知県と出生地である静岡県がその対象となる。

しかし、中国広東省での生活で身に染まった文化・風習・習慣と様々な思い出は確実に故郷に準じたものとなっている。

中秋節でそれが膨れ上がってしまった。

ノスタルジックな文化・風習・習慣。

今の私は映像や写真、文章、日本で手に入るモノにより、心から湧き上がるノスタルジーを抑えることしかできないけれども。
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本土の中国人を低く見る中国人CAと香港・マカオの中国人

2020-05-10 00:57:33 | 中国生活

今年の夏で帰国してから6年になる。
その後は一度も飛行機に乗っていない。
国内線さえも・・・。

中国と日本の間を行き来していたときの飛行機。
① 中部国際空港-広州白雲空港 日本航空 片道利用
② 広州白雲空港-関空 中国南方航空  1往復利用
③ 広州白雲空港-成田 ノースウエスト 2往復利用
④ 広州白雲空港-上海浦東-セントレア(中部国際空港) 中国南方航空 4往復と片道利用

他のブログにアップした記事を作成するおりに、飛行機内ではなるべく中国語ではなく、(③の頃から)英語を使うようにしていたことを思い出した。

それはCAが必ずしも、中国語がわかる(日本語がわかる)とは限らないという理由がある。
ただ、理由は他にもあって・・・。

それは自分が中国人に間違えられないように。

赴任時は日本からJALであったし、最終帰国時は(「長く中国にいた=両言語ともわかる」ということで、けっこうしつこくお願いされて)非常扉のところに座ったので、CAには日本人だとバレている。

③の2回目の利用時はあえて日本語書籍を手元に置き、日本人であることをさりげなくアピールしておいた。
それは(当時はまだ国際線に慣れていない)一部の中国人乗客によるトラブルを回避するため。
日本人に見えなくても、日本と関係した仕事をしている人には見られるであろう・・・。

しかし、④で日本語書籍を用意しておかなかった2回に以下のことに遭遇している。

広州と上海の間の国内線のとき、上海と名古屋の国内線国際線の食事で何も訊かず、一方的にフィッシュやチキンを渡された。

たいていチキンを選ぶ私は1回は中国語でチキンが欲しいことを伝えた。
もう1回はビーフだったかが食べたかったので、英語でそれを伝えたのだが、あっさり「ない」と・・・。
おそらく私は中国人観光客御一行様のあたりに座っていたのであろう・・・。
その前まではしっかりと何を選ぶか訊いていたし・・・。

(ワタクシ、飛行機は日本国内線、日本中国線、日本韓国線、中国国内線しか乗ったことがありませぬ故、他は知らない。)

いや、なくなったならそれはそれで出されたものを選ぶ。
幸い私はほとんどのものが食べられるし、食に関していえばアレルギーはないに等しいし。
ただ、申し訳ないが、これしかないことを一言伝えて欲しいものである・・・。
明らかに中国本土の人間に対する差別である・・・。

それがあってから、私は日本語書籍を持ってないのならばないで、何かしらの手段を使って、中国人には見られないようにしておいた。

私はそれほど頻繁に一時帰国をしていたわけでもなく、移動にはそれなりの喜びもあり、それを打ち消されるようなことはごめんである。

そして、同じ中国人CAから低く扱われる中国人乗客も可哀そうであるが・・・。

ちなみに何度か記してるのだが、広東省珠海からマカオに抜けるルートのひとつである横琴口岸利用時にも、そこを出てマカオ入境までのバス乗り場で、マカオ側の人間に本土の人間と間違えられてえらく怒られたことがあった。

その時はかなり混んでいて、バスの乗り場案内が見えないほどであった。
おまけに私はあまり横琴口岸を利用しないので・・・。
つまり、バスの乗り場ではなく、関係者通路のほうに向かったらしい。
そこでおばちゃんに「どこに行く?」と言われたので、ムカついて(中国語普通話で)「マカオに決まってんだろ」的に返した。
すると、高飛車に怒られた。
とてもムカつき、とても悲しかった。

他にはマカオ内での両替時に最初から「パタカ(マカオの通貨)」と言っているのに「何に変える換えるのか(香港ドル? マカオパタカ? それとも他の通貨?)言わなければわからないだろ!」的に言われて、(ムカついて大声で)「澳幣!(港幣だったかも・・・)」と怒鳴り返したことがあった。

どちらもなぜ私がムカついたかと言えば、明らかに私を中国本土の人間だと(誤解して)見下しているからである。

前者などもし私がパスポートを手に持っていたとすれば、そんな高飛車に言われなかったであろう。
まあ、珠海とマカオの間を抜けるときは本土で買った(それも思いっきり安物の)普段の服装であり、私は見事に人民のおっちゃんに見られていたことであろう。


以前は税関を抜けるとき、ネクタイはともかくとして、スーツまたはジャケットとスラックス、そして革靴であった。
ただ、中国本土からマカオや香港への出入境はそこまで気を遣ってはいない。
おまけに中国と日本の間の国際線でも、2012年夏からはジーンズであった。
夏場はサンダル、冬場はスニーカー・・・。

話が脱線したが・・・。

とにかく、中国人と間違えられて、旅が不愉快なものにならないように、努力をすることも大切であることはけっこう悲しいことである。

それだけ中国本土の人間が低く見られていることになるので。

もっとも、これだけ多くの中国の方が外国に行くようになっているのに、いまだにマナーに欠ける方もいらっしゃることは事実である。

しかし、台湾から日本への一部の旅行者がレンタカー利用やレストラン、ホテルの予約でまったく気ままに行動して、台湾のイメージを損ねているという現象もあるわけであり、本土以外の華人であっても、「ソレダメー ✖」という方はいらっしゃる。
香港であっても、ある意味サービス精神的にはある意味本土より劣る場合がある。

それなのに、「自分はそういう人種とは違う」とばかりに、同じ華人を低く見ることが私に許せない。

どこの国や地域の方であっても、マナーに欠ける方は多い。

日本人が海外に出た場合でもそうではないのか。
楽しくて弾けてしまったり、日本以外ではタブーであることを平気でやってみたり・・・。


自分が初めて海外に行ったのは25歳であった。
そして初めての飛行機であった。
まだ飛行機は飛び立っておらず、場内を移動中であるのに、「ウォー、飛んだ飛んだ~」的に同じく初めての海外+初めての飛行機のご学友とはしゃいだ記憶がある・・・。

極めつけが、中国の観光地で「安くして」の意味で、下手な中国語を放ちながら、親指を下に数回向けてしまい、店員さんをムッとさせてしまった記憶もある・・・。

友人の一人など、香港の一流ホテルのバスローブまで「記念に~」とスーツケースに詰めていたっけ・・・。
私は私で「さすがにそれはやばいだろ・・・」とは言ったが、強制阻止はしなかった・・・。

今思えば、恥ずかしくて「オイオイ・・・」という声も出ない。

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顔バレという危険

2020-03-08 22:23:07 | 中国生活
あまり下手なことは記せない。
ますます自分の身元が割れていくので・・・。

確かに中国にいるときは、帰国したら身分を公表しようとは思っていたが、今は・・・。

ととても簡単なイントロにしてみた理由は以下のとおり。


本日記すことは顔バレについて。

日本でも一部の学校は教師の顔写真がHPにアップされているのだが、それは中国でも同じこと。

2012年の夏から秋にかけて、尖閣問題で日中の関係が悪化した。

かなり気を付けていた私であるが、ある時、某市のけっこう各地から人が集まるところを歩いているときに、突然車が私めがけて走ってきた。

これは怖かった・・・。
もちろん相手も本気で私をひき殺すつもりはなかったに違いない。
そんなことをすれば、自分の将来も危なくなる。

(おそらく相手はこんなことなど知らないと思うのだが、多くの外国人教師はビザ取得のための労働許可は外国人労働証ではなく、外国人専家証なのである。
地元だけではなく、北京の審査も経ているわけであり、何かがあれば、大きな問題になりかねないかと・・・。)

そのときは本当に危険を感じた。
そのひと月ほど前までは郊外の村の外れのアパートから学校に通うのも、常に手に護身用の折り畳み傘を持ち、いつでもどこかの空港に行き、チケットを買って日本に戻れるように、パスポート、日本の財布、実家の鍵、パソコン、下着や靴下の予備を持ち歩いていたのだし。

ちなみに中国に住む外国人は常に公安に所在をチェックされていると思ったほうが良い。
これは経験上自信をもって言えること。
それでも、自分の身を守るのは自分なのである。

学校のHPに上がっている自分の情報にもご注意を。
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